2019年4月1日月曜日

DIYレシピブック

読書会つながりの方からDIYのレシピブックを作るので寄稿してくださいという依頼がきたのが2月。そのレシピブックが出来上がってきた。50人のひとたちが、それぞれのDIYのレシピを書いている。DIYというと、自力で必要なものをつくりだしていく営みという理解でしかなかったのだが、この冊子に書かれているレシピの多様さにDIYの概念が打ち崩された。呼雷器を作って雷を落としちゃうとか、ニワトリと散歩する方法とか、信心のレシピとか、有形無形さまざまで意表をつかれるレシピ満載。ちなみに私のレシピは「豆腐とマメのサラダ」というもの。このブログでも公開しちゃいましょう。

https://sites.google.com/view/casaludens/home

2019年3月30日土曜日

3月の読書

小さな村のウルトラランナー* 大川卓弥 NHK出版 2015
北の海(上・下)* 井上靖 新潮文庫 1966
物語ること、生きること* 上橋菜穂子 講談社 2013
磁力と重力の発見1* 山本義隆 みすず書房 2003
朝日平吾の鬱屈* 中島岳志 筑摩書房 2009
トグヴィルが見たアメリカ* レオ・ダムロッシュ 白水社 2012
陸王* 池井戸潤 集英社 2016
路地裏の京都* 甲斐芙佐義 道出版 2008
京都猫町ブルース* 甲斐芙佐義 淡交社 2011
京都猫町さがし* 甲斐芙佐義 中公文庫 2000

2019年3月28日木曜日

あとがき

せうそこ冊子版1号〜3号はすでになく、新規に手にすることは難しそうなので、あとがき部分だけ、このブログに載せておくことにします。

【せうそこ1 「書」 平成28年11月発行】
身体教育研究所で指導者と呼ばれている人たちは研究員が30人と少々。動法教授資格者を含めれば70名くらいになるのか。稽古することが人生になってしまった人たちで、もうご愁傷様というかご同慶の至りというか、こういう仲間と巡り会えたことは非常に有り難い。ただ、夫々がどのような経緯で整体協会に、身体教育研究所に、あるいは野口裕之にたどり着いたかという、「前史」については、問わない、語らない、詮索しないという不問律があるが如く、お互いに知らない。まるで前科者の集まりですね。でもね、本当はこの前史が面白いのです。夫々の前史の中で異化されていたものを裕之先生が呈示される稽古を通して同化させていくかことが、指導者ひとりひとりのテーマになっている。今回のせうそこ#1の中で、安森さんに「芸術性は?」としつこく訊いていたのは、ボクの中で、安森さんは作家(陶芸か絵画かわからないけど)にならないで整体指導者になってしまった人、という印象あるいは予断をもっていたから。このことに、会を終えてから気づいた。もう少し、その転身の経緯を聞いておけばよかったな。

【せうそこ2 「育つ」 平成29年3月発行】 
電灯のスイッチを指で押さないでオンにする、という稽古を大真面目でやったことがある。刺戟ー反応関係を忌避するという趣旨なのだが、動法初期の時代であったとはいえ、あまりに稚拙で思い出すだけで恥ずかしい。今ならどうするだろう。検索窓にキーワードを入力することなく検索結果を得るというのはどうだろう。結局、三十年経っても、僕らは刺戟ー反応関係から脱することができていない。いや、インターネットの登場で、より内面化してしまったのではなかろうか。問いを発するという行いがすでに刺戟と化し、即座の答えが反応として戻ってくることを期待する。そんな、便利でせわしない時代に「育つ」を語るのはむずかしい。「整体三代」という言葉は育児講座の頃からダン先生がよく使われていたもので、整体が当たり前のものとなるまで三世代かかりますよという意味。身体教育研究所がはじまって三十年ということは、ようやく一世代分の時間が経過し、次の世代に引き継がれつつあるという段階。三代百年という時間軸は、「君一人ジタバタしてもできることは限られてるよ」と言われているようで淋しくもあり、また、このような時間軸が与えられることで安堵している私もいる。安森さんや大松さんと一緒に百歳まで稽古するしかなさそうだ。

【せうそこ3 「みとり」 平成29年7月発行】
 喪に服すとは逝った者たちと共に暮らしていくことであるが、それは同時に、逝った者たちに見守られながら生きているということであった。三年の喪が明けようとしているいま、ぼくは、その庇護を離れ、再び歩き出さなくてはならない。なんと難儀なことか。かつて両親の住む岡山の実家を離れるとき、まだ足を踏み入れたことのない異国での生活に心を踊らせていた。京都から東京に移り住むときもまた、ぼくの前途は洋洋としているように思えた。妻を送り父を送り娘を嫁がせ、単身京都に舞い戻ってきたが寂しさを感じることはなかった。そう、ぼくはまだ妻と父の庇護の中にいた。しかし、もう喪が明ける。かくして、ぼくは再び歩き出さなくてはならない。
 「みとり」をせうそこのテーマにしたいと告げられたのは一年前の春のことだったが、この私的領域の出来事について話すことには戸惑いと抵抗があった。ところが、私はすでに「出立記」をブログに記しており、そもそも「みとり」がテーマとして浮上した遠因はこの記事に遡る。結局、一年間、みとりについて考えつづけることになり、三月末、三回目のせうそこを迎えた。やがて「喪が明ける」ことを悟ったのは、この会を終えたときである。

2019年3月24日日曜日

正客

北野天満宮のお茶会で正客をつとめてきた。等持院稽古場に稽古に見えている若い人がお茶を習っている先生主催のお茶会で、後進育成の場となっている。昨年秋、その若い人が亭主デビューするというので伺ったのが最初で、今回は二度目。

待合から会場の部屋に通されると客同士の正客の譲り合いがはじまった。案内役の男性が、年季を積んでそうな常連のひとたちに声をかけるのだが、みなさん遠慮される。まさか、僕は声をかけられないだろうと高をくくっていたのだが、なんと声をかけられてしまった。男性で年配で稽古着姿でもあったので、それなりに貫禄ある人に見られたのかもしれない。正客が決まらないとお茶会ははじめられない。われながら厚顔にもほどがあると思ったのだが、その程度には厚顔だったらしく、ありがたく引き受けることにした。

正客の席に坐っておどろいた。風景がまるでちがって見えるのだ。炉の際で天井からぶら下がった釣り釜に手を延ばせば届くほど。なんとも贅沢。お道具をもって現れたのが例の若い人であったのには驚いた。炉を挟んだ向こう側で亭主がお茶を点ててくれる。お菓子をいただき、お茶をいただき、亭主とのやりとりの仕方は、隣に座ったご婦人に教えていただきながら、無事、お茶会終了。正客贅沢。

2019年3月22日金曜日

性と文化の革命

ミドリさんが「私たちの"性と文化の革命“」について話そうというので出かけていった。ミドリさん、ハジメさんと私の「ユズルにきく会」三人衆。

ハジメさんがライヒの「sexual revolution」についてユズルさんから教えられたのが1965年。その翻訳を「性と文化の革命」として勁草書房から出したのが1969年。復刻を迫るミドリさんに対し、ハジメさん曰く、当時のインテリたちは、すでにフロイドが何をいってたかという知識を有しており、それを踏まえてのライヒだったし、時代的にも読まれる背景があったから実際売れた。はたして、今、復刻する意義があるかどうか疑わしい、と。

話していて、70年代は、少なくとも今に比べると「開かれて」いた時代だったらしい。私がいた空間に引きつけていえば、「ほんやら洞」という雑多なグループが出入りする空間があり、ユズルグループを含む多くのゆるい中間集団があった。その中間集団空間の中で若者達はそれぞれ試行錯誤を繰り返していた。

そもそも、こんな面子が集まったのは、「自分たちの次の世代(30代〜40代)の女性たちが、自分の体ー社会的身体も含めてーに無知すぎるのではないか。自分たちが学んだことを後進の人たちに伝える義務があるんじゃないか」という問題意識がミドリさんに生まれたから。だから「性と文化の革命」再び、なのですね。

ミドリさんほどの危機意識は僕には欠けているのだけれど、話している中で、育つべきものが育ちにくい時代に入っていることだけは納得できた。稽古でやってることは、それに対するひとつの試みなんだが…。ピザをつまみながら3時間、この話はまだまだ続きそうだ。

2019年3月14日木曜日

ネットミニマム

iPad miniの不調暴走は、電池交換を依頼したとき、駆体に歪みが生じてしまったことに起因するようだ。ipad miniを長く使おうという目論見は結果的に失敗に終わってしまった。不安定なipadに触れる時間が激減し、かといって画面の小さいiphoneだと文字の入力もおぼつかず、結局、ネットで費やされていた時間が大幅に減るという効果を産んでいる。テレビも新聞もなく、ニュースをネット、SNSに頼っていたから、世の中との隔離度は格段に増したことになる。とはいえ、情報量が減ったからといって、世の中の動きに取り残されている感じもなく、むしろ、過剰なノイズにかく乱されることなく、読書生活は充実している。メールもパソコン(こっちのバッテリーもへたっている)で書くことが増え、ひさしぶりにキーボードを叩いている。新しいipad miniが間もなく販売されるという噂もあって、いざ新しいものをみてしまうと、喜びいさんでお店に走る、という可能性もあるのだけれど、なんせ、どんどん貧乏になってきているので、このままネット環境もミニマムな方向に進むことになるのかもしれない。

ロードムービー

続けてアメリカ映画を観てきた
「運び屋」と「グリーンブック」の二本
前者はイーストウッド監督作品
後者はアカデミー作品賞をとったものの、物議をかもしているそうな
共通しているのは、いずれもがロードムービーであること
「運び屋」はイリノイからメキシコ国境のエルパソへ
「グリーンブック」はニューヨークからディープサウスへ
当然、車の中のシーンも多い
ラジオからはポップソングが流れてくる
イーストウッドが車を運転しながら”Hang 'em On"を口ずさんているシーン
(聞きまちがいではないとおもう)には吹き出してしまった
”Hang 'em On"ー「奴らを高く吊るせ」はイーストウッド1968年の監督主演作品

『トグヴィルが見たアメリカ』(レオ・ダムロッシュ 白水社 2012)は面白い
「アメリカのデモクラシー」という名著(未読です)を著すことになる、
トグヴィルの9ヶ月に及ぶアメリカ滞在を一次資料を駆使しながら再構築したもので、
1830年のアメリカの風景ー人々が西へ西へ移動した様が活写されている
もっと早く、この本を読んでいたら、僕のアメリカ理解は深まったはずなのだが、
実際にこの本が出版されたのは21世紀にはいってからなのだ

ロードムービーって、アメリカ人の移動欲求を再現したものなんだ
そのように理解すると、いろんなものが腑に落ちてくる