2021年9月12日日曜日

コロナと速度 2

 「エネルギーと公正」が出版された1974年は僕にとっては特別の年で、元旦をサンタフェで迎え大晦日をケララで過ごすという、人生最大の移動をした一年だった。インドで何ヶ月か過ごすうち、なぜか、僕は一生自家用車に乗ることはないだろうという確信を持ったのだった。20代後半、教習所に通って普通免許は取得したものの、いっときバイクに乗ってた時期をのぞき自家用車を持つことなく、今に至っている。おそらく、この先も自家用車とは無縁だろう。その分、関東で暮らしていた28年間、電車利用通勤者として、電鉄会社への隷属を強いられていたこともたしかである。

さて、「エネルギーと公正」である。
イリイチの文章には、頻繁に「限界」「境界」という単語が出てくる。「一人あたりにエネルギー量がある境界以下ならば、モーターは社会の進歩のための条件を改善する」(p.16)。「わたしが説きたいのは、一人あたりのエネルギーがある適正な水準をこえると、いかなる社会もその政治態勢や文化的環境が必然的に退廃するということなのである」(p.17)。では、イリイチが考えているエネルギー量の境界ー交通でいえば速度はどのあたりにあるのかというと、「公共の運輸機関の速度が時速15マイル(24キロ)をこえて以来、公正が低下し、時間と空間の不足が顕著になった」(p.23)と書いているように、人が自転車で移動できる速度の上限のあたりを想定していることがわかる。さて、この数字をみて、腑に落ちるか、それとも違和感を覚えるか。自分の速度中毒度を測る目安にはなりそうだ。ふたつ目の文章の「退廃」という訳語は、原文ではdecayなので、むしろ「劣化」という単語を充てた方が意味はわかりやすくなる。ここでいう退廃、劣化という言葉が意味するところは、民衆の力が専門家に吸い取られていく「技術権力体制(テクノクラシー)による支配」(p.14)を意味している。この部分こそがイリイチの真骨頂といえるし、例えば、グレーバーの「ブルシットジョブ」などに通じていくものだろう。

この稿をはじめるにあたり、コロナ=速度問題だと書いた。でなければ、イリイチの本を読み直そうとも思いつかなかっただろう。やっぱり、何人かで一緒に読んだ方が面白そうだ。

2021年9月10日金曜日

大文字山

思い立って大文字山へ
徒歩バス徒歩で、家を出てから50分後に銀閣寺脇の登口到着
初心者コースとのことだったので安心して登り始める
道は整備されているし、ハイカーの数も多いので迷う心配はなし
登る度に迷ってしまう左大文字とはおおちがい
50分ほどで、送り火の火床到着
見晴らし最高
遠くにアベノハルカスらしき姿も望める
ここから頂上へはさらに登ること20分
山科、奈良方面の眺望が素晴らしい
このまま歩き続ければ大津に抜けられるようだが、今日はここまで
来た道を引き返す





2021年9月9日木曜日

コロナと速度 1

人の移動とコロナ感染者の発生をプロットし、アニメーション動画にしたものを見た。今回、この文章を書こうとして探してみたのだが、見つけられない。人の活動を見事に可視化したもので、その動きは生命的で実に美しかった。人は移動し、人と会い、様々なものを交換してきたし、いまもしている。その動きが美しくなかろうはずがない。たまたまそこにコロナウイルスが紛れ込んだ。コロナウイルスの移動を止めようと、ありとあらゆる「交換」が止まりはじめた。角を矯めて牛を殺すことになりはしないか。

コロナ問題を突き詰めていけば、移動速度の問題にいきあたる。ということは、これはエネルギー問題であり、環境問題でもある。コロナ禍においても、僕自身あまり影響を受けていない(稽古に来る人は減り、収入も減っている、という意味では影響は受けている)のは、僕の移動距離が極小のせいだ。関東から京都に移って一番変化したものは、日常的な移動距離が激減したことだ。通勤距離は短かったとはいえ、20キロ離れた仕事場に電車で通っていた。単純計算すれば、週5日として200キロ。それに比べれば、職住一体のくらしという要素は大きいけれど、今はおそらく週30キロ動いてるかどうか。しかも、大半は徒歩か自転車による。

イリイチの「エネルギーと公正」を開いてみる。1979年刊行だから、イリイチの翻訳とすれば最初期のものといえるだろう。元になっているのは、1974年の論文。単行本にして60頁ほどの分量だ。読みはじめたのはよいのだけれど、訳のわからない単語が多すぎる。「連続的生産の非効用性の拡大」? しかたなくネットで原文をみつけてきて該当箇所と照らし合わせてみる。「growing disutilities of continued production」...。うーん、英語を読んでも意味わからん。これは、ちょっと読書会でもはじめて、何人かで読んでみるしかないのか。

(続く)

2021年9月6日月曜日

本棚

「本棚の本、全部読んだんですか?」と若者に問われた。読んでいるわけがない。ひょっとすると読んでない本の方が多いかもしれない。読んでみたいな、と思って買った本が本棚に収まっているだけで、実際に読んだ本は本棚には収まってはいない。自分で読んで面白いと思った本は、すぐ人に勧めて渡してしまうから、むしろ読んでない本、読みかけの本が手元に堆積していく。蔵書は小さな本棚に収まっているものだけで、最近は、そこからはみ出して、更衣室にまで広がってきているので、近々、処分せねばなるまい。

時代って五十年くらいでひと回りするのか、1970年代くらいに読んだ本をもう一度手にしたくなる。本棚を探してもそこにはなく、しかたなく図書館から借りるというケースも多い。コロナとは結局は「速度」の問題に帰着すると考え、イリイチの「エネルギーと公正」を読みたいと思ったが、誰かに貸したまま帰って来てない(京都に越してくる前の話ですーどこや〜?返却希望)ので図書館から取り寄せる。1979年晶文社刊。これについては、稿を改めて書きます。



2021年8月31日火曜日

8月の読書

結局、この夏の課題図書は、加藤陽子になってしまった

昭和史裁判* 半藤一利・加藤陽子 文藝春秋 2011
それでも、日本人は「戦争」を選んだ 加藤陽子 朝日出版社 2009
首都感染 高嶋哲夫 講談社文庫 2013
魂でいいから、そばにいて* 奥野修司 新潮社 2017
新大久保* 室橋裕和 辰巳出版 2020
アフリカ人学長京都修行中* ウスビ・サコ 文藝春秋 2012
私の1960年代* 山本義隆 金曜日 2015
新版ウイルスと人間* 山内一也 岩波書店 2020

2021年8月25日水曜日

長雨の次にやってきたのは残暑
去年の落しだねからなのか朝顔がフウセンカヅラの間から顔を出す
ゴーヤも今頃になって実をつけはじめ、これが第3号
今年は豊作かもしれない
トンボも舞い始め、まだ暑いとはいえ、もう秋である





2021年8月19日木曜日

追悼 栗田さんのこと

栗田完さんの訃報に接する。
長い付き合いだった。
彼の出身校である北海道教育大岩見沢校で教えていた進藤貴美子さんの紹介で身体教育研究所にやってきたのが初めての出会いだから、おそらく1990年代の後半のこと。鼓童で活動していたこともあり、その後、早池峰神楽の会にも通っていたそうだ。集中的に本部の稽古会に通っていたのはどれくらいの期間になるのだろう。結局、末っ子長男ということで、東京での生活を切り上げ山形に戻っていった。亡妻の実家が秋田の南端の雄勝郡(今は湯沢市)、栗田さんの家が山形県最北の金山町ということで、時折、秋田や山形で会う機会もあった。

大井町稽古場で「筆動法でたどるおくのほそ道」なんぞを始め、ぼくの中で東北ブームがはじまったのが2000年代の中盤。そんな折、西馬音内盆踊り、早池峰神楽といった東北の伝統芸能の水先案内人になってくれたのも栗田さんだった。彼が山形に戻って以来、東京で会う機会は減ったが、いつ頃からか、京都の稽古会で顔を合わすようになり、僕が京都の稽古会に出始めるようになってから、夜の特訓のときには一緒に組んでいた。コロナの影響で毎週通っている西馬音内盆踊りの勉強会は中断中ですと残念そうに話していたのは去年の秋くらいだっただろうか。

西馬音内盆踊りのお囃子を聴きながら、栗田さんのことを偲んでいる。





















栗田さんの画像を切り出してみた
NHKふるさとの伝承ー神楽が守る里 早池峰山麓の一年(1996)より

西馬音内盆踊り
今年は、無観客でライブ配信したらしい