2016年11月10日木曜日

永い言い訳

妻と父の三回忌が終わったら、急に寂しくなった。取り残されて置いてきぼりをくった幼な子が、いなくなった母親を探し求めているような、そのような寂しさ。でも子どももいずれ、親以外の世界があることを学んでいくのだ。

先月、西川美和監督の『永い言い訳』という映画を観てきた。まったく、この西川監督、侠気のある方で、男の情けなさをギリギリと突いてくる。長い結婚生活の中で、喧嘩したことのない夫婦者はまったく幸せな方で、それに文句をつける筋合いはまったくないのだが、たいがいは一度や二度一度、「こいつがいなければ」くらいのことは呟いたことはあるのではなかろうか。ただ、いざ実際に先立たれてしまうと、残された男は、続きの人生を言い訳しながら生きていくしかない。まったく、タイトルの付け方からして憎ったらしい。

今週は暇なので、白山稽古会の前に山中温泉に寄っていくことにした。ついでに、いつも素通りしている敦賀で途中下車し、気比神宮にも立ち寄ることにした。敦賀は奥のほそ道の終点手前。芭蕉の句碑も境内に建てられていた。山中温泉は三年半ぶり。ひょっとすると、あれが最後の家族旅行だったのかもしれない。前回は4月下旬なのに随分と寒かったのだが、今回はこの冬一番の冷え込み。山中温泉もまた、奥のほそ道、ゆかりの地である。

























月清し遊行のもてる砂の上

2016年11月7日月曜日

育児講座

30年前、上京して整体協会事務局に入り、最初に任された仕事が育児講座の受付だった。月刊全生をひっくり返してみると、この年、1986年夏の育児講座は二週間に渡って行われている。当時、裕之先生の講義は子育てに関するものが多く、その時代に整体の勉強をはじめた人間は、整体の人間観をこれらの講義を通して学んでいったように思う。今、鎌倉稽古場を担当している大松さんとはじめて会ったのは、この育児講座のときではなかったか。この月末、等持院稽古場に、その大松さんに来ていただき、「育つ」というテーマで話すことになっている。それぞれジイさん、バアさんになった我々が、30年前の育児講座をふり返るのも一興だ。




2016年11月2日水曜日

網戸

快晴
冬が来る前に網戸を洗っておこうと、
広縁のガラス窓の先にはまっている網戸を外した
洗剤をつけたタワシで洗い、散水用のシャワーで洗い流した

乾かしている間、広縁の椅子に座ってみたら、随分と明るい
そうか、窓の半分を網戸が覆っていたのだ
冬の間は、網戸なしの方が、陽がたくさん入ってくるんだ
乾いた網戸は押入れの奥に滑り込ませた

六畳間との間の障子戸を閉めればサンルームの完成だ

2016年11月1日火曜日

錐体外路系

10月末の公開講話でいきなり「錐体外路系」の話が出てきてびっくりした。活元運動の説明のときに、この錐体外路系という言葉は用いられてきたが、だれも実感を持って使えない、こそばゆい感じがいつもつきまとう、そんな単語だった。医学界では死語扱いされているそうだ。その錐体外路系という言葉がダン先生の手によって、ゾンビのように蘇ってしまった。なんちう人だ。帰宅して、思わず、公益社団法人になって手を入れられた定款を読み直してみたら、ちゃんと錐体外路系という単語が使われている、というか最重要ワードとして扱われている。

(目的)
第3条 この法人は人間行動における無意識領域を錐体外路系運動という身体運動 の不随意相から考究し、それらの関連機序を視点とした身心関係の調和を促す身体 技法及び生活法の開発と実践に努め、以って、当来の教育学・体育学・人間学をは じめ人間に関わるあらゆる学術研究の発展に寄与すると共に国民個々の身心の人間的基盤を豊穣たらしめんとすることを目的とする体育団体である。

医学界に打ち棄てられた単語を整体協会が後生大事に守ろうとしているわけだが、今回の公開講話では、「錐体外路系」が「前近代的身体」を表現するものとして再定義されてしまった。ゾンビして蘇ったというより、新しい息吹を吹き込まれて再降臨した感じ。これなら、実感を持って「錐体外路系」という単語を使えそうではないか。

活元運動の「元」とは、前近代のことなのです、となれば、自ずと、いま活元運動として行われているものの大半が「近代」の動きであり、「元」にたどり着いてないことも明らかになっていく。裕之先生、晴哉語に新しい意味=感覚経験を付け加えることで、あたらしい「土俵」を作ろうとしている。なんと野心的な。

2016年10月31日月曜日

冬支度

よい季節というのは意外に短い
4ヶ月の冬があって、4ヶ月の夏があって
間に2ヶ月づつの春と秋がある
そんな感じではないか
それでも北陸の人が関西で暮らしはじめたとき、
秋が12月の初めまで続いていたので羨ましかったという話をしてくれた

夏が終わったと思うと、一気に寒さがやってきた
去年は、寒くなって慌てて暖房器具を買いに走ったので、
今年は先回りして準備することにした
ホットカーペットを引っ張り出し、ガスファンヒーターも出してきた
とにかく台所が寒いので、勝手口を引越し時の残りもののポチポチで封じ、
床用にラグも注文
屋内防寒用にオーバーパンツまで頼んでしまった

テレビで昨年は暖冬だっと気象予報士が話している
おいおい、暖冬だったっけ?
結構寒さ厳しかった記憶があるのだが、この冬は平年より寒いという
これから年末年始に向けて、行事催事も予定されているので、
もう一度暖房を見直す必要があるのかもしれない

そうだ、火鉢用の炭も買いに行かねば

2016年10月30日日曜日

10月の読書

アグルーカの行方* 角幡唯介 集英社文庫 2014
武玉川・とくとく清水 田辺聖子 岩波新書 2002
電気は誰のものか* 田中聡 晶文社 2015
脱出老人* 水谷竹秀 小学館 2015
徳は弧ならず 木村元彦 集英社 2016
わたしたちが孤児だったころ* カズオ・イシグロ 早川書房 2001
この国はどこで間違えたのか-沖縄と福島から見えた日本* 徳間書店 2012
トルコ-中東情勢のカギをにぎる国* 内藤正典 集英社 2016

2016年10月27日木曜日

回り稽古

回り稽古の募集要項が出てることを教えてもらい、身体教育研究所のお知らせページを開いてみた。今回の全体テーマは、「動法における身体感覚の活用」。十日ほど前に、このテーマで関西版の回り稽古をはじめたいという連絡が事務局があったばかり。この全体テーマに、担当者がそれぞれ自分のサブテーマを返し、それがリストになって戻ってきたわけだが、その一覧を観て感動してしまった。担当者同士の横の連絡は当然だがない。なのに、こんなリストが出来上がっている。オレたち文学するのか? 戸村氏のサブテーマを読んだときには、もう身悶えしてしまった。


関西より一足早く、同じ全体テーマではじまる関東版回り稽古を見てみた。皆さん真面目だ。松井さんは何も考えずに返事してる風なのが実に彼らしい。それにしても、この地域差はどこから来るんだ。