2019年7月31日水曜日

グリーンカーテン2

京都に猛暑が帰ってきた
去年は7月半ばからずっと35度超えの日が続いていたから、それに比べると、
今年は8月をしのげばなんとかなると構えていられるので、ちょっと気楽である
試みているグリーンカーテン、猛暑に間に合わせるようにグングン枝葉を伸ばし、
ちゃんと日陰を作ってくれている
蔓の伸ばし方とか毎日観察してるのだが、やわらかな蔓の先が
張ってある紐や他の枝を見つけて巻きついていく様は見事としか言いようがない
植物賢いわ


2019年7月30日火曜日

7月の読書

鯨人* 石川梵 集英社新書 2011
わたしがカフェをはじめた日。* ホホホ座 小学館 2015
明治維新の「嘘」を見破るブックガイド* 田中聡 河出書房新社 2018
街場の平成論* 内田樹編 晶文社 2019
木村政彦外伝* 増田俊也 イースト・プレス 2018
アレックスと私* アイリーン・M・ペパーバーグ 幻冬舎 2010
「右翼」の戦後史* 安田浩一 講談社現代新書 2018

2019年7月27日土曜日

ふつうに活元運動

30代の若者と80代のお年寄りが一緒に稽古したいという
さて、なにをやろうか
活元運動は共有されているようなので、三人一緒に活元運動をやってみることにした
なかなかよい

ここまで、稽古としての活元運動はやってきたけれど、
ふつうに活元運動をやるということはあまりやってない

ふつうに活元運動をする会
あえて、稽古会とは呼ばない会を8月限定でやってみることにします
1の日の午前です → 等持院稽古場日程

月末三日間の稽古会が終わったら、そのまま石川合同稽古会になだれ込みます
合宿形式の会なんて久しぶりだし、他の指導者と共同でやるのも久しぶり
ちょっと気合いが入ってきました

2019年7月23日火曜日

ソマティックス 6

つまりのところ、ぼくらは何を「からだ」と呼んでいるのだろう
ソマティックスという言葉は、おそらく、普遍的科学的医学的身体というものより、
もうすこし巾の広い存在としての「からだ」を捉えようとしているのだろうけど、
それに関わる人たちがお互いに言葉が通じていない状態なのだ
そもそも、「からだ」という括りは有効なのだろうか

自分の手を眺めてみる
普通、からだと呼んでいるのは、指一本一本であり、掌であり手の甲である
でも、ダン先生が「からだ」と呼んでいるものは、指と指の隙間、手の中の隙間であって、
普通にぼくらが思っている実体としての手ではない
意志が届かないものこそをからだと呼んでいる
牽強付会だろうと言われても、こう捉えていかないと整体の技法として成立しない
こういうからだの捉えかたは、ほかの「ボディーワーク」と接合しうるのか
ボディワーク1で書いた、膜一枚のもどかしさの源はこんなところにありそうだ

こうして、実体と捉えられているものから離れ、あるいは、実体でないものこそに
実質を求めている人たちとはジャンルを問わず接合しうる
ボディワークというジャンルなど、はじめからないのだ

2019年7月22日月曜日

太秦

休日のひとり散歩
床屋で髪切って洋食屋でランチしてから、
円町を少し下り、天神川に沿って、ぶらぶらと太秦方面へ歩きはじめる

御池通まで出ると急にひらけてくる
道沿いにあたらしい大学の建物があり、その向かいには料理学校
広い道づたいに西に進むと、右京図書館にたどりつく

右京図書館は中央図書館よりだいぶ床面積が広く、大型本が充実している
置かれている本の傾向もだいぶ違う
CD、DVDのコーナーもあって、ブースで音楽を聴いている人も多数
鶴見俊輔伝(黒川創著 新潮社)を借りる

図書館を出て、さてどうするか
京都で暮らし始めて4年近くになるが、太秦一帯はあまり探検できてない
京都駅や西院に出るときに京福電車には乗っているのに途中下車はすることはほぼない

蚕ノ社に行ってみる
40年も前、ボゲットさんが精華大学の学生と一緒にやっていた、
渡来人の跡をたどる自転車ツアーに加わって、ここに来たことがある
脚が三本ある鳥居で有名
このあたりは、もともと秦一族が開拓した土地である

蚕ノ社を出て、さらに西に歩く
広隆寺を通り過ぎ、そこから太秦の商店街に入る
昭和のかおりを色濃く残す街並みが続く
気がつけば帷子ノ辻

さてどうするか
一筆書きで等持院まで帰ろうと歩きはじめるが、撮影所前まで来たら、
急にコーヒーが飲みたくなって、嵐電に乗ってしまう

そういえば、映画「嵐電」まだ観に行ってない

2019年7月21日日曜日

見えるとは

運転免許の更新手続きに行った
ゴールド免許のペーパードライバーなので5年ぶりである
前回の更新では、視力が少し戻っていたらしく、原付運転に眼鏡等は不要となった
そして今回、なんと普通車の運転にも眼鏡等が不要になってしまった
視力が戻っているという実感はまるでない
近視が老眼に移行しているだけではないかとも思うのだが、
免許証に余分な制約事項が書かれていないというのは気持ちがよい

更新センターでの視力検査というのはおなじみの「C」のどっちが欠けているかを
申告するだけの単純なもので、的が小さくなると、滲んでほとんど点にしか見えない
でも、どの部分が薄いというのは、ぼんやりとわかる
それを「はい、上」「はい、右」といった調子で申告した結果が眼鏡等不要である
眼科とか行かれてますか?と訊ねられたのだけれど、無論、答えはNO
係員が不思議そうな顔で「自然治癒」と用紙に記入していたのには笑った

でも、実際のところ、見えるというのは、いったいどういうことなのだろう
どっかで、焦点が合う=見えるだと、信じていた節があるのだけれど、どうもちがう
そう、ボケてても見えているのだ

当面、車を運転する予定はないのでご安心ください

2019年7月18日木曜日

死にどき

来月で67歳になる
母が亡くなった歳にたどりつくわけだ
妻が亡くなったのも67歳だった
早すぎたといえるけど、60過ぎたらいつ死んだっておかしくないのも確かだ

どうやって整体で死ねるか
これは大問題
下手な死にかたすると司法解剖が待っている
へんな世の中だ

坊主だって、医者の証明書がないと自分の葬式が出せない
これをへんと思わないのだろうか
もっとも、今時のお坊さんは、医者通いしてそうだから、
へんとは思わなくなってるのかもしれぬ

俗が戻った僕は、死ぬのが少し怖くなった
今、死んじゃうと、残された今の連れ合いが気の毒だ
十年は付き合うと宣言して一緒になったからには、あと十年は生きなきゃいけない
二十年じゃなかったの?と突っ込まれそうだが、とりあえず十年
続きがあれば、そのときにまた考えることにする

今年は身近人の訃報が多く届く