2013年9月3日火曜日

風の盆

風の盆を見る機会がようやく巡ってきた
白山稽古会の二日目が風の盆の初日に当たることがわかったのだ
事前に読んだのは風の盆を題材にした西村京太郎の推理小説を一冊

問題は天候。北陸に来ると雨というのがこの夏のパターン
7月末、白山を目指したものの悪天候で流れてしまった
今回も予想外の雨
この調子だと雨になりそうという予報だったので、半ば諦めていた

稽古会を終え、一旦宿に戻り、最新の天気予報をチェック
早い時間なら降られずにすみそうなので、急遽出かけることにした
今回は北陸フリー乗車券なので越中八尾はフリー圏内(ただ、これまでの北陸フリーきっぷだと、圏内なら特急にも乗れたのに、それがなくなっていることに、後で気づいた。これは改悪です。帰りは特急券を買う羽目に...)
富山駅では、しらぬまに整列乗車で直通快速に乗り込む一団に紛れ込んでしまい、
スムースに越中八尾到着

結論からいうと、門名寺の舞台の上に立つ全国各地からの連の人たちの踊り、
橋のたもとで観光客向けにデモンストレーションを行う人たちの踊りを見ただけで、
残念ながら町流しは見ることができなかった
とにかくすごい人出
身の危険を感じて(冗談でなく)、早々に退散してきた
観光客を迎える側も大変だが、ガイドにくっついて歩かされるツアー客も大変
本当の踊りは、きっと観光客が帰った後に姿を現すのだろう

踊りの振りは美しい
日本の踊り特有の「後傾の美」とでも呼べるもの
熟練者とそうでない人の踊りを見比べてみて、
「立ち姿」とはなんだろうと考えはじめた
両者の違いは、動いているときには目立たないのに、
立ち止まった時に如実に現れる
「すくっと立つ」と「突っ立つ」の違いとでもいうか















2013年9月2日月曜日

魔法使いの弟子


…but we have no master to stop it.

2013年8月29日木曜日

8月の読書

明日から石川なので、今月の読書はこれで打ち止め

科学ジャーナリストの警告* 林 勝彦 清流出版 2012
アストリット・Kの存在* 小松成美 世界文化社 1995
 去年からずっと近代史(明治維新〜)の本を読んでいるのだけれど、この「アストリット・Kの存在ービートルズが愛した女」は図らずもドイツの戦前戦後についての記述が結構ふくまれていた。でもなぜ、ハンブルグなんだろう?アストリット・キルヒヘア(Astrid Kirchherr)1938年生まれ。
聞き上手は一日にしてならず 永江朗 新潮文庫 2005
たのしい回文 せとちとせ 創元社 2013
西南シルクロードは密林に消える* 高野秀行 講談社文庫 2009
 この夏は、高野秀行の本ばかり読んでいた気がするが、おそらくこの本が最強です
やってみよう雨水利用* グループ・レインドロップス編著 北斗出版 1994
感染遊戯* 誉田哲也 光文社 2011
流される* 小林信彦 文藝春秋 2011
海賊と呼ばれた男(上・下) 百田尚樹 講談社 2012
日本沈没(上・下)* 小松左京 小学館文庫 2006
潜在意識教育 野口晴哉 全生社 1966
大愚良寛 相馬御風 校注渡辺秀英 考古堂 2006
夏の口紅 樋口有介 文春文庫 2009
 先月樋口有介草臥れてるぞ、と書いたあとでこの本を読んだらすごくよい。しかし、この作品、1991年のものなんだよね

2013年8月27日火曜日

四半世紀

先週末は、春に続き整体操法講座。指導者と呼ばれている人が多数を占め、その分、普段の稽古会に比べ空気が濃い。半数の人たちは、稽古場が始まった1988年以来、25年間ずっと稽古している人たち。この間に逝ってしまった仲間たちの顔も思い浮かぶ。ただ、我が身を振り返ると、25年目にして、このていたらく。古典との距離がもっと縮まらない限り、この隔靴掻痒感はなくならないのだろう。4月のブログに引用した笈の小文の一文をもう一度読みなおす。余談になるが、手帳を整理している過程で稽古場開設記念の稽古会の期日が1988年の9月2日であったことを発見。その記録の脇に生後8ヶ月の娘が「ハイハイをはじめた」というメモ書き。四半世紀の時間は一人前の大人を作り出すに十分であるのに、一人前の内観者を育てるには十分ではないらしい。

2013年8月21日水曜日

留守番

月曜日から家人箱根に出かけひとり居残り。ここぞとばかり、昔のノートをスキャンしてはシュレッダーにかける作業。30年前のノートの間からハラリと落ちてきた誰が描いてくれたか私の横顔。上手いものだと感心しながら作業継続。でも家の中暑い。三年前に、溜まっていた写真ネガをデジタル化してもらった。結構な数。これで写真もデジタル管理できると喜んだものの、いつ撮影したかが分からないもの多数。結局、撮影時期不明のものは、80年代フォルダ、90年代フォルダに入れっぱなしになっている。これで誰も困らないのだけれど、月別とは言わないまでも、せめて年度くらいはわかっておきたい。記憶というのはまったく時系列にはなっておらず、ノート・手帳の類の整理をしているのは、単純に紙を減らす目的以外にこういう理由もある。

そうこうしているうちに、ブラジルの田中さんからウェルカムメール。彼のグループがやっている活動に参加させてもらえそうだ。ただ、メールのなかに、「オオトカゲが歓迎してくれるでしょう」という気になる一行が。庭にオオトカゲ出るのか? ヤモリがケッケッと鳴くくらいなら大丈夫だが、オオトカゲってどれくらいでかいのだろう? 田中さんからのメールで面白かったのは、北半球から南半球に移動すると、「重力差」のようなものを感じることがあると書かれていたこと。なんか分かる気がする。それに東西南北の逆転感覚、季節も逆。いったいどんな塩梅になるのやら。日本を発つまで40日を切った。8月ももう下旬。月末にかけて、研修やら白山遠征やら行事てんこ盛り。この暑さ、いつになったら収まってくれるのだろう。

2013年8月17日土曜日

活元運動の謎

活元運動のルーツを探っていくと、どう考えても野口晴哉由来のものではないらしく、松本道別の霊動法や石井常造の生気法にたどり着く。晴哉先生が行ったのは、準備運動の手順を「制定」し、その準備運動によって発動される運動を活元運動と「命名」し、更にそれを体操として「実践普及」したことである。活元運動は自発動であるからして、本来、運動の中身は定義のしようがない。整体協会が、ひたすら行なってきたのは、「この一連の準備運動によって発動される運動を活元運動とする」という物差しを定めようとしてきたわけで、多くの人が「これは体操なのね」認めることによって、活元運動は体操になったのだ。

では、その物差しがどのように形づくられていったかというのは、非常に興味深いところだ。活元会にいくと、最初、モデルが何人か出されてデモンストレーションを行い、そして一人ひとりの運動に入ると、「他の人のマネをする必要はありません」「運動中は目を閉じたままでやってください」という注釈が付く。これってなかなか曲者で、初心者が目を閉じたままでいられるかどうか相当に怪しくて、たいがい薄目を開けて周囲を窺っている。こうして、視覚的に捉えた活元運動によって、一つのフレームが与えられる、つまり一つの観念として活元運動が理解されることになる。無論、その観念は、継続的に活元運動を行っていく過程で「壊されるべきもの」としてある。

かくして、「体操としての活元運動」は世界中に広がっていった。準備運動さへ覚えれば、人は「活元運動者」になることができる。なんという敷居の低さ。おまけに健康法としての効能書きまで付け加わった。しかし、観念運動から離れられないーつまり身体の運動ではなく、頭の体操(これは体操と呼べるのか?)をしている人たちを活元運動者と呼んでよいのか疑問の残るところである。ここ一年大井町で稽古としてやってきた「活元運動以前」は、身体運動としての活元運動とはなんだろうという素朴な疑問からはじまったものである

2013年8月16日金曜日

本3題

■ふとブックオフでも冷やかそうかと改札抜けて普段とは逆方向に歩き出す。ピンと来るものに出会えず、最後に立ち寄った百円コーナーで、なんと晴哉先生の「誕生前後の生活」と「女である時期」の二冊を発見。無事救出して参りました。あまり読まれた形跡はなく、当然のことだけど、ずっと昔に買った私所有のものより状態はよい。せどり屋にでもなろうかしら。

■図書館の棚の間をクルーズしていて、時々、なんでこの本がこの棚に?ということがままある。例えば、小林信彦の週刊文春連載のエッセイ一年分をまとめた『定年なし、打つ手なし』が老人問題(367)のところにあったり、米原万里の『パンツの面目ふんどしの沽券』が衣食住の習俗(383)の棚に置かれていたりする。ふたりとも大好きな作家なので余計に気になる。100%的外れとはいえないけれど、一緒に並んでいる本と仲良くしているようには見えず、ちょっと気の毒。

■月刊全生8月号に掲載されている語録の最後の部分に「暑さを少なくする体操」として「倚坐して足を机上にのせ、そりかえることだ」という一文がある。倚坐とはどういう座り方なのか、跪坐とはちがうのか?という問い合わせが僕のところに舞い込んできた。たしかに倚坐はキザと読めるが、跪坐(足首を返して)したら足は机に載せられないだろう。編集部のSさんに訊いてみたら、倚坐は「いざ」と読み、普通に椅子に座った姿勢のことであるという。それなら納得。倚坐=いざとは僕も知らなかった。