ひさしぶりに竹の動法の稽古をしてみた
稽古場草創期、つまり20年か、それ以前に行われていた稽古である
竹の棒を構えて回転したり、前進したり、といった稽古なのだが、
当時、稽古機会が少なかった私には出遅れ感いっぱいの稽古で、
教える立場になってからも、あまりやってない
というか、手本になるほどの動法を見せられないし、
そもそも何のためにやっていたか理解できてない
竹を構え、手首を順逆に取り、その手首を返すことで体全体を回転させる
やってみて、なるほど、これは肉の身体観から骨の身体観へ切り替えるための
関門であった、というのが分かる
肉の身体観では、手首をいくら返しても、腰につながらず、
結局のところ、筋肉を使って動くことになる
それにしても随分体育会系のノリでやっていたものだ
稽古の帰り、階段がつらくて降りられなかったという伝説もあながち誇張ではない
骨の身体観になっても、感覚を動かすことをしらないと体は動かせない
位置と感覚の固着を外す必要がある
感覚浮遊論と僕が勝手に呼んでいるD先生の感覚論によれば、
感覚とその位置が一致しているとは限らない、というかズレていてあたりまえ
これを理解するまでに随分時間がかかった
いや、まだ理解しているとは言い難い
この感覚を扱う稽古に移った頃には竹動法も下火になっていたから、
竹動法における感覚の扱いといった部分はスルーしたままになっていた
それにしても「腰の感覚はどこに行ってるんだろう?」という問いは、かなり非常識
しかし、やってみると、断然この方が体が動くし、動いた感も半端ない
なによりも動きにキレが出る
「基礎が進化する」というのは、やはり稽古場のあるべき姿を表現した名言である
週末の集注稽古はこれをテーマにして組み立ててみよう
2014年4月10日木曜日
2014年4月5日土曜日
『献花』
とりふね舞踏舎の、三上賀代還暦記念公演『献花』(4月2日 KAAT神奈川芸術劇場)を観に行ってきた。60歳になった三上賀代が踊る姿をみて、「三上賀代、いい歳の取り方をしているな〜」と思った。勇気をもらったと言ってもよい。チャラチャラした60代が街をぞろ歩いているアンチエージングの時代を突き抜けた女が一人立っていた。
この『献花』という作品、1992年初演とあるから、20年間、折々に踊られ続けていることになる。そもそも、私が三上賀代の舞踏を観たのは、ほんの数回に過ぎず、『献花』を観るのは勿論はじめてのことである。にもかかわらず、きっとこれまでで一番体が使えているに相違ないと断言できるし、また今度の公演によって『献花』は「老境」が表現される作品に転化した、とこれまた断言してしまう。80になっても三上賀代は踊っているだろう。
湘南舞踏派の公演を今回見られないのはまことに残念。三上賀代とその夫君である三上宥起夫が立ち上げた湘南舞踏派という素人集団の公演を何度か観て、「花嫁修業に舞踏を学ぶ」というコピーを作ったことがある。私にとっての三上賀代は、この湘南舞踏派を育てた教育者であった。しかし、今回の公演を観て、舞踏家三上賀代を再認識することになった。
Twitterで最近フォローしはじめた「白川静bot」というのが、なかなかよい。三時間に一度、白川静の文章を開示してくれる。そのなかに、【老】というのがあった。"【老】こそ東洋における永遠の美である。ときにはその老境を強調するために、羅漢図などのように醜・怪に至ることも避けることがない。醜怪のうちに完全をみようとする思考は、すでに[荘子]のうちにもあった。そしてその終極は無に帰し、寂莫に帰する。"
http://www.kaat.jp/d/torifune#.U0AFLl40iu4
この『献花』という作品、1992年初演とあるから、20年間、折々に踊られ続けていることになる。そもそも、私が三上賀代の舞踏を観たのは、ほんの数回に過ぎず、『献花』を観るのは勿論はじめてのことである。にもかかわらず、きっとこれまでで一番体が使えているに相違ないと断言できるし、また今度の公演によって『献花』は「老境」が表現される作品に転化した、とこれまた断言してしまう。80になっても三上賀代は踊っているだろう。
湘南舞踏派の公演を今回見られないのはまことに残念。三上賀代とその夫君である三上宥起夫が立ち上げた湘南舞踏派という素人集団の公演を何度か観て、「花嫁修業に舞踏を学ぶ」というコピーを作ったことがある。私にとっての三上賀代は、この湘南舞踏派を育てた教育者であった。しかし、今回の公演を観て、舞踏家三上賀代を再認識することになった。
Twitterで最近フォローしはじめた「白川静bot」というのが、なかなかよい。三時間に一度、白川静の文章を開示してくれる。そのなかに、【老】というのがあった。"【老】こそ東洋における永遠の美である。ときにはその老境を強調するために、羅漢図などのように醜・怪に至ることも避けることがない。醜怪のうちに完全をみようとする思考は、すでに[荘子]のうちにもあった。そしてその終極は無に帰し、寂莫に帰する。"
http://www.kaat.jp/d/torifune#.U0AFLl40iu4
2014年3月27日木曜日
3月の読書
住まいと暮らしの質問室* 「室内」編集部 新潮社 2009
私たちは、原発を止めるには日本を変えなければならないと思っています。 ロッキング・オン 2011
人類滅亡を避ける道* 関野吉晴対論集 月刊「望星」編集部 東海教育研究所 2013
世界の三猿* 飯田道夫 人文書院 2009
小田嶋隆のコラム道* 小田嶋隆 ミシマ社 2012
尼さんはつらいよ* 勝本華蓮 新潮新書 2012
妄想気分* 小川洋子 集英社 2011
大阪アースダイバー* 中沢新一 講談社 2012
私たちは、原発を止めるには日本を変えなければならないと思っています。 ロッキング・オン 2011
人類滅亡を避ける道* 関野吉晴対論集 月刊「望星」編集部 東海教育研究所 2013
世界の三猿* 飯田道夫 人文書院 2009
小田嶋隆のコラム道* 小田嶋隆 ミシマ社 2012
尼さんはつらいよ* 勝本華蓮 新潮新書 2012
妄想気分* 小川洋子 集英社 2011
大阪アースダイバー* 中沢新一 講談社 2012
ぼくたちが、がっこうで描いた未来—森と風のがっこうの12年— 吉成信夫 森風文庫 2012
生命の哲学ー知の巨人フェヒナーの数奇なる生涯 岩渕輝 春秋社 2014
生命の哲学ー知の巨人フェヒナーの数奇なる生涯 岩渕輝 春秋社 2014
2014年3月15日土曜日
禁糖2014
■今年の禁糖はなんの気負いもなく、いきなりスタート。■美味しい玄米をもらったからと、娘が置いていったお米を誰かがfacebookに載せていた「びっくり炊き」という方法で炊いてみたらなかなか旨く炊けた。■今年の禁糖は玄米菜食でいくのかしらねと思っていたら、禁糖2日目に急に肉が食いたくなって、駅前のスーパーでステーキ肉を買ってきて塩コショウで味付けして焼く。■禁糖3日目の朝、コーヒーを飲んでいる夢を見て、「あら、飲んじゃった、また一からやり直しだ」と思ったところで目が覚めた。そういえば、禁糖をはじめる前の数日間、コーヒーを飲んでなかったことを思い出した。僕にとって、禁糖=禁コーヒーの感じが強く、これまでなら「飲み納め」の儀式をやっていたような気がする。■禁糖5日目の日に、二子玉川の本部に顔を出したら、みなさん禁糖中だという。やはり同じような時期に禁糖の時期はやってくるみたい。帰り道、ドンクに寄って、フランスパンを買う。■去年のことはまったく覚えてなくて、いったいいつ頃やったのかしらと、日記に当たってみると、なんと二月にやっている。■何ヶ月かに一度入る、自然食のレストランがあざみ野にあるので、一度、禁糖メーニューを作れるかどうか、訊いてみよう。お客さん10人連れてくるからといったら、メニューに載るんじゃないかな。■今日で禁糖6日目。
2014年3月12日水曜日
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