2016年1月12日火曜日

片桐ユズルに聞く

片桐ユズルに聞く」という会が月に一度京都で開かれている。昨年8月、偶然この会のある日に京都にいたことが(→前にすすむ6 呼ばれる)、京都引越のきっかけになったと、いえなくもない。

昨日(1月11日)のテーマ(どうやら今年の通年テーマらしい)が【輸入業者 ”片桐ユズル商会”へようこそ】ということのようで、これは面白そうだと、自転車でとことこ高野まで出かけていった。


【fbから無断借用 ごめんなさい】

僕が知りたかったのは、どれだけユズルさんが輸入業者であることに「自覚的」あるいは「確信犯的」であったのか。あるいは、一見「無邪気な輸入業者ぶり」のルーツはどこにあるのかという点だったのだが、さらりと、父上が英語教師であったという「家庭環境です」というお答え。なるほど。もちろん、終戦を十代半ばで迎えたユズル少年が、日本的なものを駄目だと思ったとしても、無理のないところで、このあたりの心情は、NHK戦後史証言アーカイブスのインタビューからも読み取ることができる。

輸入という意味では、明治維新以来の社会制度など官による輸入で出来上がっている。それと並行して民による輸入も行われた。ユズルさんの輸入はこの民の系譜に含まれるもので、その輸入の基準に戦略的な匂いは感じられず、むしろ、ただ自分に必要、あるいは面白そうと感じたものだけを輸入していった。それが、「カウンター・カルチャー」的なものであったということのようだ。

ひさしぶりに「カウンター・カルチャー」という言葉を聞いた。ユズルさんによると、このカウンター・カルチャーという呼び名は他称、つまり他人がつけたラベルであって自称ではないという点。それはそうだ。自分の好きなこと信ずることをやっていたら、たまたま世の趨勢と逆方向を向いていたというだけで、別にカウンター・カルチャーという冠を付けられたとしても、ありがたくもないだろう。

ある段階から、僕自身は「輸入もの」に疑問を抱くようになり、そこで野口晴哉の教育論と出会うことで、整体の道に邁進することになった。ただ、「日本的なるもの」「伝統」といった言葉を、常に、眉につばをつけて聞く習性がいまでも残っているのは、かつてかじった一般意味論効果なのだろうか。

それにしても、30年前の記憶というのは曖昧だ。個々の出来事は甦ってくるのに、時系列が乱れている。しかも登場人物はやたら多かったりする。還暦超え三人組(ユズル・みどり・私)が侃々諤々その当時の話をしている姿は若い人たちの目ににどんなふうに映っていたんだろう。

2016年1月11日月曜日

句集

一年がかりのプロジェクトになってしまった父の遺句集が刷り上がってきた
出来上がってしまうと、ああすればよかったこうすればよかったということは
多々出てくるけれど、まあこれで一区切り

2016年1月9日土曜日

金沢

石川に来ている
思いのほか暖かい
ちょっと重装備すぎたようだ
京都からはバス
今回が2度目になるのだが、
混み合ってはいないし、低料金だし、
多少時間はかかるものの快適である

フォーラスで『ブリッジ オブ スパイ』を観る
スピルバーグの映画は久しぶり
1950年代の米ソ冷戦時代が舞台
いつも思うのだが、時代考証がしっかりしていて、
当時の風景がよく再現されているー往時を知ってるわけではないけれど...
相当しっかりしたデータベースが作られているんだろうな

横浜から通っていた頃は、
ビジネスホテルの部屋の狭さが気になることはなかったのに、
こうして京都から来るようになると、やたら息苦しくなって、早く帰りたくなる
ただ、部屋の暖かさは心地よく、普段、寒い環境の中で暮らしていることを自覚する

金沢ブームは継続中のようで、金沢駅の混雑ぶりは年が明けてもなかなかのものだ

【新年のお飾り ふるさと館】


【手持ちぶさたな雪吊り ふるさと館】

2016年1月5日火曜日

演劇

京都に越してきて、演劇を観ることになるとは意外な展開だ

今月は劇団地点のファッツアー
拠点を京都に移す空間現代のライブでファッツアーを観られる
はじめて空間現代を聴いたのは2010年の暮のことで、
その時は、黙示的な「ああ、こいつらは荒野を歩いている」というビジョンが降りてきた
311が起こったのはその三ヶ月後のことだ
僕の中では、なぜか「こいつら〜」なのだ

来月は青年団を観に伊丹まで足を伸ばすことにしている
http://www.seinendan.org/play/2015/11/4764
やっと冒険王が観られる ↓
http://dohokids.blogspot.jp/2012/11/blog-post_19.html

2016年1月4日月曜日

千客万来

 年が明けてまだ間がないが、こちらから訪ねて行ったり、あるいは訪ねてきてくれたりと人の出入りが多い。本来社交的な人間ではないのに、年が明けてからの四日間、独りご飯がない。正月三日は、ニューヨーク在住の友人夫妻と13年ぶりに会い、今日4日には、ブラジルで「風の庭」を主宰する田中敏行さんが帰国のついでに京都まで足を伸ばしてくれた。田中さんには、三年前の秋、ドイツでの稽古会の後、ブラジルを訪ね、随分とお世話になった。中旬には、大井町に家族で来てくれていたHさんが京都での仕事の合間をぬって訪ねてきてくれるとか。その他、日にちは決まってないものの、東京から姪っ子が、岡山から叔母さんが遊びに来る計画も進行中。そういえば、大分の知人も来たいと言ってたな。はい、みなさん、いらしてください。若者も歓迎。整体の勉強のため京都から東京に通っていた20代後半から30代はじめの頃、友人知人宅を根城にしてホテルなど泊まったことはなかった。でなければ、経済的に勉強を続けることは難しかっただろう。そういう意味で、大勢の人に支えられてきた。今年はご恩返しに「おもてなし」に励もうと思っております。願わくば、一緒に稽古してくれる人が増えんことを併せて祈願。

筆動法

今月から筆動法の稽古をはじめます
参加される方は、以下のものをご用意くださるようお願いいたします
硯、墨、筆、文鎮
学生時代に使っていた、お習字セットのようなもので結構です
1/17(日)分の予約数は2(定員は3名)です

2016年1月2日土曜日

謹賀新年

【大晦日】鐘の音が聞こえてきたので、高石くんが餞別にくれた白金カイロを懐に入れ、等持院の鐘楼に行ってみることにした。行列ができていたので、その後ろに並んでいたら97という数字が書かれた紙切れをくれた。除夜の鐘を撞けるらしい。さすがに、お年寄りは少なく、家族連れが多い。順番が来る前に、どこからともなくカウントダウンがはじまった。順番が回ってきたのは、零時を5分ばかり過ぎた頃、二人のお坊さんに先導され鐘をつくことができた。生まれてはじめての除夜の鐘撞き。後ろにまだ20人くらいは並んでいたから、108つにはこだわらないのかもしれない。その足で六請神社へ。お参りをし、お神酒をいただいて帰宅。

【元旦】午前中、池田先生がカニを届けてくれた。これがまた立派なカニで、これはとてもひとりでは食いきれない。戸村さんを誘ったら来てくれるというので、鍋の支度をして待つことにする。西陣稽古場は距離的には近いが、そう往き来があるわけではない。戸村さん、おせちのお重を持って現れる。男二人、蟹に食らいつく。食事のあと、広縁で火鉢に載せたお釜のお湯で茶を点てる。なかなかよい正月ではないか。

【二日】新海さんを一乗寺に訪ねる。アレキサンダーのお仲間たちの新年会のようだ。昨年8月、新海さんにかけた電話がつながってなければ、こうして京都に戻ってくることもなかった、かもしれない。そう思うと不思議だし、みどりさんやダスターといった旧友たちと喋っていると、30年間の関東暮らしが幻のようにも思えてくる。帰って来たら、娘からラインがあり、西葛西の妹夫婦宅を訪ねて来ているという。妹夫婦に姪っ子、そして娘夫婦で盛り上がっている様子。動画でつながり、オンライン新年会となる。