2015年9月20日日曜日

彼岸

彼岸
妻の一周忌
大井町での稽古最終回

2015年9月15日火曜日

前にすすむ 11 - ひとり

この前にすすむシリーズを始めたのが5月
京都への引っ越しというまさかの結末が待っていた
ところが、まさかは更に続くのだ

ほんの数日前、
娘が、「私は京都いかないことにする」と宣う
まあ、あの歳で、一緒に来ないということは、つまりは、そういうことだ
しかし、このタイミングで言い出すか?
もっとも今回の引越話が引鉄となったと言えなくもない

要約するとこういうことだ
29年前、僕はひとりで東京にやってきた(→引っ越し1986
結婚して娘ひとり育て、身体教育研究所の立ち上げを手伝い、
去年、妻と父を納得できるかたちで見送り、
あと十日したら、ひとりで京都に帰っていく

時代がぐる〜っとひとまわりして、ひとりに還る
まるで十牛図を眺めているようだ
もはや出家者の心境

2015年9月6日日曜日

前にすすむ 10 - 荷造り

引っ越しって命懸けなんだ
下手すると、引っ越したあと寝込みそうだ
いや、荷造りの途中で倒れそうだ

決断というほどのものもなく
ほんの軽く触れたつもりでいたのに、
その触れたものが巨大洗濯機のスイッチだった
といった風で、渦はどんどん大きく速くなり、
その渦に自分自身が呑み込まれそうになっている

こんなに多くの人たちと関わっていたんだ
ということを日々自覚させられている
根付いてなどいないつもりでいたのだけれど、
29年間はやはり長かった

ただ、引っ越し先は京都です
と伝えると、皆一様に、顔がほころぶ
京都のブランド力って有効なんだ
おっ、これで京都に行く口実ができたぞ、という空想が湧くらしい
無論、皆さん、遊びに、いや稽古に来てください

さて、荷造り荷造り

2015年8月31日月曜日

前にすすむ 9 - 京都again


6月末、三年ぶりに京都稽古会に出た
休憩時間の雑談の中で、関西に戻ってこようかなという話をした
無論、喫緊の話ではなく、数年という尺での話
もう少し京都での稽古会に通わなきゃと秋以降の宿を予約しようとしたら
全く取れない
ほんと、宿よ宿よという感じ


妻と父の初盆は東京式に7月に執り行った
南品川のお寺からお坊さんが読経に来てくださった
私と娘、そして妹の家族が揃った
読経がはじまった
妻の戒名は出てくるのだが、なかなか父の戒名が読まれない
家族は固唾をのんで待っている
結局、そのまま読経は終わってしまった
僕の連絡不行届きで、二人分の初盆を迎えるということが伝わってなかったらしい
オヤジは、普通に8月にお盆をやってほしかった
更にいえば、大阪の菩提寺のお坊さんにやってほしかった
というのが、僕ら家族の好意的後解釈で、
大阪のお寺に、一度、そちらでお経を読んで下さいという葉書を出した
そうか、死んでもなお、故人の想いというのは、こういうかたちで現れてくるのか


8月はじめ、白山稽古会のあと岡山の親戚を訪ねる予定にしていた
それが先方の都合で、岡山行は延期になり、結局京都に呼ばれていった
冷やかしのつもりで、ネットで下調べしておいた物件について不動産屋に連絡してみた
面白そうな物件は三つあって、
第一候補は天竜寺近くのモダンな一軒家、
二つ目が等持院ちかくの平屋物件、
そして、三つ目が左京区の古い家屋
結局、内覧できたのは等持院近くの平屋建ての物件


門から玄関までのアプローチが美人の一軒家で、
引き戸の玄関も素敵
入ってすぐの四畳半は稽古スペースとして使えそう
すっかり気に入って、特定小数の人間が出入りする教室として使えるかどうか
訊いてもらうことにした
人の出入りを嫌う大家さんは多くて、この段階で断られるケースは多い
しばらくして、o.k.の返事が来た
こうなると一気呵成にものごとを進めていくしかない


8月14日
誕生日、そして新月であることを娘に教えられる
新しいことを始めるにはよい時期なのか


コンビニ、スーパーまで徒歩3分、
図書館まで10分という便利過ぎる街暮らしをしている身からすれば、
等持院に住むなんて、田舎暮らしも同然である
家のつくりも昔風
この不便さに耐えられるか
冬の寒さ、夏の暑さに耐えられるか


京都研修会館には近いが、
街中からは不便なところである
駐車場もない
ただ、著名な観光スポットは近い
金閣寺、竜安寺は徒歩圏内、等持院も有名なお寺らしい
となると、稽古に来る人はいないが、
京都観光の拠点として、あるいは研修会館への足場として泊めてほしい
という人は大勢現れるのではないか
稽古場よりもB&B向きの物件なのかもしれない
悩ましいところだ


8月半ば、操法を受けた時、
骨を拾える距離という妙な言葉が浮かんできた
たしかに、関西には高齢の叔母たちがいるし、
京都の知り合いたちもみな高齢者と呼べるお年頃だ
他人事ではないのだけれど


娘を伴って日帰り京都行き
再度の内覧をお願いする
不動産屋に戻って契約の詰め
もう後戻りできない
クールダウンのために歩くことにする
烏丸今出川から同志社前を通り、鴨川を越え出町柳
電車で三条に出て、寺町通りを下り、そこから東進して八坂神社
やたら外国人浴衣女子が闊歩している
三十年の時を経て、こうして娘と一緒に京都の街を歩いている不思議

10
引っ越しは9月末の予定
とはいえ、まだ契約手続は未完了
ここまで書いて、京都行きが実現しなかったら
国外逃亡しかないぞ

2015年8月30日日曜日

8月の読書

空也上人がいた* 山田太一 朝日新聞出版 2011
救出* 猪瀬直樹 河出書房新社 2015
帰還兵はなぜ自殺するのか* デイヴィッド・フィンケル 亜紀書房 2015
狼の群れと暮らした男* ショーン・エリス+ペニー・ジューノ 築地書館 2012
日本の長者番付* 菊地浩之 平凡社 2015
噂の拡がり方* 林幸雄 化学同人 2007
フルサトをつくる* 伊藤洋志・pha 東京書籍 2014
憎悪のパレード* 石田衣良 文藝春秋 2014
日本人はどう住まうべきか* 養老孟司・隈研吾 日経BP社 2012

2015年8月28日金曜日

復元

このブログの前身は、「あざみ野通信」と名づけた個人通信で、1986年9月、僕が東京に出てきてから3カ月目に始まっている。ワープロが普及しはじめて間もないころで、ワープロ入力→インクリボン印字→両面コピー→郵送という手順を踏んで、50部くらいを友人たちに送りつけていた。紙メディアの時代がだいぶ長く続き、その後、インターネットを使い始めると、メール版、web版と姿を変え、ここ十年くらいはブログに書くというスタイルで落ち着いている。郵送、メールの時代は、まだ読者が特定されていた訳だが、web版以降は、誰が読んでいるのか分からないし、送りつけるより、興味のある方(いろんな興味の持ち方がありそうだが…)に読んでもらえればいいか〜、というスタンスに変わってきた。

駄文も積もれば山となるで、30年近く書き続けていると量だけは溜まってくる。ここから稽古場史を抽出できるだろうし、育児史、家庭史も抽出できるだろう。かさばるものでもないし、テキストデータとしてせめて娘くらいには残しておこうと思うのだが、ひとつ問題にぶつかった。固有名詞をさけて、Aさん、Bさんという表現を使っているケースが結構ある。ところが、D先生くらいなら問題ないのだが(記号にしている意味もない)、いったい誰のことを示しているのかが自分でも判然とせず、復元できないものが沢山でてきた。例えば以下の文章(いま読み返すとのどかだな〜)。これはおそらく、web版の文章だと思うのだが、S1,S2,S3まで出てくる。Sくんは男性で、Sさんなら女性だろうということは想像できるのだが、そこから先がなかなか難しい。十年も経つと、記憶というものはあやしくなるものです。

【気刊あざみ野通信 #295 2004/8/4】■Kくんは稽古仲間であると同時に僕のサッカー師匠である。ここのところJ2フロンターレ川崎に入れ込んで、等々力通いを続けているらしい。そんな彼とのサッカー談義。■「問題は、横パスばかりしたがる人間が多いことだ」というのはサッカーに喩えた恋愛論。「ゴール目指して切れ込んでいけばいいものを、ゴール前でうろうろ横パスの交換ばかりしている輩が多い。もうちょっでロスタイムに入ってしまおうかという時間帯にそんな悠長なことをやってる場合じゃないだろう」とKくんを含む40代独身の友人たちを揶揄するのは私。■MFばっかりでFWがいない、というのは稽古場の人材を評して得た共通の認識。なんだ稽古場もサッカー日本代表と同じじゃないかと二人で溜息をつく。それでも、誰彼構わず突っかかっていくS1くん、いい球が渡れば強さをみせるS2さんなどFWの素質はあるかもしれない。フムフム。DFラインを統率するのはEさんでしょうと、Kくん。なるほど、存在感あるし、リーダーシップも十分。ちなみにKくんも僕もボランチ的であるらしい。前線に球を放り込む、ときどき攻撃参加する、相手の攻撃の芽を摘む。もっともKくんと僕のダブルボランチとなると最悪の組み合わせかもしれないな、これは。■これには後日談がある。数日後、Kくん、なんとメンバー表を持って現れた。つまり稽古場の人間11人で1チーム作ろうというのである。なるほどというメンツが顔を揃えている。GKがKさんーこれはちょっと不安。右サイドバックにS3さん。左サイドバックにWくんーこれはいい。じゃあ今度は、僕が西日本チームを作ってみようと応じたのだが、こんなやりとりを稽古場の人が聴いたら怒り出すかあきれるか。■アジア杯にアテネ五輪。ここのところ連日のようにサッカーの試合をテレビで放映している。目くじらを立てず、こういう消夏法もあるのだとお読み流しください。それにしてもアジア杯準決勝の対バーレーン戦はすごい試合だった。

2015年8月26日水曜日

前にすすむ 8 - 風をつかむ

がんばりが効かなくなったら、
がんばらなくともやっていけるすべを身につけるしかない
ひとはなかなか死なないものだが、かんたんに死んでいく存在でもある
歳取るとは、エンジン付きの飛行機が、グライダーに変身していくようなもので、
失速してしまう前に、次の風を捉まえるしかない
エンジンを吹かして加速上昇しようと思ったら、エンジンがなかった
というのでは洒落にならない
風の読みかたが生死を分けることになる