2024年4月17日水曜日

【予告】能登半島地震被災者支援 輪島漆器展示頒布会

 糸魚川市在住の山田修さん(ぬなかわヒスイ工房)は、2月から能登半島地震の被災地支援に継続的に入っています。その支援活動の中で出会った被災者の一人から、災害関連ゴミとして処分される寸前の輪島漆器を大量に預かることになりました。ただそれを代行販売して義援金とするには、法的問題をクリアするとともに、膨大な労力が必要とされました。その活動を側面支援するため、今回、山田さんが販売にこぎつけた輪島漆器を等持院稽古場で展示販売する機会を設けることにます。売上金は全額、義援金として器の持ち主に手渡されます。


【日時】 5月を予定しています。詳細が決まり次第、あらためて告知します。

【場所】 等持院稽古場

【問い合わせ】 等持院稽古場・角南(すなみ)まで。


ぬなかわヒスイ工房 (https://nunakawa.ocnk.net/)から通販での購入も可能です


糸魚川タイムズに掲載された山田さんの記事 https://j-times.jp/archives/57703




2024年4月15日月曜日

マンサンダル

 ベアフットランなるものをやっている稽古仲間に教えられたマンサンダルを試している。無論、お遍路に使えないだろうかという目論見による。こんな薄いシートでコンクリートの硬さに対応できるのかという疑念はあったのだが、これを履いてー主唱者は纏うという言葉を使っているー歩いてみるとすこぶる良好。

 足の裏全体が感覚器となって、体全身で衝撃を吸収している。二重曲面の下駄に近い感覚だ。ともかく軽い。測ってみたら両方で100グラムに満たない。歩きながら、ほんと履いているのか時々足元を見てしまうくらいだ。体重50キロを移動させるためには、かなりの負荷がかかるはずだが、その負荷を分散させるには、足自体を細かく割っていくことが求められる。脚が喜んでいる感覚はある。

 第一号はオーダーしたのだが、第二号は自作することにして、さっそく素材を買い揃えてみた。あとは革細工用に使うポンチがあれば準備完了だ。

 以下は自分用メモ。ビブラムシート 8338 、 パラコード 7 strand core 550 4mm




2024年3月30日土曜日

3月の読書

茶の湯の冒険 森下典子 文春文庫 2024
オッス! 食国* 小倉ヒラク 角川書店 2023
MOCT 「ソ連」を伝えたモスクワ放送の日本人*  青島顕 集英社 2023

2024年3月27日水曜日

遍路2024 その5

単調な国道をてくてく歩いていると歌が生まれてくる。
それとも、いつかどこかで聴いたことのある曲を口ずさんでいるのか。
Keep on walking, keep on walking,
You’ll be get there, 
Some time soon …
単純な歌詞をリフレインしてメロディーを変えながら繰り返し歌う。
ほとんど、70年代フォークのような歌詞が英語で出てくる。

歩き続けることで、詩が生まれる。
胸で芽生えたかすかな感覚が腹におり、腰に動き、
背中を上がって、首を通り抜け、口から言葉となって現れる。
なんだ、頭なんてなんもしてない。

歩き続けることで、人は哲学者にもなる。
-
体験と消費の違い。
体験によって人は変容する。
消費する人は変わらない人だ。
-
なぜ歩くのかと訊くのは愚問だ。
道があって、昔から多くの人がこの道を歩いていった。
何を想いながら、その人たちは歩いていたのだろう。
そんなことに思いを馳せながら歩く。

↓ 今回の唯一の写真。小雨の足摺岬。



2024年3月24日日曜日

遍路2024 その4

遍路の一日はシンプルだ。
朝6時前に起き出して出発の準備。
6時半、7時くらいに朝食をいただいて、7時過ぎには歩きはじめる。
お昼は、どこかのコンビニ、道の駅、スーパーなどに立ち寄って軽く食べる。
3時には宿に着いて、4時〜5時くらいに入浴。
洗濯がある場合には、この時間に並行してやっておく。
遍路宿の場合は、6時半くらいから夕食。
食事がつかない宿であれば、外に食べに行く。
7時には、もうやることがない。

部屋にテレビが置いてあれば、普段は観ないテレビを点けるが、観たい番組はない。
久しぶりに大相撲を観たが、数年見ないうちに力士の顔ぶれがガラッと変わってしまった。尊富士とか大の里とか、若手の力士が出ている。
ニュースを見ても、まるで遠い世界のことのようだ。
遍路とはいえ、出家者に近い感覚になっているようだ。

10時には布団に入る。
2時間おきくらいに目は覚めるのだが、その都度、脚の疲れが抜けていくのが実感される。いつもとは違ったレイヤーの夢をみる。それだけ、深く眠っているということだろうか。
目覚ましを6時前にセットしていても、必ずアラームが鳴る前には目覚めている。

さて、今日も歩こう。

2024年3月23日土曜日

遍路2024 その3

1日25キロ歩く。おそらく、これが今の自分の適正移動距離。江戸時代の旅日記などを見ると、皆、一日八里32キロを普通に歩いていることを思えば、僕はまだまだひ弱な現代人だ。健脚の人もいる。どこかの宿で一緒だった82歳だという男性など、もう20回も八十八ケ所回っていて、今回は28日で歩く計画だという。1日40キロにもなるではないか。なんか記録に挑戦しているアスリートのよう。

僕が遅速であることは間違いないのだが、その原因が休憩を取りすぎる点にあるのだと気づいたのは、歩き始めて4日目くらいのこと。1時間歩いて10分休んでいたのでは、平均移動速度は上がらない。そうか、もっと長い時間歩き続ければよいのだ。歩みを止めれば体が休まるかというと、あまり関係ない。一旦休憩してしまうと、そこから元の速度に戻るまで、時間が取られてしまうのだ。それからは、休憩の回数を減らしてみることにした。

歩く体になるまで5日くらいかかる。区切り打ちの場合、歩くことに慣れたなと思うころには、もう帰る日が近づいている。おそらく、通し打ちでないと見えてこない風景というのもあるに違いない。

2024年3月22日金曜日

遍路2024 その2

遍路が歩く道には大まかにいって3種類ある。
ひとつは国道。つまり、車が走ってる脇を歩く。もうひとつは旧道。住民の生活道路。もともと車もいっぱい走ってた道なのだろうが、新しい道路ができて車の通行量は少ない。そして、昔ながらの遍路道と呼ばれているもの。多くは峠越えの山道で、昔の名残りをとどめている道だ。多くは土の道だが、中には整備されて砂利やコンクリートが敷かれているものもある。

遍路として歩く距離は、圧倒的に国道が多い。おそらく8割くらい。旧道と遍路道はそれぞれ1割くらいではないだろうか。9割くらいはコンクリートの道を歩くことになる。これは脚にとっては結構な負担になる。やはり、コンクリー道は車のためのものだ。車道を歩くときは、できるだけ側溝の上を歩く。足の下に空気の層があるだけで脚の感覚は随分と違う。車道から一段高いところに歩道を設けているところもあるが、この歩道が曲者で、走っている車から身を守るには有効であるに違いないのだが、歩道自体の中に小さなアップダウンが形成されていることが多く、これは脚への負担を増す。

長いトンネルを歩くと、文明の暴力性を体感することになる。今回、一番長いもので1.6キロのトンネルを抜けたが、苦行以外の何ものでもない。ゴーゴーと重量感のある音が前後左右全方向から襲ってくる。シュシュシュシュという高速回転するタイヤがコンクリートを削る音が加わる。どうして、そんな重い乗り物が、どうしてそんなに急いで、いったい何を運ぼうとしているのか。現代文明の強迫症がダイレクトに伝わってくる。

今回は、高知市から足摺岬まで歩いた。帰途は、その同じ道をバスと電車で運ばれていく。窓の外の風景を眺めながら、時計の針が逆回転していく。やだな。