識字の社会言語学* かどやひでのり・あべやすし 生活書院 2010
見えない力* 美内すずえ対談集 世界文化社 2018
晴れたら空に骨まいて* 川内有緒 ポプラ社 2016
空をゆく巨人* 川内有緒 集英社 2018
ユニクロ潜入一年* 横田増生 文藝春秋 2017
クモのイト* 中田兼介 ミシマ社 2019
巧拙無二 甲野善紀・土田昇 剣筆舎 2020
本当の翻訳の話をしよう* 村上春樹・柴田元幸 スイッチ・パブリッシング 2019
2020年3月30日月曜日
おそれる
百年前、人類はスペイン風邪と呼ばれる致死率の高いパンデミックを経験した。ひとつだけ覚えておくべきは、ぼくらはそのスペイン風邪を生き延びた側の子孫であるということだ。もっとも、この百年は、病原菌、ウイルスは駆逐されるものであり、病気は克服されるものであり、人は死ぬべきではないというイデオロギーが力を持った時代であり、結果として、人類は病原菌であれウイルスであれ、それらと出会う機会を極小化することに心血を注いできた。
ぼくらが成長病と呼んでいるものがある。耳下腺炎、麻疹、水疱瘡の3つを主に指すのだけれど、いづれもウイルスが引き起こすものらしい。それらが引き起こす病気を成長病と呼び、成育の過程で罹ることを是とした。この時点で、そのような主張の下に集まっている人間は近代イデオロギーに抗する反社会的勢力とみなされる。そもそもが「風邪の効用」をうたっている集まりである。でもでも、人類はずっとウイルスと共存してきたし、いまもぼくらの体内で多くのウイルスが活動している。
ぼく自身も試されている。人生の半分以上、医療制度の世話なしに生きてきたけれど、この局面においてどうだろう。ぼく自身は、たとえ感染しようが発症しようが自力で経過させていくつもりだ。ここまでやってきたことが、本当に力になるのかどうかが試されている、ともいえる。これでダメだったら(高齢者だし)その程度のものだったんだと笑って逝けばよい。ぼくが怖れるのはウイルスよりも、ウイルス撲滅という錦の御旗を掲げる多数派によって、社会的に指弾されることである。それを避けるため、ぼくは蟄居することを選ぶ。ウイルスよりも正義の方がこわい。
門は施錠せず開けてあります。
(追記)
読書会の友人に教えてもらった「表土とウイルス」というエッセイ、参考になったので、リンクを貼っておきます。
https://synecoculture.org/blog/?p=2640&fbclid=IwAR3aMG0b1mFsiceM86nqEjS5yvqLb6y3QaCm54XnKb7wDYet93hT6wcmXgE
ぼくらが成長病と呼んでいるものがある。耳下腺炎、麻疹、水疱瘡の3つを主に指すのだけれど、いづれもウイルスが引き起こすものらしい。それらが引き起こす病気を成長病と呼び、成育の過程で罹ることを是とした。この時点で、そのような主張の下に集まっている人間は近代イデオロギーに抗する反社会的勢力とみなされる。そもそもが「風邪の効用」をうたっている集まりである。でもでも、人類はずっとウイルスと共存してきたし、いまもぼくらの体内で多くのウイルスが活動している。
ぼく自身も試されている。人生の半分以上、医療制度の世話なしに生きてきたけれど、この局面においてどうだろう。ぼく自身は、たとえ感染しようが発症しようが自力で経過させていくつもりだ。ここまでやってきたことが、本当に力になるのかどうかが試されている、ともいえる。これでダメだったら(高齢者だし)その程度のものだったんだと笑って逝けばよい。ぼくが怖れるのはウイルスよりも、ウイルス撲滅という錦の御旗を掲げる多数派によって、社会的に指弾されることである。それを避けるため、ぼくは蟄居することを選ぶ。ウイルスよりも正義の方がこわい。
門は施錠せず開けてあります。
(追記)
読書会の友人に教えてもらった「表土とウイルス」というエッセイ、参考になったので、リンクを貼っておきます。
https://synecoculture.org/blog/?p=2640&fbclid=IwAR3aMG0b1mFsiceM86nqEjS5yvqLb6y3QaCm54XnKb7wDYet93hT6wcmXgE
2020年3月26日木曜日
敗北力
コロナウイルスパンデミックの影響がひたひたと近づいてきている。日本に帰国中だったタイ在住の友人はタイに戻れなくなって足留め。来月初めに予定されていたドイツ稽古会も中止。知人が主宰する舞踏舎の公演も中止。近所で若い友人が開いていた小さなレストランは休業…。身近な人たちに、じわじわと影響が出てきている。
グローバリゼーションというモノとヒトが高速度で回転していたものがいきなり止まることで、それと連動していたローカルな動きも急減速してしまった。もともとスローな生活をしている私のような隠居者への影響はいまのところ小さいけれど、それでも、冒頭に書いたように近づいている感は日々増している。外の大きな回転と内の小さな回転の癒着が剥がれ、うちの小さな回転ー経済圏と呼んでもいいのかもしれないーとの関係性が変わってくるきっかけになればよい。
鶴見(俊輔)さんが書いていた「敗北力」のことを考える。ほんと、僕らは負け方が下手だ。負けを認めないで、ずるずると結論を先延ばしにし、その分、再起への体力が失われていく。この習性は日露戦争くらいに形成されたもので、伝統と呼べるほどの長さを持つものではない。この習性に則ってコロナウイルスに対応していくと、今回のパンデミックが収束していったあと、日本だけが貧しくなっていくという未来しか予想できない。19歳の鶴見青年は第二次大戦に日本が負けることを予想した上で米国から日本に帰ってきた。その選択は僕の中で謎としてあったのだが、今だと、その心境を少しだけ理解できる。
グローバリゼーションというモノとヒトが高速度で回転していたものがいきなり止まることで、それと連動していたローカルな動きも急減速してしまった。もともとスローな生活をしている私のような隠居者への影響はいまのところ小さいけれど、それでも、冒頭に書いたように近づいている感は日々増している。外の大きな回転と内の小さな回転の癒着が剥がれ、うちの小さな回転ー経済圏と呼んでもいいのかもしれないーとの関係性が変わってくるきっかけになればよい。
鶴見(俊輔)さんが書いていた「敗北力」のことを考える。ほんと、僕らは負け方が下手だ。負けを認めないで、ずるずると結論を先延ばしにし、その分、再起への体力が失われていく。この習性は日露戦争くらいに形成されたもので、伝統と呼べるほどの長さを持つものではない。この習性に則ってコロナウイルスに対応していくと、今回のパンデミックが収束していったあと、日本だけが貧しくなっていくという未来しか予想できない。19歳の鶴見青年は第二次大戦に日本が負けることを予想した上で米国から日本に帰ってきた。その選択は僕の中で謎としてあったのだが、今だと、その心境を少しだけ理解できる。
2020年3月23日月曜日
大井町稽古場
横浜稽古場の閉鎖に伴い、小杉さんのあとを引き継いで稽古を担当していた指導者の人たちが大井町稽古場に移ってくるらしい。4月の日程表をみるとかなりの詰まりよう。僕が抜けてしまって以来、空白が目立っていたけれど、一気に解消。いや、さらに埋まっている。
大井町稽古場は、来年で30周年を迎えるはずだけれど、期間の長短はともかく、多くの指導者たちが担当してきた。覚えているだけで、金井、井上、戸村、江川、伊藤、松井、剱持、角南、奥須賀といった名前が浮かんでくる。身体教育研究所を離れてしまった人もいれば、他処で稽古場を開いている人もいる。担当者がこれだけの数がいて、大井町稽古場を通り抜けてった人の数は、当然のことだけれど、さらに多い。大井町稽古場は、そのような役割を担った稽古場ともいえる。今回、担当者に服部、小泉という名前が付け加わり、岡田、黒沼という動法教授資格者の稽古も入る。本来の大井町稽古場的風景が復活すればよいなと、西の地から応援しています。
大井町稽古場は、来年で30周年を迎えるはずだけれど、期間の長短はともかく、多くの指導者たちが担当してきた。覚えているだけで、金井、井上、戸村、江川、伊藤、松井、剱持、角南、奥須賀といった名前が浮かんでくる。身体教育研究所を離れてしまった人もいれば、他処で稽古場を開いている人もいる。担当者がこれだけの数がいて、大井町稽古場を通り抜けてった人の数は、当然のことだけれど、さらに多い。大井町稽古場は、そのような役割を担った稽古場ともいえる。今回、担当者に服部、小泉という名前が付け加わり、岡田、黒沼という動法教授資格者の稽古も入る。本来の大井町稽古場的風景が復活すればよいなと、西の地から応援しています。
2020年3月22日日曜日
2020年3月21日土曜日
彼岸
お彼岸なので大阪のお寺に出かけることにした。お供え用の花は用意してある。等持院あらため等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅から嵐電で西院へ。マスク率は高いけれど、電車は思いのほか混んでいる。

阪急・地下鉄線経由で谷町六丁目。お墓参りを済ませ、空掘商店街の昆布屋さんに寄って佃煮を買うというのがいつものパターン。前日仕入れた天六商店街の蟹ラーメンの話は魅力的だったけれど、朝飯抜きで出てきたので空腹が先に立ち、パスタ屋に駆け込む。あとは京都に戻るだけなのだけれど、腹ごなしに少し歩くことにする。北に向かってあるいていると大阪城の案内板。意外に近い。家族連れも結構出ていて、芝生やベンチでお弁当を広げている。

京阪電車で京都に戻ることにした。それならばと京都観光の目玉であるらしい伏見稲荷に寄ることにした。インバウンド客も少ないだろうし、コロナ騒動で人もいないだろう。ところが、である。結構な人出なのだ。家族連れやカップルが大勢いる。これにはちょっとびっくり。ピーク時ってどれだけの人出だったんだろう。

三条京阪まで電車で移動、そこから北白川を目指す。劇団地点の「罪と罰」。半年前にチケット買った時には、予想だしなかった状況なのだが、公演に踏み切った。若い友人そっくりの役者さんが狂言回し的な役で出ていて、気になってしかたなかった。ロシア人俳優がロシア語でやるバージョン(もちろん字幕付きで)を観てみたい。
こうして、普段、経験したこともないくらい長い一日が過ぎていった。ヘトヘト。
阪急・地下鉄線経由で谷町六丁目。お墓参りを済ませ、空掘商店街の昆布屋さんに寄って佃煮を買うというのがいつものパターン。前日仕入れた天六商店街の蟹ラーメンの話は魅力的だったけれど、朝飯抜きで出てきたので空腹が先に立ち、パスタ屋に駆け込む。あとは京都に戻るだけなのだけれど、腹ごなしに少し歩くことにする。北に向かってあるいていると大阪城の案内板。意外に近い。家族連れも結構出ていて、芝生やベンチでお弁当を広げている。
京阪電車で京都に戻ることにした。それならばと京都観光の目玉であるらしい伏見稲荷に寄ることにした。インバウンド客も少ないだろうし、コロナ騒動で人もいないだろう。ところが、である。結構な人出なのだ。家族連れやカップルが大勢いる。これにはちょっとびっくり。ピーク時ってどれだけの人出だったんだろう。
三条京阪まで電車で移動、そこから北白川を目指す。劇団地点の「罪と罰」。半年前にチケット買った時には、予想だしなかった状況なのだが、公演に踏み切った。若い友人そっくりの役者さんが狂言回し的な役で出ていて、気になってしかたなかった。ロシア人俳優がロシア語でやるバージョン(もちろん字幕付きで)を観てみたい。
こうして、普段、経験したこともないくらい長い一日が過ぎていった。ヘトヘト。
2020年3月20日金曜日
詩ってなんだろう
コロナウイルス騒動の中、なぜか詩のことばかり考えている
いや、ずっとずっと前から詩について考えていたような気もする
一年前のちょうど今ごろ、テキストという文章を書いた
30年間書き溜めた文字データの総量と、デジカメ写真一枚のデータ量がなぜ同じなのか
いかにも元電気少年が考えそうなことだ
30年分のテキストデータと一瞬を写し取ったデジカメデータ
両者が同じ量で表されるのであれば、それくらいテキストの抽象度は高いということになる
受け取る人がいてはじめて言葉は伝わる
抽象度の高いテキストから、受け手は、意味だけでなく書き手の運動性を読み取ろうとする
運動性とは、声であり、筆遣いであり、からだ遣いである
ここでやっていることって、その運動性の読み取り方の稽古なのかもしれない
→「ぼくが筆動法を稽古するわけ」(十年前の文章を蔵出してきました)
→「音読」
(つづく)
いや、ずっとずっと前から詩について考えていたような気もする
一年前のちょうど今ごろ、テキストという文章を書いた
30年間書き溜めた文字データの総量と、デジカメ写真一枚のデータ量がなぜ同じなのか
いかにも元電気少年が考えそうなことだ
30年分のテキストデータと一瞬を写し取ったデジカメデータ
両者が同じ量で表されるのであれば、それくらいテキストの抽象度は高いということになる
受け取る人がいてはじめて言葉は伝わる
抽象度の高いテキストから、受け手は、意味だけでなく書き手の運動性を読み取ろうとする
運動性とは、声であり、筆遣いであり、からだ遣いである
ここでやっていることって、その運動性の読み取り方の稽古なのかもしれない
→「ぼくが筆動法を稽古するわけ」(十年前の文章を蔵出してきました)
→「音読」
(つづく)
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