2019年12月11日水曜日

Talk in Chiang Rai

旅の最終目的地であるチェンライにやってきた。たどり着いたと言った方がより正確か。古い友人であるボゲットさんの自邸。30年教えた京都の大学を退官したあと、チェンライでパートナーと一緒に暮らしている。自分で設計して建てたという邸宅は博物館のようで、さすがイギリス人。最近は、日々、京都時代に集めた明治から昭和の「煙草カード」コレクションの整理に明け暮れているという。自伝を書く気はないの?翻訳は僕がするよ?と訊いてみたら笑っていたけれど、ここ半世紀の東アジア、東南アジアの現代史を目撃してきた証人として貴重な存在だと思う。その博覧強記ぶりは健在で、陳列展示して人形ひとつから、その由来、歴史についてのレクチャーが30分続く。さて、ここから、京都を目指して帰ります。今度は僕が風邪っぴきです。

2019年12月10日火曜日

LCCで飛び、Airbnbで泊まり、Grabで移動する 2

ハノイ行きVietjetの座席は窮屈で、うん10年も前のろくにリクライニングの効かない夜行バスの4列シートを思い出した。そうか、LCC(low cost carrier )とは夜行バスの別称だったのかと妙に納得。関空からハノイまで5時間だからよいけれど、8時間になるときついよな、と体を縮めていた。
ハノイ 、チェンマイとも宿はAirbnbで予約。数年前だったら、booking.comとかtrip advisorを使ったかもしれない。はじめての土地でどこに泊まるかを決めるのはむずかしい。観光地が近く、ホテルが密集しているエリアは、便利だが騒がしい。といっても、郊外にすると移動に問題を抱えることになる。今回は、ハノイ 、チェンマイとも正解だった。どちらも旧市街の中か、そこに近接しているエリア。ハノイ の宿の方が、Airbnb的といえるのかもしれない。街中の普通のアパート三階にあるワンルームの小洒落たスタジオ。小さなキッチンも付いていて、料理もできる。


LCCで飛び、Airbnbで泊まり、Grabで移動する 1

街を走っているTuktukの数が劇的に減っている。Grabというアジア版Uberのせいだ。ハノイで素晴らしいオリエンテーションをしてくれた鈴木さんも使っていたが、ベトナム用のSIMカードは用意してなかったので、利用するのはチェンマイがはじめて。アプリの地図で現在地と目的地を入力すると、即時に料金が表示される。予約ボタンを押せば、ものの数分で車がやってくる。ドライバーとのコミュニケーションは極少。乗客もドライバーもスマホの画面を眺めているという不思議な光景が出現する。一昔前までの、車に乗るまでの交渉駆け引きがすっぱりと脱落したかたちだ。言葉の通じない国で旅行する者にとって、これは福音なのか堕落なのか。タイでもGrabの法的な立場はグレーらしい。イギリスのUberドライバーの体験レポが載っている『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』(原題はただ”Hired”だが、この邦題はよい)と同じ問題を抱えているに相違ない。


2019年12月9日月曜日

Down in Chiangmai

チェンマイに着くと同時に連れ合いがダウンしてしまった。
より正確にいうと、ハノイで最後のコーヒーを飲んだあたりから、ちょっと調子へんだな、という感覚が生まれ、空港行きのバスの中ですでにダメで、かろうじて乗機したもののチェンマイ空港に着いた時には、自力で歩けないほどダメダメな状態。救護室で1時間横にならせてもらい、その後、タクシーで宿にたどり着いたものの、ベッドに直行。
ハノイの喧騒を面白がっていたようでいても、はじめてのアジアは刺激過剰だったようだ。僕がいうカルチャーショック熱が襲ってきたということ。こうなると休むしかない。最終目的地だったチェンライはかすみ、どうやって無事に京都に帰り着くかが、ぼくのミッションになった。
6年ぶりのチェンマイ稽古会。外国で暮らす日本人の目から見ると、日本が輸出すべきは「文化」である、ということになるらしい。であるならば、整体の「双」の世界観+技術体系+稽古法は無限の可能性を秘めていることになる。


2019年12月6日金曜日

Lost in Hanoi

ハノイの旧市街は入り組んでいて方向感覚が狂ってしまう。
街の真ん中にある湖が基準になっているから、まずはその湖を目指そうとするのだが、気がつくと90度ずれた方角に歩いていたりする。立ち止まってはiPadを取り出して地図で確認するのだが、交通量の多いところでやるのは危険きわまりない。なので、コンパスを首から下げて歩くことにした。バイクと車が両方向から走り続けているから、通りひとつ横切るにも命がけ。信号機はあるのだけれど、みんなが従っているようには思えない。ハノイ3日目にして、野性感覚が取り戻ってきた。


2019年11月29日金曜日

11月の読書

記憶する体*  伊藤亜紗 春秋社  2019
「反緊縮!」宣言*  松尾匡編 亜紀書房 2019
天才ニコラ・テスラのことば* 新戸雅章編著 小鳥遊書房 2019
オープンダイアローグがひらく精神医療*  斉藤環 日本評論社  2019
宇沢弘文の数学*  小島寛之 青土社  2018
中世幻妖* 田中貴子 幻戯書房 2010
社会的共通資本* 宇沢弘文 岩波新書 2000
アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した* J・ブラッドワース 光文社 2019

2019年11月26日火曜日

京都映画館事情

自宅で映画を見られない性分である。リモコンが手元にあれば操作したくなるし、怖い場面などあれば、そこで停めてしまう。つまり集中力に欠けている。なので映画は席を途中で立てない映画館という強制力が働く環境下でしか観られない。年取ってよかったことのひとつに映画をシニア料金で観られることで、というか、これくらいしかメリットはないのだけれど、一本1200円。こないだまでは1100円だったから8パーセントも値上がっているのはけしからんと思うのだが、映画の適正価格ってこんなところだろう。

京都に戻ってきて4年になる。主に通っているのはシネコン3軒、ミニシアター3軒。いずれも、バス一本1時間以内にたどりつける距離にある。自転車漕いで行った方が便利な小屋もある。平日の昼間、映画館に行けば、当然のことなのだけれど、観客の年齢層は高い。ぼくもワンノブゼム。面白い映画はミニシアターに多くかかるけれど、できるだけ大画面で観るのが好きなので、シネコンに足を運ぶことの方が多い。今年はとくにハイペースで、一番映画を観ていた十代後半の頃に次ぐ頻度で映画を観ている。それでも、今年観た中で一番面白かったのは1982年に撮られた「ブレードランナー」であり、1968年公開の「ワンスアポンタイムインザウェスト」だったことを思うと、つまり、映画のピークは1960年〜80年くらいに終わってるのではないかとも思ってしまう。

この場所が映画の撮影所だったことを話すと、映画に興味を持っているひとは身を乗り出してくる。このことは、以前書いたのでそちらを参照のこと → 等持院撮影所年譜 https://dohokids.blogspot.com/2016/07/blog-post_5.html  たまに太秦映画村の近くを自転車で走っていると、大型バスが並んでいて賑わっているようだが、いちども足を踏み入れたことはない。でも、太秦界隈を歩くと、映画全盛時代の痕跡があちこちに残っている。昭和レトロな太秦商店街そのものが、映画のセットのようでもある。