2013年5月28日火曜日
ぴょこたん跳び
先週末の白山稽古会でこの季節限定の「ぴょこたん跳び」をやって以来、すこぶる目覚めがよい。白山に行く前に大井町で「活元運動以前」の枠でやったときには牽強付会(けんきょうふかいーこじつけの意ですねw)の印象が残ってしまったが、白山稽古会では、「和紙歩きーすり足ー坐法ーピョコタン跳び」という順番に稽古を組み立てていったから、流れとすれば格段によい。なにより、「動法でこんなことやるんですか?」という反応があったことが嬉しい。そうなのです、あの思い切りのよさー跳び上がらないで踵でお尻を蹴るーを実現していくのが動法の醍醐味なのです。
2013年5月25日土曜日
若者塾再開?
5年ほど前に大井町稽古場で「若者塾」なる会をやっていたことがある。当初は横浜アートプロジェクトの榎田氏との共催で、「プロデューサー養成講座」という名称だった。ほぼ月イチの割で約二年間続いたはず。今回の再開話は、旧若者塾に何度か参加したこちのあるムスメが言い出したもので、その友人たちに声を掛けるつもりらしい。農業系の子たちが来るのかしらね。大井町で最近稽古を始めた正真正銘の若者(20代前半)も数名いるし、再開するにはいいタイミングかもしれない。「一般教養としての動法」あたりからはじめてみようか。もっとも定例化することは、今の時点では考えていない。旧若者塾に参加していた人たちも来ていただいてよいです。もう若者じゃない?って。そもそも「若者」の定義ができてないので、そのところは自分で判断して下さい。開催日は6月9日の日曜日。時間は17時〜19時。会場は大井町稽古場。要予約。会費1000円。参加者は動きやすい服装で。足袋を用意できる方は足袋持参のこと。
2013年5月20日月曜日
文化としての整体
整体はどのように日本以外の地に伝わっているのだろう?
整体協会としての組織だった活動は、25,6年前のパリでの活元会以来やってないのではないのかしら。僕が整体を学び始めたころ(80年代前半)は、フランスやスペインから活元会のメンバーが大挙押し寄せてきたり、交流は活発だった。では、その人たちは、どのように整体を知ったのだろう。
晴哉先生存命の時期ーということは、僕よりもずっと前の時代のことー晴哉先生に直接学んだ人たち(津田逸夫さんなど)が、ヨーロッパに渡り現地で道場を開いている。そこから派生したグループもヨーロッパには沢山あるようだ。駐在員またはその家族として一時期住んでいた人がはじめた会というのもある(竹居先生が始めた会は、ドイツ稽古会として継続している)。整体を学んだ音楽家が音楽活動の傍ら整体を教えているケースもあるようだ(タテベさんなど)。整体協会からスピンオフした人たち(ノムラさん、井本整体など)も、各地でやっているらしい。整体協会の指導者が個別で行なっている活動もきっとあるだろう。始まった時期もまちまちだろうし、地域も様々であるに違いない。つまり、整体がどのように広まっているのか誰も全体像を把握していない。
たった一つ、共通しているのは、野口晴哉がはじめた整体の流れのどこかに自分がいるということ。これってすごい事かもしれない。しかし、世界のどこかの街角で、「整体やってます」という人と出会ったとして、はたして会話は成り立つのだろうか? つまり、「文化としての整体」は共有されているのだろうか。これは国内においても同じことがいえる。整体を標榜して活動している人たちの数は多い。でも、文化としての整体はどれだけ伝わっているのだろう。そう、「文化としての整体」はあると私は思っているし、その文化は世代を経ることで作られるものだと思っているのです。
整体協会としての組織だった活動は、25,6年前のパリでの活元会以来やってないのではないのかしら。僕が整体を学び始めたころ(80年代前半)は、フランスやスペインから活元会のメンバーが大挙押し寄せてきたり、交流は活発だった。では、その人たちは、どのように整体を知ったのだろう。
晴哉先生存命の時期ーということは、僕よりもずっと前の時代のことー晴哉先生に直接学んだ人たち(津田逸夫さんなど)が、ヨーロッパに渡り現地で道場を開いている。そこから派生したグループもヨーロッパには沢山あるようだ。駐在員またはその家族として一時期住んでいた人がはじめた会というのもある(竹居先生が始めた会は、ドイツ稽古会として継続している)。整体を学んだ音楽家が音楽活動の傍ら整体を教えているケースもあるようだ(タテベさんなど)。整体協会からスピンオフした人たち(ノムラさん、井本整体など)も、各地でやっているらしい。整体協会の指導者が個別で行なっている活動もきっとあるだろう。始まった時期もまちまちだろうし、地域も様々であるに違いない。つまり、整体がどのように広まっているのか誰も全体像を把握していない。
たった一つ、共通しているのは、野口晴哉がはじめた整体の流れのどこかに自分がいるということ。これってすごい事かもしれない。しかし、世界のどこかの街角で、「整体やってます」という人と出会ったとして、はたして会話は成り立つのだろうか? つまり、「文化としての整体」は共有されているのだろうか。これは国内においても同じことがいえる。整体を標榜して活動している人たちの数は多い。でも、文化としての整体はどれだけ伝わっているのだろう。そう、「文化としての整体」はあると私は思っているし、その文化は世代を経ることで作られるものだと思っているのです。
2013年5月19日日曜日
2013年5月18日土曜日
2013年5月9日木曜日
ラジオ
最近はラジオしか聴いてない
テレビをつけることはまれ
新聞はとうの昔に止めてしまったし、時折コンビニで買う
という習慣もなくなってしまった
台所のカウンターに置かれたラジオ、
枕元にもラジオ
聞き逃した番組はポッドキャストで聞く
お気に入りは土曜午後TBSでやっている「久米宏のラジオなんですけど」
本篇が面白いのだけど、聴き逃したときは、
オープニングトークだけポッドキャストで聴いている
久米宏すごい!と思ったのは、四月に話題になっていたアイスマンのエピソード
二回続けてこのことが話題に登ったのだが、たまたまETVで再放送があったので観た
久米宏の「見てきたように」話す力は素晴らしく、
テレビ番組の金のかけ方に比べ、どれだけラジオが安上がりに済むかを実感したのだった
テレビをつけることはまれ
新聞はとうの昔に止めてしまったし、時折コンビニで買う
という習慣もなくなってしまった
台所のカウンターに置かれたラジオ、
枕元にもラジオ
聞き逃した番組はポッドキャストで聞く
お気に入りは土曜午後TBSでやっている「久米宏のラジオなんですけど」
本篇が面白いのだけど、聴き逃したときは、
オープニングトークだけポッドキャストで聴いている
久米宏すごい!と思ったのは、四月に話題になっていたアイスマンのエピソード
二回続けてこのことが話題に登ったのだが、たまたまETVで再放送があったので観た
久米宏の「見てきたように」話す力は素晴らしく、
テレビ番組の金のかけ方に比べ、どれだけラジオが安上がりに済むかを実感したのだった
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