2014年5月14日水曜日
漏水検査
漏水に悩まされている。不動産屋がよこしてくれた水道屋さんは配管周りを掘り返したあげく、「原因不明です」と言い残して帰っていった。それが半年前のことで、以後放置。外出するときには、水道栓の元を締めることで消極的に自衛。メーター周りが原因じゃないの?とアドバイスしてくれる人がいて、水道局に一度確認してくれるよう連絡した。翌日にはオジサン職員(定年退職した人じゃないのかな)が二人連れで現れ(横浜市水道局仕事早いじゃないか!)、家の内外を検査してくれたのだが、その検査法に感動。でっかい聴診器みたいのものを蛇口に当てて、水が流れているかどうか確認していくのだ。ものの10分もしないうちに、トイレ外側の地中に漏水箇所発見。いや、その仕事ぶりカッコ良かった。そいういえば、小栗康平の映画「伽倻子のために」(1984)のなかに、ダウジングしながら夜の道を歩いているシーンがあったことをふと想い出した。(5/17 漏水騒動ようやく集結。結構な量漏れてたんだ。ここにたどり着くまで半年。やれやれ。)
2014年5月12日月曜日
あと十年
あと十年生きるとして、
その十年をどのように生きようか?
などという設問自体、自分自身の足許の不確かさを表している
いや、そのまま不確かなのです
やるべきことは定まっていて、
いまさら他のことをやるつもりもないのだけれど、
ここのところー震災以来ということになるのかー
周りがバタバタと倒れ、その手当に走り回る日々で、
本来やるべきことがおろそかになっている
うーん、どいつもこいつも覚悟がない
というのは本当は言い訳に近くて、
昨今の半端ない引潮感とどう付き合うべきかがわからないでいる
素直に流されるべきか、それとも抗うべきか
充電している間にタイムアップというのは不本意
いまのうちに片付けだけは進めておこうと、
古いノート類をせっせと整理している
捨てる前に、スキャンしておくところなど未練がましいのだけれど、
これまで放っとらかしだった日記の類に目を通してみると、
地表をあっちにウロウロ、こっちにウロウロしているだけで、
ヒトは、いえワタシは進歩していないという結論にたどりつく
せめて、このとっちらかった体験をひとつでも消化しておきたい
その為にやるべきことは稽古の他なく
付き合ってくれている人たちに感謝するだけである
コトバが出口を求めて彷徨っている今日此頃
その十年をどのように生きようか?
などという設問自体、自分自身の足許の不確かさを表している
いや、そのまま不確かなのです
やるべきことは定まっていて、
いまさら他のことをやるつもりもないのだけれど、
ここのところー震災以来ということになるのかー
周りがバタバタと倒れ、その手当に走り回る日々で、
本来やるべきことがおろそかになっている
うーん、どいつもこいつも覚悟がない
というのは本当は言い訳に近くて、
昨今の半端ない引潮感とどう付き合うべきかがわからないでいる
素直に流されるべきか、それとも抗うべきか
充電している間にタイムアップというのは不本意
いまのうちに片付けだけは進めておこうと、
古いノート類をせっせと整理している
捨てる前に、スキャンしておくところなど未練がましいのだけれど、
これまで放っとらかしだった日記の類に目を通してみると、
地表をあっちにウロウロ、こっちにウロウロしているだけで、
ヒトは、いえワタシは進歩していないという結論にたどりつく
せめて、このとっちらかった体験をひとつでも消化しておきたい
その為にやるべきことは稽古の他なく
付き合ってくれている人たちに感謝するだけである
コトバが出口を求めて彷徨っている今日此頃
2014年5月3日土曜日
越後路
湯沢から金沢まで500キロを移動
新庄から余目までは最上川に沿って下る
水量は多い
対岸の山腹に山桜が咲いている
晴天であれば、さぞ鮮やかであったろうが、天気は小雨模様
余目からは羽越本線
基本、海岸線に沿って走る
山が海に迫っている
鼠の関を過ぎたところで越後に入る
これが新潟県の北の端
西の端は糸魚川を過ぎたところにあるから、
まっこと越後路は長い
村上が近づくと、急に山が遠ざかり新潟平野が広がってくる
新発田からは、雪をいただく山々が望め、
ここもまた水の豊かな土地であることがわかる
新潟で小休止
ゴールデンウイークで人出も多く、
なんだか田舎から大都会に出てきた気分になる
そうか、上越新幹線で東京と2時間でつながっているのか
金沢までは北越という特急電車で移動
最近とみに新幹線の速度が苦手
在来線特急の時速100キロに満たないくらいのスピードがちょうどよい
外は暗くなり、海沿いを走っているはずなのに日本海は見えない
西の空に三日月が掛かっている
2014年4月28日月曜日
4月の読書
アニメーション、折にふれて* 高畑勲 岩波書店 2013
田村隆一 20世紀詩人の肖像* kawade道の手帳 河出書房新社 2010
おおきなかぶ、むずかしいアボガド* 村上春樹・大橋歩 マガジンハウス 2011
死ぬ気まんまん* 佐野洋子 光文社 2011
フクシマの正義* 開沼博 幻冬舎 2012
小暮写真館 (上・下) 宮部みゆき 講談社文庫 2010
あかんべえ (上・下) 宮部みゆき 新潮文庫 2002
移行期的乱世の思考 平川克美 PHP研究所 2012
一週間 de 資本論* 的場昭弘 NHK出版 2010
くまモンの秘密* 熊本県庁チームくまモン 幻冬舎 2013
死ぬ気まんまん* 佐野洋子 光文社 2011
フクシマの正義* 開沼博 幻冬舎 2012
小暮写真館 (上・下) 宮部みゆき 講談社文庫 2010
あかんべえ (上・下) 宮部みゆき 新潮文庫 2002
移行期的乱世の思考 平川克美 PHP研究所 2012
一週間 de 資本論* 的場昭弘 NHK出版 2010
くまモンの秘密* 熊本県庁チームくまモン 幻冬舎 2013
2014年4月26日土曜日
ACL
サッカーとは随分縁遠くなっている
近年、競技場に足を運ぶのは年に一度くらい
昔のブログにはちゃんと「サッカー」というカテゴリーまで作っていたのにね
WSW*と川崎フロンターレがACL**の同じグループで戦うことが決まったのは、
正月の天皇杯の結果による
WSW所属の小野伸二が等々力に来るかもしれない
ACL参戦を決めたのは2月下旬のACL初戦の直前
2月の競技場は予想以上に寒く、後半など震えながら観ていた
Jリーグ開幕前で選手の動きもまだ固い
それでも1−0で貴州人和に辛勝
WSW* ウェスタン・シドニー・ワンダラーズ
ACL** アジア・チャンピオンズリーグ
4月1日のホーム第2戦目がWSW戦
小野伸二もフル出場【 ↓ 2008年以来のナマ小野伸二】
川崎の動きが大分良くなってきていて2−1で
これでホーム2連勝
こうなるとホーム3戦目の蔚山戦も見に行くしかない
しかも、引き分け以上でグループリーグを突破できる
いつもは、空いているアウェイ側ゴールに近い側に席を取るのだが、
早目に着いたのでゴール裏に陣取ってみた
左隣は小学生のちびっ子二人組、右隣は母娘とその友達らしき三人組
川崎のパスワークが冴えて、観ていて楽しいゲーム
一点目をとった小林悠選手は娘と同じ高校の同級生ではなかったかな
近年、競技場に足を運ぶのは年に一度くらい
昔のブログにはちゃんと「サッカー」というカテゴリーまで作っていたのにね
WSW*と川崎フロンターレがACL**の同じグループで戦うことが決まったのは、
正月の天皇杯の結果による
WSW所属の小野伸二が等々力に来るかもしれない
ACL参戦を決めたのは2月下旬のACL初戦の直前
2月の競技場は予想以上に寒く、後半など震えながら観ていた
Jリーグ開幕前で選手の動きもまだ固い
それでも1−0で貴州人和に辛勝
WSW* ウェスタン・シドニー・ワンダラーズ
ACL** アジア・チャンピオンズリーグ
4月1日のホーム第2戦目がWSW戦
小野伸二もフル出場【 ↓ 2008年以来のナマ小野伸二】
川崎の動きが大分良くなってきていて2−1で
これでホーム2連勝
こうなるとホーム3戦目の蔚山戦も見に行くしかない
しかも、引き分け以上でグループリーグを突破できる
いつもは、空いているアウェイ側ゴールに近い側に席を取るのだが、
早目に着いたのでゴール裏に陣取ってみた
左隣は小学生のちびっ子二人組、右隣は母娘とその友達らしき三人組
川崎のパスワークが冴えて、観ていて楽しいゲーム
一点目をとった小林悠選手は娘と同じ高校の同級生ではなかったかな
川崎2−1で勝利して、グループリーグ突破
ラウンド16初戦はチェ・ヨンス率いるFCソウルと5月7日等々力
こうなるとまた等々力に戻ってくることになるでしょうね
ひきこもってないじゃないかって?
月一度くらいはでかけます
ひきこもってないじゃないかって?
月一度くらいはでかけます
2014年4月25日金曜日
ひきこもり
こんなに「ひきこもり力」があるとは思わなかった
休みの日はほんとうにひきこもっている
おまけに、4月は休みの日が多かった
自堕落な生活をしている訳ではない
朝はちゃんと早起きしてゴミ出しするし、
洗濯掃除もする
勿論、食事もつくる(禁糖中ほどの熱意は持てないのだが…)
屋根に登り、伸びてしまった枇杷の木の枝払いなどもしている
すると、ゴミに出すために、今度は枝を細かく切らなくてはならない
大井町から引きあげてきた、いただきものの真空管アンプに
ipodをつなぎ、一日音楽を流している
最初のうちは、ipodに入れたものを聴いていたが、
インターネットラジオに切り替えた
探してみると、モーツァルト専門局、バロック専門局などもある
これだけで生きていけそうだ
上旬に続き、来週からまた秋田に行くのだが、
今回は、その脚で、日本海側を白山稽古会を目がけてとことこ下っていく予定
おくのほそ道日本海編ですね
移動とひきこもりの両極生活はしばらく続きそうだ
休みの日はほんとうにひきこもっている
おまけに、4月は休みの日が多かった
自堕落な生活をしている訳ではない
朝はちゃんと早起きしてゴミ出しするし、
洗濯掃除もする
勿論、食事もつくる(禁糖中ほどの熱意は持てないのだが…)
屋根に登り、伸びてしまった枇杷の木の枝払いなどもしている
すると、ゴミに出すために、今度は枝を細かく切らなくてはならない
大井町から引きあげてきた、いただきものの真空管アンプに
ipodをつなぎ、一日音楽を流している
最初のうちは、ipodに入れたものを聴いていたが、
インターネットラジオに切り替えた
探してみると、モーツァルト専門局、バロック専門局などもある
これだけで生きていけそうだ
上旬に続き、来週からまた秋田に行くのだが、
今回は、その脚で、日本海側を白山稽古会を目がけてとことこ下っていく予定
おくのほそ道日本海編ですね
移動とひきこもりの両極生活はしばらく続きそうだ
2014年4月14日月曜日
温故知新
ひさしぶりに竹の動法の稽古をしてみた
稽古場草創期、つまり20年か、それ以前に行われていた稽古である
竹の棒を構えて回転したり、前進したり、といった稽古なのだが、
当時、稽古機会が少なかった私には出遅れ感いっぱいの稽古で、
教える立場になってからも、あまりやってない
というか、手本になるほどの動法を見せられないし、
そもそも何のためにやっていたか理解できてない
竹を構え、手首を順逆に取り、その手首を返すことで体全体を回転させる
やってみて、なるほど、これは肉の身体観から骨の身体観へ切り替えるための
関門であった、というのが分かる
肉の身体観では、手首をいくら返しても、腰につながらず、
結局のところ、筋肉を使って動くことになる
それにしても随分体育会系のノリでやっていたものだ
稽古の帰り、階段がつらくて降りられなかったという伝説もあながち誇張ではない
骨の身体観になっても、感覚を動かすことをしらないと体は動かせない
位置と感覚の固着を外す必要がある
感覚浮遊論と僕が勝手に呼んでいるD先生の感覚論によれば、
感覚とその位置が一致しているとは限らない、というかズレていてあたりまえ
これを理解するまでに随分時間がかかった
いや、まだ理解しているとは言い難い
この感覚を扱う稽古に移った頃には竹動法も下火になっていたから、
竹動法における感覚の扱いといった部分はスルーしたままになっていた
それにしても「腰の感覚はどこに行ってるんだろう?」という問いは、かなり非常識
しかし、やってみると、断然この方が体が動くし、動いた感も半端ない
なによりも動きにキレが出る
「基礎が進化する」というのは、やはり稽古場のあるべき姿を表現した名言である
週末の集注稽古はこれをテーマにして組み立ててみよう
稽古場草創期、つまり20年か、それ以前に行われていた稽古である
竹の棒を構えて回転したり、前進したり、といった稽古なのだが、
当時、稽古機会が少なかった私には出遅れ感いっぱいの稽古で、
教える立場になってからも、あまりやってない
というか、手本になるほどの動法を見せられないし、
そもそも何のためにやっていたか理解できてない
竹を構え、手首を順逆に取り、その手首を返すことで体全体を回転させる
やってみて、なるほど、これは肉の身体観から骨の身体観へ切り替えるための
関門であった、というのが分かる
肉の身体観では、手首をいくら返しても、腰につながらず、
結局のところ、筋肉を使って動くことになる
それにしても随分体育会系のノリでやっていたものだ
稽古の帰り、階段がつらくて降りられなかったという伝説もあながち誇張ではない
骨の身体観になっても、感覚を動かすことをしらないと体は動かせない
位置と感覚の固着を外す必要がある
感覚浮遊論と僕が勝手に呼んでいるD先生の感覚論によれば、
感覚とその位置が一致しているとは限らない、というかズレていてあたりまえ
これを理解するまでに随分時間がかかった
いや、まだ理解しているとは言い難い
この感覚を扱う稽古に移った頃には竹動法も下火になっていたから、
竹動法における感覚の扱いといった部分はスルーしたままになっていた
それにしても「腰の感覚はどこに行ってるんだろう?」という問いは、かなり非常識
しかし、やってみると、断然この方が体が動くし、動いた感も半端ない
なによりも動きにキレが出る
「基礎が進化する」というのは、やはり稽古場のあるべき姿を表現した名言である
週末の集注稽古はこれをテーマにして組み立ててみよう
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