2020年7月30日木曜日

7月の読書

ほんのちょっと当事者* 青山ゆみこ ミシマ社 2019
完本・しなやかな日本列島のつくりかた* 藻谷浩介 新潮文庫 2018
脱・筋トレ思考* 平尾剛 ミシマ社 2019
まなざし-盲目の俳句・短歌集* 大森理恵・辺見じゅん編 メタ・ブレーン 2000
宮本常一と土佐源氏の真実*  井出幸雄 梟社 2016
熱源 川越宗一 文藝春秋 2019

網野善彦再読中
網野善彦対談集1 *   岩波書店 2015
日本文化の形成*   宮本常一 ちくま文庫 1994
日本中世に何が起きたか 網野善彦 洋泉社 2006
歴史の話* 網野善彦・鶴見俊輔 朝日文庫 2018
河原にできた中世の町* 網野善彦・司修 岩波書店 1988

2020年7月20日月曜日

ダッシュ

ダッシュはしない
横断歩道に差し掛かって、信号が点滅を始めたら立ち止まる
それが基本

のはずだったのに、最近、ダッシュすることを覚えた
いや、思い出したと言うべきか
ここ三ヶ月に及ぶじーじ業のせいである
いや、お陰である

「じーじ、シッコ〜」
と男の子が叫ぶ
4歳と2歳半
さっと抱き上げトイレに走る
ズボンを下ろし、対面で抱きかかえたまま便座に座らせる
ここまで5秒

まさか今さら瞬発力を鍛えることになるとは
これを機に操法のスタイルも変わってくる、かもしれない

2020年7月18日土曜日

木彫展

山口善史さんの「集注の型」と題された木彫展に立ち寄ってきた
なるほど、彫刻家という人たちは、彫られていない身体の部分も彫っているのだ
目黒区美術館区民ギャラリー 7/26まで
作品に触れてもいいですか?と訊いたら歓迎とのこと
行ってさわってくるべし


2020年6月29日月曜日

6月の読書

新版 みんな言葉を持っていた 柴田保之 オクムラ書店 2018
在野研究ビギナーズ* 荒木優太 明石書店 2019
人口減少社会の未来学* 内田樹編 文藝春秋 2018
学ぶ、向きあう、生きる* 楠原彰 太郎次郎社エディタス 2013
世界まちかど地政学* 藻谷浩介 毎日新聞出版 2018
アーサーの言の葉食堂* アーサー・ビナード アルク 2013
インパラの朝* 中村安希 集英社 2009
また、本音を申せば 小林信彦 文藝春秋 2020
牙* 三浦英之 小学館 2019
日報隠蔽*  布施祐仁・三浦英之 集英社 2018

2020年6月28日日曜日

第3期白誌

4月から再開された白誌に京都三日間の裕之先生の講義が逐語的に載っている。読んでみると実に新鮮で、えっ、こんなこと話してたんだという内容のものばかり。つまり、覚えてない。いや、そもそも、最初から聞こえてない。耳が遠くなったことは、以前、このブログでも書いたが、その聴こえてなさ加減は相当で、こうして文章になったものを読んでみると唖然とするばかりである。そのくせ、稽古したあとで、「今回の稽古は素晴らしかった」などとつぶやいているわけで、ひょっとすると、いやひょっとしなくても、一緒に組んで稽古している人に多大な迷惑をかけているのではないかと思わざるえない。困ってはいるのだけれど、稽古に出ることは、ぼくにとっては生命線でもあるわけで、おやすみするわけにはいかない。今日から3ヶ月ぶりの稽古会、どうなるのかね。

2020年6月24日水曜日

佐倉散歩

なんで佐倉なのかという説明は後回しにして、
兎にも角にも、月の三分の一を千葉佐倉で過ごしている
今回のコロナ禍の嵐を一番受けてしまったのは、結局僕ではないのか

佐倉といってもイメージが湧かない
古い城下町で、近くに印旛沼があって、国立の歴史民俗博物館がある、
といった程度の知識しかないまま、この地に立った

まだ閉じられている施設も多く、街の探検をはじめたのは最近
城址公園は石垣ではなく、土塁でできたお城
その高台の尾根に連なるエリアに古い町が残っている

南側に下ったところに総武線が走り、
北側に下ると、京成線が走る
どちらの線を使っても、東京まで1時間、成田空港まで30分

土地としてはずいぶん昔から栄えていたらしい
地誌を紐解いていて、平将門ゆかりの地であることを知った
一茶も食いつなぐために江戸から下総一円を定期的に回ったという
記述を読んだ覚えがある

車に頼らないと生活しづらいというのが難点だな



















(城址公園の中にある池)















(佐倉市美術館の中に古書店があった)

















(旧式の郵便ポストが街角のあちこちに立っている)

2020年6月19日金曜日

経過報告

4月中旬まで、つまり2ヶ月前まで、今回のコロナ騒動は、等持院に蟄居してやり過ごせばよい、くらいに思っていた。ところが、コロナウイルスの嵐に吹き飛ばされ、6月の後半を迎えた今、この文章を千葉の佐倉という街で書いている。詳しい経緯は書かないけれど、移動自粛の異様な空気のなか、4月後半から、京都と千葉の間を行き来する生活が始まった。今のところ、京都2、千葉1くらいの割合で過ごしているのだが、今後、千葉で過ごす時間がさらに増えていきそうな気配なのだ。しかも、長期戦。直接、だれかがコロナに感染したという様な話ではない全くない。でも、その影響を十分に受けている。移動自体は苦にならない性分なのだが、二重生活ー京都でのしずかな暮らしvsやんちゃな男の子二人に囲まれた生活ーへの適応には苦労している。

今回のコロナ騒動の中、ネットの活用が盛んになっているようだが、その流れに追随する気にはならない。ZOOMを使ったミーティングといったものを何度か経験してみたが、ネットで人には会えないことを確認しただけで、ましてやネットで稽古会するなんて空想もできない。むしろ、リアルに人と会うことの価値というものが上がったように感じている。そして、本当に会いたいという人の数は実は少ないということも。5月は、稽古に来る人も減り、開店休業状態であったから、等持院を留守にすること自体、あまり問題にならなかった。6月になって、ようやく人が戻りはじめた。どれだけ人が戻ってくるか、ちょっとわからない。僕に本当に会いたい、と思ってくれる人がどれだけの数はいるのだろう。

月末には京都に帰り、三日間の稽古会にも復帰します。