2012年12月28日金曜日

12月の読書と今年のベスト5

幕が上ル 平田オリザ 講談社 2012
驚きの介護民俗学* 六車由美 医学書院 2012
下山事件* 柴田哲孝  祥伝社 2005
知事抹殺* 佐藤栄佐久* 平凡社 2009
検察崩壊* 郷原信郎 毎日新聞社 2012
負け犬他流試合* 酒井順子 文藝春秋 2005
日本の歴史を作った森* 立松和平 ちくまプリマー新書 2005
ラジオ福島の300日* 片瀬京子とラジオ福島 毎日新聞社 2012


【2012ベスト5】

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか* 増田俊也 新潮社 2011
ピダハン ダニエル・L・エヴェレット みすず書房 2012
困ってるひと 大野更紗 ポプラ文庫 2012
短歌の友人 穂村弘 河出文庫 2011
脱出記*  スラヴォミール・ラウィッツ ソニー・マガジンズ 2005

<番外>
争うは本意ならねど 木村元彦 集英社インターナショナル 2011
たった独りの引き揚げ隊 石村博子 角川文庫 2012
知事抹殺* 佐藤栄佐久* 平凡社 2009

2012年12月21日金曜日

スキマ

チェンマイの旧市街を囲むように環状道路が走っている
ところどころに信号はあるが、数は少ない
車がビュンビュン走っていても人はどんどん道路を渡る
狭いとはいえ4車線
(tuktukの映像↓はこの環状道路のもの)
自動車、バス、トラック、バイクなどなど、いろんな速度で吹っ飛ばしている
交通法規に従順な住民が住まう国からやってくると最初は戸惑う

動いている車をみていると手遅れになっていつまでたっても渡れない
スキマをみるのだ
そうするとスイスイと渡れる
稽古の身につき具合を確かめるため
たまに、こういう経験をしに海外に行くのも悪くない

日本で実験するとすれば、渋谷のスクランブル交差点くらいか
ただ車より人のほうが怖い

2012年12月18日火曜日

四字熟語

筆動法。ときどき思い出したように四字熟語辞典を引っ張りだしてくる。言葉を探す。探すというより、辞典を後ろ手で開き、ページをめくり、指で位置を一点定め、そこにある四字熟語を書いてみるという趣向。一昨日の稽古で出てきたもの。「波瀾万丈」「縦横無尽」「精励恪勤「羽化登仙」。


「波瀾万丈」は私。12月も半ばを過ぎると、一年を振り返るモードに少し入ってくる。波瀾万丈とはちと大げさ過ぎるが、でも、これでもかこれでもかというくらい、事件勃発の一年。年のはじめに「四国巡礼」宣言したことが遥か遠い昔のことのようだ。「縦横無尽」は筆動法初体験のHさん。筆を持つのは小学生のとき以来とかーこういう人は結構多い。はじめてにしては、いい線が出てる。若いくせに(年寄りの口癖ですw)頑固なHさんに縦横無尽さが出てくれば、これはもう鬼に金棒。「精励恪勤」はSさん。これは、「仕事に力を尽くし、怠らないこと。精力を傾注して励むようす」の意とある。「恪」には慎むという意味がありとも。ご自分で納得されていた様子。「羽化登仙」は再高齢のTさん。筆動法の稽古だけにやってくるという不思議な方。でも十年もやっているとT風というのがにじみ出てくる。字面をみて、あれ解脱しちゃうのかしらと、一瞬心配しちゃったが、このカルミはTさんにぴったり。


筆動法の稽古はやっていて楽しい
「順逆」の意味を今更ながら発見!
来年も月1回程度の割合でテーマ稽古として筆動法の稽古は続けます

2012年12月15日土曜日

 先月末の大井町大掃除。若手中心に8名程が集まってくれた。手分けして、稽古場を掃除していく。今回、僕はひたすら一階の木の壁を空雑巾で拭いていた。大井町稽古場は木が潤沢に使われている建物で、一階の稽古場部分の壁面の大半は下から上まで木が貼られているから、面積としては相当なものである。脚立の上に立ち、壁の上半分を拭き、脚立から降りて下半分を拭くという作業を延々とやっていた。結局、ひとりで壁の8割くらい拭いたのではないかな。一見綺麗にみえる壁面も拭いたあとで雑巾をみると確実に汚れている。筆動法のときに、作品を押しピンで壁に留めてきたから、その小さな穴も無数にあいている。ちょっと申し訳ない気持ちになった。

 この稽古場も来年で20年になるのだな。僕自身が関わるようになって十年を超える。秋のはじめくらいに、壁にずっとかかっていた、嘉山たかねさんの絵がずいぶんくたびれてるように見えたので、一旦おろした。どういう理由でこの絵が、稽古場の壁にかかることになったのか、その経緯はよくしらない。当時、絵と書をミックスした創作活動を盛んにやっていた嘉山さんとも随分会ってないのだが、どうしてるんだろう。たかねさんの絵は陽の差し込む二階に置いておいたら、日の光を浴びて少し元気になったような気がしたので、元の場所に戻すことにした。絵の表面を指で少しこすってみたら、思いの他よごれていたのに驚き、ティッシュペーパーで丁寧にその汚れを落としていったら、また一段と力が蘇ってきた。

 大井町稽古場は電灯がやたらたくさんぶら下がっている。ずっと白熱電球を使ってきたのだが、その電球がまたよく切れる。気のせいかもしれないが、電球がよく切れてしまう担当者というのがいる。過剰に電気を帯びる人間っているのか? ただ単に温度差が大きいのが理由かもしれないが、電球の買い置きをしておかないと、いざという時に対処できない。白熱電球は少しずつLED電球に替えてきている。それでもまだ、白熱電球の方が多いくらいか。ただ、LED球はまぶしくて、光が直接目に入る位置には使えない。ずっとほっとらかしにしていたスポットライトにLED電球を入れてみることにした。LEDはスポットライト向けである。そのスポットライトを元に戻した絵に向けてみたら、なかなかよい。先日、はじめて大井町稽古場に足を踏み入れたひとが、「なんとアートなスペース」と感心していたが、たしかに、ギャラリー風である。そうなると、室内の暗さを強調する要因のひとつである黒壁もよく見えてくる。現金なものである。

2012年12月10日月曜日

稽古としての活元運動

 活元運動は僕にとっての宝物である。そもそも、整体に道に入るきっかけになったのも、活元運動、殊に相互運動における「感応」というものに惹かれたからだ。

 活元運動はいうまでもなく整体協会の宝である。その宝物をひとつの入口にして(あるいは踏み絵にして)活動しているわけだ。活元運動で検索すればおびただしい件数がヒットするし、それはkatsugen undoで検索しても同じである。ここ50年の整体協会の活動を通して、活元運動はひとり歩きをはじめ、この単語が世に浸透するに従い、それがどのような起源をもつか誰も気にしなくなった。

 稽古場ができた当初(うわっ24年前だ!)、活元運動も稽古種目に含まれていて、一日4コマ(当時は一日4コマが標準だった)すべて活元運動という日まで設定されていた。その頃だけで、もう一生分の活元運動をやったぞ、というくらいやり込んだ。その後、諸事情あって稽古種目から外されていき、活元運動を知らない稽古者も増えてきた。

 数年前、活元運動の会を主宰しているグループに頼まれて稽古会をやっていた時期がある。その人たちによると稽古会は毎回やることが違っているので難しいという。たしかに、毎回同じプロトコルに沿って会が進んでいく活元会に参加している人たちにとって、手を変え品を変え、いろんな角度から切り込んでいく稽古会のアプローチは面倒だと感じるらしい。彼我の間に横たわっている川はなかなか深い。

 活元運動を稽古化するのは、なかなか難しい。つまり、活元運動に対し、誰もがある「イメージ」を抱いていてーそれまでの活元運動体験のなかで形成された記憶ーそれからなかなか離れられない。僕自身そう。それでも、時折思い出したように「稽古としての活元運動」を試みてきた。要は、準備運動の三つの動作を動法的に解析してできるだけ丁寧に行うというものだったのだが、これだけでも、活元運動の質は大きく変わる。でも、継続的な稽古に加えるにはもの足りなくて、それっきりになってしまっていた。

 ここ数年の稽古の進化、特に接触におけるカタの問題ー稽古における永遠のテーマですねーをとりいれて、活元運動の稽古化に今一度取り組みはじめている。まだ数回試みた段階なのだが、今回の手応えはちょっと違う。週末の集注稽古もこのテーマでやってみようかしらね。

2012年12月9日日曜日

邸宅

そこそこ立派な家に住んでるんだろうなとは思っていたが、友人宅は想像を超えていた。これは博物館じゃないか、という代物。東南アジア研究者というより、ただのコレクターですね。その収集品を収める器としての家。それら収集品が調度品として、なかなかセンスよく並べられている。さすがイギリス人。この家に泊まること自体が「経験」になるくらい。僕とはベクトルとして真反対を向いている。人のお家だから勝手に紹介するわけにもいかないので、外観と私が泊めてもらった部屋の写真だけのっけます。







帰ってきたら、いきなり仕事モード突入で、タイの記憶が飛んでっちゃいそうだ。それにしても、なぜタイだったのかな〜。「タイ再び」シリーズはひとまずこれにて終了。

2012年12月6日木曜日

tuktuk