一之江に父を訪ねる
だいたい月1のペースなのだが、
このところ間隔が空いてしまっている
二人してバス停で2つ先にある鰻屋に向かう
バス停まで200メートルばかり歩くのだが、
「最近はなんかふらついて…」と言いながら、
使いはじめて間がない杖を頼りにヨタヨタと歩いていく
父のその姿を斜め後ろから見ていて、「いい感じだな」と思う
たしかにヨタヨタしているし、歩道を疾走する自転車にはひやひやする
ありていに言えば、足腰が衰えて来たと表現されるべき現象で、
実際危なっかしいことこの上ない
でも、余分な力が抜けた、その「ヨタヨタ」感が実に佳いのだ
正しい「衰えかた」ってものは、間違いなくある
父と一緒に歩きながらそんなことを思った
2012年7月2日月曜日
お茶の稽古
白山稽古会でお茶の稽古をした
会場はいつものふるさと館
お茶を通しての動法・内観を教授しているOさんに来ていただいた
参加者の大半はお茶ははじめて
Oさんの教え方はなかなか大胆で、いきなりお茶を点てさせてしまう
これまで稽古会で「感応性」というものを提示してきたはずなのに
お茶という、設定された「場」における「お道具」を介した稽古によって
より「感応」の世界が明示されていくのは新鮮である
それにしても、雨に濡れた庭を望みながらお茶の稽古ができるとはなんと贅沢な
雨の中、道具を運び入れるのは大変だったが、この梅雨の時期にお茶の稽古を入れて正解だった
雨の中、道具を運び入れるのは大変だったが、この梅雨の時期にお茶の稽古を入れて正解だった
私も亭主の座にすわり、気持よくお茶を点てさせていただいた
いつかお茶について書いたものがあったはずだと探してみたらここに置いていた
興味のある方はどうぞ
2012年6月28日木曜日
6月の読書
梅雨時は読書時、のようです
社長・溝畑宏の天国と地獄* 木村元彦 集英社 2010
困ってるひと 大野更紗 ポプラ文庫 2012
こんなドライブ感のある文章と出会ったのは久しぶりだ
母の遺産 水村美苗 中央公論社 2012
短歌の友人 穂村弘 河出文庫 2011
春秋山伏記* 藤沢周平 角川文庫 1984
なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか* 想田和弘 講談社現代新書 2011
僕が2ちゃんねるを捨てた理由* ひろゆき 扶桑社新書 2009
春秋の檻* 藤沢周平 講談社文庫 2002
ドラゴン・ティアーズ* 石田衣良 文藝春秋 2009
田舎暮らしに殺されない法* 丸山健二 朝日新聞出版 2008
女子学生、渡辺京二に会いに行く* 渡辺京二x津田塾大学三砂ゼミ 亜紀書房 2011
働かざるもの飢えるべからず。* 小飼弾 サンガ 2009
島国チャイニーズ* 野村進 講談社 2011
キップをなくして* 池澤夏樹 角川書店 2005
日本的感性 佐々木健一 中公新書 2010
社長・溝畑宏の天国と地獄* 木村元彦 集英社 2010
困ってるひと 大野更紗 ポプラ文庫 2012
こんなドライブ感のある文章と出会ったのは久しぶりだ
風雪の檻* 藤沢周平 講談社文庫 2002
飼い喰い* 内澤旬子 岩波書店 2012母の遺産 水村美苗 中央公論社 2012
短歌の友人 穂村弘 河出文庫 2011
春秋山伏記* 藤沢周平 角川文庫 1984
なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか* 想田和弘 講談社現代新書 2011
僕が2ちゃんねるを捨てた理由* ひろゆき 扶桑社新書 2009
春秋の檻* 藤沢周平 講談社文庫 2002
ドラゴン・ティアーズ* 石田衣良 文藝春秋 2009
田舎暮らしに殺されない法* 丸山健二 朝日新聞出版 2008
女子学生、渡辺京二に会いに行く* 渡辺京二x津田塾大学三砂ゼミ 亜紀書房 2011
働かざるもの飢えるべからず。* 小飼弾 サンガ 2009
島国チャイニーズ* 野村進 講談社 2011
キップをなくして* 池澤夏樹 角川書店 2005
日本的感性 佐々木健一 中公新書 2010
2012年6月25日月曜日
つらつらと
だらだらと、あるいは、つらつらと書いていくというスタイルが思いのほか、いまの自分に適っていることを発見してしまったので、しばらく、こんなスタイルで、とりとめのない文章を書いていこうと思う。
野口晴哉公式サイトというのが立ち上がったことは、何日か前、このブログでもアナウンスした。私のところに「いいですね!」と感想を送ってくれる人もいるが、サイトを見れば分かるように、制作、野口晴哉公式サイト制作チームとある。整体協会も身体教育研究所も全生社も「制作協力」という立場で名を連ねているだけである。じゃあ、制作チームって誰だ?
整体協会とのつながりは、もう35年くらいになるのだが、私は生前の晴哉先生と会ってない。タイミングを外すというのは、僕の特技ではないかと思っているくらいなのだが、整体協会に入会したのは、晴哉先生が亡くなって数年後のこと。つまり、僕の出発点は「野口晴哉を知らない世代は、どのように整体を学びうるのか」という一点にある。はっきりいって、晴哉先生を知っている人たちは、それだけでo.k.なのです。それに比べて、出遅れてしまった私など、それだけでハンディを負っている。整体の勉強などまったくしたことのない私のカミさんは、なぜか生前の、しかも下落合時代の野口先生と会っている。それだけで、家庭内においてすら、カミさんは僕よりも優位な位置を保持している(笑)。
余談だけれど、なぜうちのカミさんが下落合の道場に行ったかというと、そこでお姉さんが働いていたからというだけの話。私にとっては義姉になるのだけれどTさんという。はい、泣く子も黙るTさんです。御年71歳のはずーと年齢を書いてちょっと違和感があるくらい若いなーだから、整体協会歴は50年+のはず。整体協会が社団法人になってからは、そこの職員ということになるのだけれど、そもそもの始まりは、洋裁をやっていた晴哉先生の妹さんところで働くことになったのがきっかけのようで、それが横滑りして晴哉先生の秘書みたいな立場になっていったらしい。雑談の中で、当然、晴哉先生の話は山のようにでてきて、面白い話もいっぱい聞いた。何度か録音機を回して話を聞こうとしたことはあるのだけれど、ダメですね。僕はインタビュアーとしては優秀なはずなのだけれど、ことT姉はダメです。ちょっとでも改まった感じがあると、何も出てこない。古い指導者もどんどん亡くなり、整体協会前史を知る人はどんどんいなくなってるから、今のうちにだれか、ちゃんと話を聴いておいたほうがいいですよ。
僕が整体を学び始めたころというのは、晴哉先生をよく知っているという人たちが大勢いたわけだけれど、その人達の話をいくら聞いても「私は野口先生に可愛がってもらった」ということは伝わってくるが、「群盲象を評す」ようなもので、晴哉像はいっこうに焦点を結んでくれない。結局のところ、偶像化だけがどんどん進んでいく。
つづく
野口晴哉公式サイトというのが立ち上がったことは、何日か前、このブログでもアナウンスした。私のところに「いいですね!」と感想を送ってくれる人もいるが、サイトを見れば分かるように、制作、野口晴哉公式サイト制作チームとある。整体協会も身体教育研究所も全生社も「制作協力」という立場で名を連ねているだけである。じゃあ、制作チームって誰だ?
整体協会とのつながりは、もう35年くらいになるのだが、私は生前の晴哉先生と会ってない。タイミングを外すというのは、僕の特技ではないかと思っているくらいなのだが、整体協会に入会したのは、晴哉先生が亡くなって数年後のこと。つまり、僕の出発点は「野口晴哉を知らない世代は、どのように整体を学びうるのか」という一点にある。はっきりいって、晴哉先生を知っている人たちは、それだけでo.k.なのです。それに比べて、出遅れてしまった私など、それだけでハンディを負っている。整体の勉強などまったくしたことのない私のカミさんは、なぜか生前の、しかも下落合時代の野口先生と会っている。それだけで、家庭内においてすら、カミさんは僕よりも優位な位置を保持している(笑)。
余談だけれど、なぜうちのカミさんが下落合の道場に行ったかというと、そこでお姉さんが働いていたからというだけの話。私にとっては義姉になるのだけれどTさんという。はい、泣く子も黙るTさんです。御年71歳のはずーと年齢を書いてちょっと違和感があるくらい若いなーだから、整体協会歴は50年+のはず。整体協会が社団法人になってからは、そこの職員ということになるのだけれど、そもそもの始まりは、洋裁をやっていた晴哉先生の妹さんところで働くことになったのがきっかけのようで、それが横滑りして晴哉先生の秘書みたいな立場になっていったらしい。雑談の中で、当然、晴哉先生の話は山のようにでてきて、面白い話もいっぱい聞いた。何度か録音機を回して話を聞こうとしたことはあるのだけれど、ダメですね。僕はインタビュアーとしては優秀なはずなのだけれど、ことT姉はダメです。ちょっとでも改まった感じがあると、何も出てこない。古い指導者もどんどん亡くなり、整体協会前史を知る人はどんどんいなくなってるから、今のうちにだれか、ちゃんと話を聴いておいたほうがいいですよ。
僕が整体を学び始めたころというのは、晴哉先生をよく知っているという人たちが大勢いたわけだけれど、その人達の話をいくら聞いても「私は野口先生に可愛がってもらった」ということは伝わってくるが、「群盲象を評す」ようなもので、晴哉像はいっこうに焦点を結んでくれない。結局のところ、偶像化だけがどんどん進んでいく。
つづく
2012年6月23日土曜日
2012年6月22日金曜日
お茶再開
五ヶ月ぶりのお茶の稽古だというのに遅刻だなんて
ユーロ2012のライブストリーミングと朝方の激しい雨音のせいだ
などという言い訳を考える暇もなく
がばと跳び起きて、五分で着替えてひげも剃らず家をとびだした
35分遅れで菊名到着
Hさんはちゃんと待っていてくださった
ありがたく、また申し訳ない
最近旅行されたというトルコのことなどを話題にしながら、しばし雑談
ノアの方舟で有名なアララト山など、今は観光地になっているのですね
40年近く前にアララト山を遠くからチラリと眺めたことはあるけれど...
まず、客としてお茶室に入り、お茶をいただくことにする
季節は変わって、風炉になっている
Hさんが点てた茶が置かれる
一対一のお稽古だから、当然のように正客の席に座っていたのだが、飲めない
茶碗を隣の席の前に移し、そっちに座り直す
これでようやく茶をいただける
だれか一緒に来たかったのだなと一人合点して茶をいただく
何十回と座ったことのある同じ場処に座ると、自分の状態がよくわかる
まだ病院と切れてない
合掌行気しなきゃ
入れ替わって、お茶を点てる
思いの外、お抹茶がバサリと入ってしまい大丈夫かいなと心配したが、
「美味しいお茶です」と言ってくださり、胸をなでおろす
空気は湿度に満ちているが、点てられたお茶はカラリと爽快である
なんだか「帰ってきた」感に満ちたお茶の稽古だった
来週は白山稽古会にOさんを招いてお茶の稽古会をやることになっている
さてどんなお茶がいただけるだろう
ユーロ2012のライブストリーミングと朝方の激しい雨音のせいだ
などという言い訳を考える暇もなく
がばと跳び起きて、五分で着替えてひげも剃らず家をとびだした
35分遅れで菊名到着
Hさんはちゃんと待っていてくださった
ありがたく、また申し訳ない
最近旅行されたというトルコのことなどを話題にしながら、しばし雑談
ノアの方舟で有名なアララト山など、今は観光地になっているのですね
40年近く前にアララト山を遠くからチラリと眺めたことはあるけれど...
まず、客としてお茶室に入り、お茶をいただくことにする
季節は変わって、風炉になっている
Hさんが点てた茶が置かれる
一対一のお稽古だから、当然のように正客の席に座っていたのだが、飲めない
茶碗を隣の席の前に移し、そっちに座り直す
これでようやく茶をいただける
だれか一緒に来たかったのだなと一人合点して茶をいただく
何十回と座ったことのある同じ場処に座ると、自分の状態がよくわかる
まだ病院と切れてない
合掌行気しなきゃ
入れ替わって、お茶を点てる
思いの外、お抹茶がバサリと入ってしまい大丈夫かいなと心配したが、
「美味しいお茶です」と言ってくださり、胸をなでおろす
空気は湿度に満ちているが、点てられたお茶はカラリと爽快である
なんだか「帰ってきた」感に満ちたお茶の稽古だった
来週は白山稽古会にOさんを招いてお茶の稽古会をやることになっている
さてどんなお茶がいただけるだろう
野口晴哉公式サイト
野口晴哉公式サイトがオープンしたようです
http://noguchi-haruchika.com/home.html
カッコよく仕上がっています
中川一政との対談録は必読
このブログのサブタイトルの謎も解明されますw
http://noguchi-haruchika.com/home.html
カッコよく仕上がっています
中川一政との対談録は必読
このブログのサブタイトルの謎も解明されますw
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