2020年11月15日日曜日
石川合同稽古会(続報)
コロナ禍の影響で8月は開催できなかった石川合同稽古会を再開します。会場はこれまで同じ、湯涌創作の森です。今回は1日3コマの開催になります。遠藤、角南に加え、もうひと方、稽古担当をお願いする予定です。宿泊も可能なので、恒例となった稽古会終了後の湯涌温泉入浴+食事コースは催行の予定です。
*三人目の担当者は佐藤朋弥(国立稽古場)さんになりました。(11/8)
*1コマ目(13時〜15時)は公開講話とします。未会員の方の参加も可能です(11/15)
日時 2020年12月5日(土曜日)13時〜20時
会場 湯涌創作の森
会費 1コマ2000 円 通日5000円
担当 遠藤日向(金沢稽古会)
角南和宏(等持院稽古場・白山稽古会)
佐藤朋弥(国立稽古場)
2020年11月13日金曜日
だっこ
三十年ぶりに赤ちゃんをだっこしている。
もちろん、これまで赤ちゃんを抱っこする機会は多々あったけれど、生活の一部として抱っこする時間を持つという意味では、やはり三十年ぶりといってよいだろう。
三十年前に比べて、だっこが上手くなっている。えへん。
生後2ヶ月になって、孫の首の座りはよくなり、仰向けで寝転がっているよりも、抱っこされ、体を垂直にしている状態の方を求めるようになってきた。お兄ちゃんたちが食事しているテーブルに仲間の一員として加わりたがる。
接触はしても、拘束しない抱き方ー言い換えれば、さんざん稽古してきたカタをもって抱けば、赤ちゃんの快を妨げることなくーつまり、赤ちゃんが望む方向に体を向けることができる。赤ちゃんが、抱いている腕の中で寝落ちしてしまうというのは、抱いている側にとっても至福の瞬間で、どのように自分自身を内観すれば眠りが深くなっていくかを探求している。最後のところで、拘束感を少し強くすればーシメの感覚を使うということだがー深い眠りに入っていけるようだ、などなど。
生きる技としての整体ーSeitai as an Art of Livingーこれは生活のあらゆる場面に適用できるものなのだ。
2020年11月7日土曜日
学ぶということ
1
いまここで、こういうことをしていることの始まりを探っていくと、1973年から75年にかけての海外での経験にたどり着く。岡山の田舎から、ポッとアメリカに飛び、次、インドで過ごし、日本に戻ってきて京都で暮らしはじめた。この数年の間に自分自身が攪拌され、ぐちゃぐちゃにされた。このような状態から、どのように自分自身を再構成していくかという試行錯誤が半世紀近くたった今に至るまでつづいている。つまり、テーマが、その時の自分の能力では解決するに大きすぎ同化吸収できなかったものがライフワークになっていく。きっとそういうことだ。
2
もっとも、なにかが毀されるためには、まず毀されるべきなにかが形成されていることが前提になる。ひとはどのように、自分自身を形成していくのだろうか。そのような疑問を抱いていたときに出会ったのが、野口晴哉の育児論。おそらく、この育児論・成長論と出会っていなければ、ここまで整体に深入りすることはなかっただろう。僕が整体協会の事務局で働きはじめたのは1986年のことなのだが、最初に任されたのが、裕之先生の育児講座の受付だった。妊娠期に始まり思春期に至るまでの子どもの成長を、整体的視点で講義された。1日3時間x14日間というマラソン講座だった。
3
身体教育研究所が誕生したのは1988年。当初は整体法研究所と呼んでいた。整体の技術を伝承していくには、なにが必要なのか、それを追求するために設立された。追求には稽古というスタイルが採られた。つまり、「いにしへについてかんがえる」。稽古は、とりもなおさず、学びというものが、どのような過程を経て生成されていくのかの追求でもあったといえるだろう。そして、整体の体っていったいなんなんだ、という問が最初に置かれる。
4
このように、自分自身の半世紀をふりかえってみると、異文化教育ー育児講座ー身体教育という流れに乗って、いまにたどり着いている。もちろん、これは私のたどってきた道筋がそうであったというだけのことで、いま一緒に稽古している人たちは、またそれぞれの流れの中に身をおいた結果、それぞれの今にたどりついたということになる。生きるというプロセスに身体というものが不可欠である以上、身体教育はだれにとっても開かれているジャンルといえる。
5
これまで、このブログで書いてきたことは、多かれ少なかれ、上に挙げた事柄とリンクしている、というか一断面を切り取ったものの集合体が、このブログであるといえる。ただ、それぞれの断片がどのように繋がっているのかは見えづらいし、僕自身、ちゃんと見えてなかったように思う。しばらくの間、この断片を繋げていく作業をやってみようと思う。
2020年11月6日金曜日
2020年10月31日土曜日
2020年10月30日金曜日
2020年10月2日金曜日
眠り
小さな男の子二人(4才3ヶ月、2才8ヶ月)と何日か一緒に寝たら、劇的に眠りの質がよくなった。男の子というのは、いっときたりともじっとしていない。それでも、まるで電池が切れるように、寝るときはコトっと寝てしまう。それで、翌朝にはフル充電されて蘇ってくるのだから、付き合っている大人は大変だ。一緒に寝てみると、奴らの寝相はすざましい。こっちが目を覚ますごとに違う場所にいる。二人遠く離れて寝ていると思ったら、数時間後には、重なり合うように眠っていたりする。一緒に寝ていても、数時間ごとに目を覚まし、子供たちの様子を見て布団を直したりする。こんなふうに眠りが細切れになっても、短いながらも眠りの質は良いらしく、ぐっすり眠った感はあるし、子供たちが起き出す前にちゃんと目が覚める。子供たちの眠りの深さにつられてしまうからにちがいない。この眠りの質の良さは、京都に戻って来てからも続いていて、夜中の12時になると眠くて布団に潜り込む。本を読もうとしても、ものの10分で灯を消して眠りにつく。そして、翌朝にはスッキリ目が覚めるのだ。
登録:
コメント (Atom)
