2015年10月27日火曜日

等持院

 人が訪ねて来てくれると一緒に等持院のお庭を観に行こうという話になる。先日は大阪の叔母が、また、今日はドイツ稽古会のメンバーが来てくださったので等持院に出かけていった。前回、受付の人に「年間パスポートのようなものはないですか?」と訊いてみたら、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をして、「ありません」という答えが返ってきた。そいういう質問はこれまでされたことなかったのかな〜。訪問者を案内する近隣住民とすれば、年間パスのようなものがあれば、ほんとうにありがたいのだが。等持院は団体客はおらず、ゆっくり庭を見ることができる。紅葉も少しづつ進んでいるようだが、やはり見頃は来月半ば以降ということになりそうだ。



2015年10月24日土曜日

京都に来て一ヶ月
月を観る回数が増えた


2015年10月23日金曜日

稽古始めます。

10月25日(日) 10-13 連座 15-18 連座
10月26日(月) 10-     個人教授
10月27日(火) 10-13 カタと同調 15-17 坐法臥法

参加希望者は稽古のすすめ方をご一読ください

11月以降は下記の通り

2015年10月19日月曜日

白山ふたたび

 11週間ぶりの石川。8月のはじめ、白山稽古会から京都に流れていくことで、小さなスイッチが、カチッと入った。それからの二ヶ月は、これまでの人生の中で三本の指に入るくらい目まぐるしい展開だった。

 よくまあ、北陸に戻ってこれたものだ。そして、今回は、京都から北陸道をたどってやってきた。特急サンダーバードで2時間と少々。等持院から京都駅まで1時間弱だから、3時間で金沢にたどり着く。今から思うと、東京から上越回りで電車を乗り継いで、あるいは、羽田小松間を飛行機で飛びながら、ほぼ6年間、よく通っていたものである。

 ここ数年の落ち着きのなさが災いしてか、稽古会の会員数も減り気味。縄文山田さんには、北陸稽古会、いや、日本海稽古会をなんとかしましょうとハッパをかけられている。その核として、白山稽古会をもっと充実させねばと思う。

 北陸新幹線開通のあおりを食らい、金沢駅周辺のホテルから追いやられ、今回は松任泊。稽古会の会場は松任にあるのだから、本来の姿に戻ったというべきか。金沢の混雑に嫌気をさした観光客が「もっと落ち着けるところ」を探して隣の白山市まで流れてきているようだ。人の出入りのある文化財のなかで稽古をしている身とすれば、観光客の目に晒されてながら稽古するのは不思議な気分。身体教育研究所を説明するパンフレットなどあるといいですね。



2015年10月14日水曜日

連座からはじめよう

連座からはじめることにしよう

三年前のことだ
稽古を二ヶ月ばかり離れていたことがある
稽古を再開しようとして驚いた
稽古への「戻り方」がわからないのだ
そんなとき、晋哉さんから(最近実名主義になってきています)
「ぼくの稽古に来てみませんか」と誘われた
そのときのことを連座というタイトルで書いた

結局、稽古会でやっていることは、いかに「触れるか」の追求になる
それが、生きるための「教養」となる

大井町稽古場で最後の稽古を担当したのが9月20日
ほぼ一ヶ月前のことになる
この週末、二ヶ月半ぶりの白山稽古会があるとはいえ、
またまた、自分自身、稽古への戻り方がわからなくなりつつある
そこで、やはり連座からはじめることにしよう

初回は10月25日です
引っ越しからちょうど一ヶ月目
  
連座への参加条件は、
(1)稽古歴2年以上で、(2)坐法臥法がひととおりできること
尚、三人が基本単位となるため、予約が三名に満たない場合は、
稽古がキャンセルされる可能性があることを予めご了承ください

もちろん、坐法臥法、カタと同調といった稽古もはじめます
稽古日程はこんな感じです
まずは稽古のすすめ方のページをご覧ください

2015年10月11日日曜日

大きな部屋

ここにタオル掛けがあったら、もう旅館だよね
というのが、真ん中の部屋についての皆の感想だ
京間の六畳に四畳の広縁
広縁には、小さなテーブルと籐椅子が置かれているから、
たしかに気分はもう旅館

このスペースの使い方は難しい
和室だから稽古の場にすることも考えた
しかし、台所の隣で、構造上、公私が混ざり合ってしまう空間だ
実際、今は寝室でもある
稽古場として使うことは、早々に諦めた

この部屋がどういう風に使われていくのか
稽古会が始まってみないと分からないのだが、
たしかに旅館風ゲストルームとして使われるのにはピッタリだ
京間の六畳というのは、江戸間の八畳といった感じで、
布団三人分余裕で敷ける

稽古+観光+宿泊
どうせひとり暮らしだし、千客万来ですね
ご近所に迷惑をかけず、不審な目で見られず、私の評判を落とすことのない
節度のある方は泊まりに来て下さい

更衣室として使う予定の三畳間もあります
昔風にいえば書生部屋
これも整備すれば長期滞在者用のゲストルームに使えそう

ぼくが怖れているのは、手間のかかる輩が押し寄せてくるという事態
ご飯を作ってくれる人ならばよいけれど、メシつくって食わせなきゃならない輩
そういう方にはお引き取り願いたい

小さな家

 小さな家に住むのが理想だ。田舎にちっちゃなオフグリッドの家などを建てて、エネルギー自給自足で暮らすなんて素敵じゃないか。中村好文や伊礼智の小さな家について書かれた本を読んでいると飽きない。無論、その先には、あこがれのバックパッカー生活がある。以前、このブログにも書いたことがあるが、バックバックひとつで日本とアジアをここ十年くらい行き来している知り合いがいるのだが、その自由さに憧れてしまう。

 小さな家に、もの少なめに暮らしているつもりでいた。引越し屋さんが見積もりに来てくれた時、そのように話したら、いや普通にあるでしょと言われ、ちょっとがっかりした。実際、荷造りをはじめてみると、この小さな家にいったいどれだけのものがつめ込まれているのだと思うくらい荷物は多かった。ことに台所用品の量の多さには目を剥いた。大きな家具は処分し、捨てられるものは捨ててきたのだが、それでもダンボールの数は予想以上に多かった。

 そんな私が、これまでになく大きな家に住みはじめた。収納はたっぷりあるから、今なお床に置かれているダンボールの箱を押し入れに放り込んでしまえば、あっという間に片付いた風にはなるだろう。でも、まだ、僕の片付け生活は終わっていないというか、これからだ。「京都5年間ロングステイです」と書いたが、契約がそうなっているからでもあるが、まだ旅の途中という気持ちが強い。京都でなくてもチェンマイでもキャンディでもよかった。ただ、稽古人としての人生を追求するとなれば、京都しかなかったということだ。

 こんな贅沢に暮らしてよいのだろうか、と思うくらい、静かで広々とした住空間である。カミさんには後ろめたい。きっと彼女はこんな環境で暮らしたかったに違いない。花を育てる庭もあるし。父が残してくれた花器もはじめて自分たちの居場所を見つけた。江戸川のワンルームも、その前の岡山の実家も、花器が活躍する場はなかったのだから。オヤジの審美眼などまったく信用してなかったのだが、桐箱から取り出した壺を観たダン先生に「お父さんいい趣味してるね」と言われ、あれれと思ってしまった。妻や父が実現できなかった理想がここにある。なんだかね〜。

 大きな家経由バックパッカーというのが、いま思い描いている私の未来です。