稽古する人が一人いて、そんな人と一緒に稽古してみようという人が現れる。そんな気まぐれで物好きな人が、どこからともなく集まってくることで、この稽古場は成り立っている。公教育の外側にあって、まさに身体の教育が行われる。こんな稽古場が存続していること自体、ひょっとすると奇跡かもしれない。人を集めようとは思わない。多くの人に届け、とも思わない。稽古する人一人一人が、それぞれの生活の中で、ここでやっている稽古を使っていけばよい。自分の器に見合った人数を相手に、僕は粛々と稽古する。
2022年5月6日金曜日
2022年4月29日金曜日
2022年4月27日水曜日
迷う時間
お寺とお寺の距離はわかっているから、自分の足でどれくらいの時間が必要かは予め計算できる。お寺の中での定型のふるまいも大体掴めてきたから、一日にどこまで進めるかも見当がつく。ところが、これには迷う時間は含まれていない。地図をたよりに、道標をたよりに、あるいはGoogleMapsをたよりに歩いていくが、それでも迷う。一本道を下って分かれ道に差し掛かったとき、さてどっちの道に行くべきか、しばし立ち止まって考える。ガードレールに貼ってある小さな赤い矢印をみつけると嬉しい。ありがたい。この迷う時間というのが大事なのだ。前回のお遍路見習い初日、遍路旅は急いではいけない、ということだけは感得した。でも、宿の心配、バスの心配、先を急がざる得ない場面も出てくる。迷う時間、あそびの時間、これが肝要。歩くとは先を急ぐことではない。それにしても何故歩くのか? 先人たちも歩いていたから、という答え以外見つからない。
稽古者として歩く
歩いていると次のお寺まで何キロという石の標識が立っていて目安になる。粁という漢字が使われていることもある。有難いのだが、このキロ表示が体に響いてこないことに気づく。なんでだろうと考えてみると、キロという単位が身体の寸法と無関係であるということに行きあたる。身体性を欠いている。4粁という表示を見て、何かに換算あるいは翻訳しようとしている。こんな作業をやっているなんて、これまで意識することはまったくなかったけれど、疲れてくると、この換算翻訳作業が負担になってくる。4粁より1里と表示されていた方が疲れた体には優しい。これは確信をもっていえる。
遍路道といっても、昔ながらの山道よりもコンクリートで舗装された道を歩くことの方が多い。歩くという行為としては同じなのだけれど、くたびれ方がまるで違う。山道を長距離歩き、そこからコンクリ道に出ると、足が悲鳴を上げる。固い柔らかいという問題ではない。土には脚と響き合うものがあるのに対し、コンクリにそれがない。コンクリ道とどう折り合いをつければよいのか、脚が困惑している。
山道を歩きながら気がついた。登り道はナンバの集注、下り道は逆ナンバの集注。ナンバが何なのかは説明しない。稽古している仲間には、これで通じる。
お遍路さんは金剛杖というのを使っているが、今回、杖は熊野から借りてきた杖(→熊野詣2)を持って行った。布に「南無大師遍照金剛」と墨で書き、その布を杖に巻きつけた。雨に濡れて滲んでしまったけれど。門前で売られている金剛杖は角形のもので、杖としては使いづらそうだったので、熊野の杖にした。こちらは木の枝を切ったもので切断面は丸い。基本的に杖は運動器の延長として使ってはいけない。あくまで感覚器の延長として使うべきもので、そのためには固く握ってはいけない。遍路ころがしと呼ばれている焼山寺への山道、下ってくるときの山道ではほんとうに助けられた。杖使いの達人になりそうだ。
2022年4月26日火曜日
遍路見習い 2
お遍路第二段。今回は第5番地蔵寺から17番井戸寺を目指す三泊四日。
京都から高知行き高速バスに乗り、道の駅いたの下車。徳島バスで羅漢まで行き、そこから歩き始める。雨模様。お遍路をはじめればどこかで雨に会うことは覚悟していたが早速の雨。初日は脚慣らしのつもりで宿は6番安楽寺宿坊に予約。地蔵寺から奥の院五百羅漢を参拝ののち安楽寺へ。
翌日は晴れ。6時起床。朝食ののち7時半出発。7番十楽寺、8番熊谷寺、9番法輪寺、そして10番切幡寺。それぞれによい佇まいのお寺たち。切幡寺は333段の急な石段を息切れしながら登る。そこから11番藤井寺を目指す。途中、八幡うどんで遅めの昼食。吉野川の広大な中洲を抜け、16時すぎ、旅館吉野到着。入浴、夕食。18時には一日の予定がすべて終了。7キロの荷物を背負って歩くだけで、普段の散歩とはだいぶ違った体験となる。道中、コーヒーを飲めるお店もなく、コンビニもなく、しかたなく、宿の冷蔵庫から缶コーヒーを買って飲む。
三日目。遍路ころがしと呼ばれている難所。今晩宿泊予定のすだち庵の方が荷物を運んでくれるとのことなので、甘えることにする。小さなリュックに最低限の装備とおにぎりを詰め7時出発。11番藤井寺に参り、そこから12番焼山寺を目指す。いきりの胸突き八丁。それでもコンクリート舗装の道を歩くよりは気持ちがよい。大勢の人が歩いた気配が濃く残っている遍路道。整備もよくされている。鶯の声がすぐ近くに聞こえる。途中、目の前をマムシが横切った。13時半、ようやく焼山寺にたどり着く。こんな山の上に、こんな立派な伽藍。そこからは下り道。コンクリ道に出ると、途端足が悲鳴を上げる。一時間と少しで宿にたどり着く。出してくれたインスタントコーヒーが美味い。
四日目。今日も雨。すだち庵7時半出発。最初の一時間は遍路道。ミニ遍路ころがしと呼べるくらいの上り坂。そこからは車道をひたすら下っていく。車もほとんど通らない。予報ほど雨脚は強くないのが有難い。神山の谷間の集落に霧がかかっている。まるで桃源郷だ。鳥が鳴き、道路を蟹が渡ろうとし、川の上をつがいの白鷺が飛ぶ。緑が濃い。川沿いの道をひたすら歩く。下界に降りてきたといえ街は静か。日曜日だった。13番大日寺到着13時。すでに20キロ歩いている。14番常楽寺、15番国分寺、16番観音寺。国分寺で納経をお願いしている折、住職とおぼしき男性と雑談しているうち、「せっかくだから、お庭を見ていきなさい」と誘われてお庭を拝観。岩で構成された立派なお庭に驚愕。あとで調べると有名なお庭らしいが、こうして誘われることがなければ見逃していただろう。今回の遍路は観音寺で打ち止めにし、JR府中(「こう」と読む)駅から電車で徳島駅に戻り、そこからまた高速バスで京都。
2022年4月19日火曜日
着物生活
連れ合いが完全着物生活に入って4週間になる。仕事も家事も全部着物。おまけに、携帯電話も解約。その潔さは尊敬に値する。着物生活とデジタルデトックス同時進行中。片方が着物着ていると、相対している僕の方も着物でないと居心地がよろしくない。着物で座っている人の前でラフな洋服でいると、なんだか自分が貧相かつ幼稚ないきものに感じられる。おかげで僕の着物着用率も上がってきた。ただ、夏をどう過ごすか。いつも5月になると、短パンとTシャツ姿に変身してたから。
着物生活を始めるということは、使い捨て消費型の経済と訣別するということ。衣の自給自足。古着は十分な数出回っているし、押し入れに眠っている着物や反物が人づてに回ってくる。着る人のところに着物や布は集まってくるようにできているらしい。あとは、自分で着物を縫う繕う技術さえ身につければ、鬼に金棒だ。そもそも稽古用の袴には既製品がない。こればっかりは、誰かに縫ってもらうか、自分で縫うしかない。とにかく手間がかかる。縫い手を尊敬します。
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