2016年2月12日金曜日

CD

震災のあと、ずいぶん長い間音楽を聴く気になれなかった
数年経って、ようやく真空管アンプにつないだipodでネットラジオを聴きはじめた
余っているDVDプレイヤーでCDもかけられることに気づいた
DVDプレイヤーのオーディオ出力をアンプの余っている入力端子につないだ
CDの詰まっている段ボール箱をごそごそかき回し、
昔聴いたCDをみつけ、ケースを開けてCD盤を取り出す
それを、DVDプレイヤーのトレイに移し、再生ボタンを押す
iPodの中に収まっている音源を再生するのに比べ、ひと手間かかるが、このひと手間がよい
今、聴いているのは高橋竹山


中心

 昼下り、日当たりのよい広縁で確定申告の書類に向かっていた。なんか、ごそごそ音がするなぁと廊下に目をやると、なんと人が立っている。先週、玄関先に松井一家三人が立っていたのにも驚いたが、今日(11日)のMさんの登場にも驚かされた。日帰りで「志村ふくみ展」を見に来たついでに立ち寄りましたとのこと。これで、年が明けてから、東京方面からだけでも、田中敏行さん、辻安弘さん、原口真さん、松井さん一家と四組の来客があったことになる。これに加え、佐渡の平田弘之さん、大分から井上弘さんもやってきたから、ほぼ毎週、だれか遊びに来てくれている勘定になる。どうやら、ここが世界の中心になりつつあるらしい。

2016年2月8日月曜日

大分からイノウエさんがやってきたので、
案内がてら北野天満宮まで散歩
梅が一段と華やいできている


散歩から帰ってきたら、
キダさんから「ブタの心臓食べに来ませんか?」との電話
ありがたくお誘いに乗ることにする
なんでも、小豆島で丁寧に育てられた豚のものだとのこと
先月、客として来たときには、イノシシ肉が出てきたし、この「ロカンダきだや」には、
様々なルートで、様々な食材が集まってくるらしい
シェフのまかない飯を食べられたのは望外の幸せ


禁糖接近中

このところ腹部第二が不安定
今年もまた禁糖の季節がやってきた

禁糖ほど稽古場で盛り上がる話題はそう多くない
どうして、こんなに盛り上がるのだろう?
そのプチ苦行感、それが食いものとつながっている
だから盛り上がる
それだけ、みんな食いしん坊ということだ
二週間、糖分、コーヒーを断つというだけのはなしなのにね
何度も書いているが、禁糖は「度」に対する感覚を取り戻すために行う

はじめて禁糖をやったのは十年以上まえのことだが、
その時は、コーヒーが飲めないことが苦痛だった
最初のうちは、食べるものが無くなるのではないかと心配だったが、
回数を重ねる度に、工夫が生まれ、上手に過ごせるようになってくる
それでも、禁糖を前にすると、あれこれ非常食を買い込んでしまうのは、
初期の記憶が残っているからにちがいない

さて、いつからはじめようか

2016年2月6日土曜日

たられば

北野天満宮の境内を歩いていると、妻の気配を感じることがある
梅の木が多く植えられている境内、天神市のとき屋台の間を行き交うひとびと
この雰囲気をきっと妻は気に入ったにちがいない
ただ、ここに一緒に詣でたことはない
妻と京都に来たのは、数回のことで、一番最後に来たのは、
岡山帰省の帰り道、五山の送り火をみるために途中下車したときのことだ
まだ娘が小さかった頃のことだから、20年も昔のことになる

妻と京都に住んでいたらどうだろう
もっと穏やかに、諍いすることもなく、暮らせていたのではないか
そんなふうに思うことがある
たらればのはなしで、どう考えても、ありうることではない
妻が逝き、父が逝くことで、はじめて京都に戻るという選択肢が生まれたのだから

京都の生活に馴染むにつれ、
知人友人が訪ねてきてくれる度に、
この場所で稽古するごとに、現実感覚が取り戻ってきた
やはり、ひととのつながりによって、私もまた現世とつながっているのだ

























【1/25撮影】

2016年2月4日木曜日

句集正誤表

父の遺句集を百部つくり、あらかた配布を終えたところで、新たな誤植を発見。
裏表紙に記載されている電話番号が間違っていましたので、手元にある方は訂正お願いします。真ん中の桁 「四五六」→「四六五」。これは盲点だった。おそるおそる、この電話番号にかけてみた。場合によっては菓子折り持って謝りに参上する覚悟でいたから、「この番号は使われていません」というアナウンスに胸をなでおろした。
早い段階で気づいたものは訂正していますが、以下が要訂正箇処です。

  8頁 2句目 緋のつつ(じ)
 17頁 1句目 蚯蚓鳴(く)
 17頁 2句目 赤とんぼ
 裏表紙 電話番号 四五六 → 四六五

刷り上がってしまったら、配布に追われ、読みなおすこともしてなかった。父の句に俳句仲間がコメントを寄せてくれた句集部分に、孫たちを含め家族のほんわりした追想文が続き、最後に、僕の文章が締めるという構成もなかなかよかったのではないか。俳句の素人であることを棚に上げて自画自賛しておく。

大晦日正月によって年が区切られるというのは、たいしたもので、年を跨ぐことで、昨年の出来事が、一昨年の出来事になる。父が亡くなって13ヶ月。随分昔のことのように思えてくるのが不思議である。

2016年2月2日火曜日

2月

2月だ

1月末、三日間の稽古会に出たらへばってしまい、昨日は風邪気味
夜は10時くらいに布団にもぐりこんだ
明け方、胸に汗をぐっしょりかいて目が覚め、下着を取り替えてまた布団に戻り、
気がついたらもう昼だった

紅茶を飲み、掃除機をかけ、
郵便受けをチェックすると、葉書と封書が各一通
大井町に来てくれていた僕の保護者のような女性たちからだ
父の遺句集を送った、そのお礼の手紙
句集は100部作ったのだが、手元には20部しか残ってない

稽古予約の電話が一件
入会希望とのことなので、入会申込書はどこにしまい込んでしまったかとあちこち捜す
旧い書式のものが2部しかなかったので、事務局宛に新しいものを送ってくれるようメール
この稽古場に稽古に来てくれる人も、少しづつ増えてきている

郵便局とコンビニに行き、帰って来たらもう5時
夕食を作ろうと台所に立つ
米は出かける前に研いであるし、味噌汁用の出汁もとってある

玄関が騒がしい
チャイムも鳴ってないし、いったいだれだ?
と思って玄関を開けると、なんと松井一家が三人揃って立っている
軽自動車を飛ばして横浜からやってきたという
なんというサプライズ
招き入れてお茶を飲むが、この家に興味津々の様子で、あれこれチェックが入る

その頃、池田さんから、これから寄りますというメッセージが入る
なかなかのタイミングではないか
松井一家が等持院にいることに驚いた様子

松井一家、今度は戸村さんを驚かせるために西陣稽古場に向かう
一時間後、GONという洋食屋で合流し、名物ピネライスをいただく

こんなふうに2月の幕が開いた