2016年9月17日土曜日

民泊

訪ねてきてくれた人の多くが、
「ここ民泊にするとはやりますよ」と仰る
たしかに、ロケーションといい、建物といい、民泊向きではある

すでに宿泊所にはなりつつある
今年のはじめからどれくらいの人が泊まりにきたか数えてみた
15人、宿泊数にすれば19泊
平均すると、毎月2人、3泊弱といったところ
さすがに熱帯夜の続く8月はゼロ

人が来てくれることは嬉しい
一人暮らしだと、人と喋る機会は少ない
泊まりがけで来た人と話していると、オレってこんなにおしゃべりだったっけ
と思うくらい話す
もちろん、相手によるけれど

月末の稽古会や修養講座の宿泊所として使ってもらうのも結構
ただ、研修会館との往復になるから京都情緒は味わえない
稽古とは別立てで来ていただいたほうが愉しめる
毎月25日には天満宮(徒歩10分)に市が立つし、神社お寺の行事も多い
そいういえば、空間現代のライブハウスもオープンする

もうすぐ引っ越して一年だ

2016年9月13日火曜日

崇徳院

薪能が行われるというので主催者に問い合わせたら、上京区役所か会場となる白峯神社で前売券が買えるとのこと。郵便局や図書館に行く予定もあったので、郵便局、中央図書館、白峯神宮という順路で回ることにして自転車で出発。

地図で見ると白峯神宮は堀川今出川交差点の東に位置している。洛外居住者の私にとって、この堀川通りは難所なのです。堀川通りは、京都市内を南北に貫く他の通りより幅の広い交通量の多い道路に過ぎないのだが、自転車で市内を移動していると、この堀川、よほど気合を入れないと越えられない。洛中洛外の境界線は時代とともに外に広がっていったと思われるが、どの時代か、ここを流れる堀川が洛中洛外を隔てる強力な境であったとしか思えない。

千本丸太町の定食屋でランチを食べ、白峯神宮へ向かうことにする。基本、北へ東へ動いていけばよいので、車の少なそうな道をのんびり走らせる。途中、拾得の看板をみつける。まだあるんだ〜。さらに北に向かうと白山湯という銭湯。そういえば、銭湯経営者には石川出身者が多いという話を思い出し、スナップを撮る。



白峯神宮で祀られているのは崇徳院。いま読んでいる二冊の本の中に出てくるのだ、崇徳天皇が。橋本治の『言文一致体の誕生』の第二章には天台宗の僧、慈円はなぜ「愚管抄」を漢字かな交じりの文体で書かねばならなかったかという解釈が、だらだらと、もとへ、橋本文体で綴られている。歴史的背景となるのが保元の乱で、その当事者かつ敗者が崇徳院。もう一冊の『身体感覚で「芭蕉」を読みなおす。』(安田登)も面白い。おくのほそ道を夢幻能に喩えてーそういう見立てだったとしか思えないですねー解説していく。無論、芭蕉が追いかけたのは西行で、その西行の仕事の最たるものは保元の乱によって讃岐に流され怨霊となった崇徳院の鎮魂だったという。社務所で前売券を買い、本殿にお参りする。蹴鞠で有名な神社でした。

2016年9月10日土曜日

車窓

金沢行サンダーバード
いつものように進行方向右側の座席
午後の日差しを避けるための選択だが、結果として、ずっと琵琶湖を眺めていることになる
北陸に入ると、こんどは白山が姿を現わす
京都から金沢まで200キロを2時間
同じ2時間でも京都ー東京を新幹線で移動しても、この旅気分は生まれない

これまでいったいどれだけの時間、車窓から外を眺めてきたのだろう
人生の0.5パーセントくらい、こうして、窓の外を流れていく風景を眺めてきたのではないか
自分で運転するわけではなく、いつも何かに運ばれている、
平均時速50キロくらいで
この運ばれていく感じと共にずーっと過ごしてきた

(この写真は先月のもの)

2016年9月8日木曜日

繕う

ひとり暮らしを実感するのは繕いものをしているとき
家事全般一通りこなせるつもりでいても、針仕事はダメだ〜
かといって、稽古着を着ていると、繕いものは必ず出てくる
長着の背中は割れる、袖は破ける、襦袢の半襟は取り替えなきゃならない
先送り先送りしていても、いつかはやらなきゃしょうがない
東京にはこころ強い助っ人がいたのになどとブツブツ言いながら、針箱を取り出す
昔はカミさんのために針に糸を通してあげていたが、最近、これも難しくなってきたぞ
布相手に奮闘がはじまる
で、出来上がり具合はというと、これがまた下手くそなんだ
どっかの運針稽古にでも行ってこようかしらね

2016年8月31日水曜日

8月の読書

国貧論 水野和夫 太田出版 2016
鹿の王* 上・下 上橋菜穂子 角川書店 2014
能へのいざない* 味方玄 淡交社 2006
海女のいる風景* 大崎映普 自由国民社 2013
かかとを失くして* 多和田葉子 講談社文芸文庫 2014
カタコトのうわごと* 多和田葉子 青土社 1999
盆踊り-乱交の民俗学* 下川耿史 作品社 2011
ニッポン大音頭時代* 大石始 河出書房新社 2015
 予想以上にアカデミックなアプローチで、日本近代音楽史の一面をたどっている。この本の中で言及されている様々な音頭の音源のほとんどをネット上で見つけられたのにも驚かされた。
水上勉の京都を歩く* 蔵田敏明・宮武秀治 淡交社 2006

2016年8月30日火曜日

垂直

関が原あたりまでは曇りだった天気が、
米原になるともう降り出し、京都に着いたら結構な降り
どのルートを取れば一番濡れずに済むのか?
山陰線・嵐電経由にして、まずは太秦へ
そこから嵐電の撮影所前駅まで歩き白梅町行きに乗って等持院下車
白山東京遠征を終えて一週間ぶりに等持院に帰ってきた

やたら上下動したというのが今回の遠征の印象
つまりは、泊めてもらった娘のところが三階建ての建物で、
階段を登ったり降りたりしないと何事もはじまらない
普段水平移動しかしてないから、都会の上下動に慣れるまで時間がかかる
地下鉄JR東急といった電車に乗るにしても、エスカレータやエレベータで上下する
デパートも然り
都会というのは垂直移動で成り立っているのだ
もっとも、東京駅など、丸の内側から八重洲口に移動すると、迷路のような地下道を延々と歩くことになる
たしかに東京の人はよく歩く

京都に引っ越してきてすでに11ヶ月
一年前は影も形もなかった孫という存在まで出現した
唯一の誤算は、東京に頻繁に行く回数が、この孫のおかげで増えてしまったことだ
年3回の研修会に行けば良いはずだったのに、すでに7往復
もっとも、これからは東京に行くのは4ヶ月に一度のペースで落ち着くだろう
西に向かわねば

雨の京都はさすがに涼しい
ただ予報ではまた暑い日がやってくるとのこと
冬の寒さに夏の暑さ
こんなに季節の変化を実感した一年はない
四季折々といった風雅を越え、サバイバル感の方が強い

2016年8月21日日曜日

白山に登りたし、されど...

これまで三度白山登山を試みている

一度目は2010年夏
白山稽古会に通い始めて間がないころで、大井町から松井くんの車に上杉くんと三人乗って、現地で池田さんも加わって登山口までたどりつくも、池田さん以外、十分な雨対策が準備できておらずあえなく撤退。唯一登ったのは池田さんのみ。
http://dohokids.seesaa.net/article/158220101.html

二度目は2013年
ワンネススクールの森さんのグループがやっているサマーキャンプのプログラムの一環として計画されていた白山登山に深畑さんと一緒に加わる予定が豪雨で流れ、結局、糸魚川の山田さんのところに草鞋を脱ぎ、海遊びを教わった。
http://dohokids.blogspot.jp/2013/08/blog-post.html

そして2016年
今度は、加賀の林さんのグループが登るというので、横浜の平良さんにも声を掛け、混ぜてもらうことにして準備していた。ところが、今度は台風接近で、登山予定当日、山頂あたりで台風とお見合いしそうになり、あえなく計画は中止。

三度目の正直ならず、二度あることは三度あるという方向に流れてしまった
「お前はまだ来る準備ができてない」と告げられているかのようだ