2012年12月4日火曜日
2012年12月3日月曜日
2012年12月2日日曜日
チェンセン
ラオスとの国境の町チェンセンを案内してくれるという。歴史の専門家のガイド付きツアーとは贅沢の極み。メコン川も見られる。ゴールデントライアングルという名称はもちろん知っていたが、チェンセンに着いて、高台に登り、ここがゴールデントライアングルですと告げられた時には、ちょっと拍子抜けした。もっと山を踏み入った少数民族の住むエリアのことを想定していたのだ。たしかに眼下見えるのはミャンマーでありラオスであった。ミャンマーの土地にはカジノがつくられ中国人も川を下ってやってくるという。タイ人にとっては、文字通り向こう岸にすぎず、実際客を乗せた小舟が頻繁に出入りしている。
Hall of Opiumは王室関係の財団が運営するアヘン博物館。古代から現在までアヘンがどのように使われ、どのような歴史をたどってきたかが、ジオラマ、映像を駆使して多面的に展示されている。当然、東インド会社の行っていた三角貿易のはじまりからアヘン戦争に至る部分は大きく扱われている。アヘン戦争が1832年で明治維新が1868年。明治維新をどう評価するには、アヘン戦争がどのような戦争であったか、まず知る必要がある、と今更ながら思う。アヘンと軍隊は深く繋がっている。ガイド役のイギリス人である友人は、ベトナム戦争時の米軍、CIAのアヘン取引への関与がどうして触れられてないのだと不満げであった。
Hall of Opiumは王室関係の財団が運営するアヘン博物館。古代から現在までアヘンがどのように使われ、どのような歴史をたどってきたかが、ジオラマ、映像を駆使して多面的に展示されている。当然、東インド会社の行っていた三角貿易のはじまりからアヘン戦争に至る部分は大きく扱われている。アヘン戦争が1832年で明治維新が1868年。明治維新をどう評価するには、アヘン戦争がどのような戦争であったか、まず知る必要がある、と今更ながら思う。アヘンと軍隊は深く繋がっている。ガイド役のイギリス人である友人は、ベトナム戦争時の米軍、CIAのアヘン取引への関与がどうして触れられてないのだと不満げであった。
ロイカトーン
あてがわれた部屋の窓から空をながめていると、赤い点がいくつか光っている。タイでは星は赤く輝くのか。火星ではない。その赤い点はゆっくりだが動いている。しかし飛行機ではない。とうとうUFOと遭遇してしまったか?
すっかり暗くなってから、お祭りをやっているからと連れていかれたお寺で、ようやく赤い点の正体が判明した。紙で作った熱気球である。直径1メートル弱、高さ1.2メートルくらの上部が閉じられた円柱状の和紙の下部に、ドーナツ状の燃料を針金で固定し火を点ける。その炎で熱せられた空気で舞い上がるという仕組み。
さらにこの熱気球に導火線つきの花火を結びつけ、舞い上がった時点で着火し、光音煙を発生させる。水に舟を浮かべる精霊流し(これもやっている)の気球ヴァージョンである。気球は次から次へ打ち上げられ、編隊を組んで上昇していく。随分賑やかな精霊流し。燃料が燃え尽きる前に民家に着陸し、屋根を焦がすこともあるらしい。
この祭りのことをロイカトーンというそうだ。
2012年12月1日土曜日
チェンライ
チェンライに無事到着。空港に現れた友人の車はメルセデス。余裕の隠居生活だな。市内の名所を案内してくれる。といっても、特別なものがあるわけではない。Mae Fah Luang公園とホワイトテンプルの名で知られているワットロンクン(写真は帰国後にupします) 。前者は北部タイからミャンマーに広がるラナ地方の文化財を集めた公園・博物館。後者はビジネスマインドあふれるアーティストー村上隆を思い起こさせるーが再建したテーマパークのようなお寺。両者とも、まあ普通の観光スポット。
昼食に連れてかれた自然食のレストラン。野菜の炒め物と魚のフライというごく普通の料理が出てきたのだが、これが美味しかった。食べ終えた時には長旅の疲れが抜けていたのには自分でも驚いた。それとも女主人がチャーミングだったせいか。友人が「seitaiの先生」と私のことを紹介してくれたのだが、seitaiという言葉をどこかで聞いたことがあるようで、いたく興味をもたれてしまった。「自己完結的でない調和」という話も通じたようだ。
旅先でのブログ更新って無理ですね。しかもiPodでは。今日で三日目なのだけれど、ここに書いたのは、初日の前半分ですw。
昼食に連れてかれた自然食のレストラン。野菜の炒め物と魚のフライというごく普通の料理が出てきたのだが、これが美味しかった。食べ終えた時には長旅の疲れが抜けていたのには自分でも驚いた。それとも女主人がチャーミングだったせいか。友人が「seitaiの先生」と私のことを紹介してくれたのだが、seitaiという言葉をどこかで聞いたことがあるようで、いたく興味をもたれてしまった。「自己完結的でない調和」という話も通じたようだ。
旅先でのブログ更新って無理ですね。しかもiPodでは。今日で三日目なのだけれど、ここに書いたのは、初日の前半分ですw。
2012年11月29日木曜日
タイ再び
henroと名づけたiPod一台を鞄に入れて空港に向かう。カミさん連れてどこか暖かいところへと考えたのが発端だったのに結局一人旅。なぜタイだったのかというのもいい加減。たまたまFacebookで繋がった30年来の友人がチェンライという街に住んでいることを聞いたからだ。チェンライという音の響きに惹かれただけかもしれない。
夜行バスならぬ飛行機の夜行便で羽田発。防寒着は鞄に放り込み、そのまま荷物を預けてしまったはよいが、飛行機までバスで運ばれることになり、軽装のまま寒い外気に晒されることになる。翌朝バンコク着で乗継便まで3時間。入国手続きを済ませ空港内をウロウロする。コーヒーを飲もうとしたら円が使えない。店員の対応もぞんざい。日本の存在感って薄くなってるのかしらねなどとつぶやきながら待合室で待つ。
で、チェンライ到着。
夜行バスならぬ飛行機の夜行便で羽田発。防寒着は鞄に放り込み、そのまま荷物を預けてしまったはよいが、飛行機までバスで運ばれることになり、軽装のまま寒い外気に晒されることになる。翌朝バンコク着で乗継便まで3時間。入国手続きを済ませ空港内をウロウロする。コーヒーを飲もうとしたら円が使えない。店員の対応もぞんざい。日本の存在感って薄くなってるのかしらねなどとつぶやきながら待合室で待つ。
で、チェンライ到着。
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