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2026年2月7日土曜日

禁糖2026

吉田神社の鬼やらいの神事に行った翌日、急遽思い立って禁糖を始めた。順調に行けば、旧正月には終えられるはずである。外食しづらい禁糖期間中に泊まりがけの行事を入れることはないのだけれど、今年は、ばっちり白山稽古会が入っている、というか、白山にやってきた。

そうなると、食料持参の出張ということになる。タッパーにカレーを載せた白米を詰め、もうひとつのタッパーにはサラダ。おにぎりにふかしさつまいも。さらには、バゲットにチーズ。果物、ティーバッグも入れた。ちょっと準備過剰という気がしないでもないが、これには理由がある。

この時期北陸に向かうと、天気予報と列車の運行状況と睨めっこすることになる。一年前の2月は、結局雪で来られなかった。来られないのなら諦めもつくが、問題なのは、来たはよいが帰れなくなるパターン。随分前のことだが、雪でホテルに48時間缶詰になったことがある。まだ、北陸新幹線が金沢までで、サンダーバード一本で通っていたころの話だ。

明日の天気予報は雪。交通機関もあやしい。
雪国に缶詰というのも悪くないとはいえ、今は禁糖中だ。

そう、禁糖の話でした。
今回、タイミングが合ったのか、変化が速い気がする。


 

2025年1月22日水曜日

禁糖2025

禁糖つつがなく終盤へ。
普段の食事から、コーヒーとちょっとした菓子類が欠けるだけのことで、いつもとさほど大きくは変わらない。でも、ずいぶん真面目に食と向き合っている感はある。いかんせん腹が減る。今年はチーズ類をよく食べている。近所のパン屋さんのチーズチーズチーズというフランスパン生地の上にチーズ数種類おいて焼いたものがあれば満足。
先週末の白山稽古会もおにぎりフランスパンで乗り切った。
今週いっぱいで終える予定なのだが、昔のような我慢する感じがまるでなく、つまり、お祭り感を欠く禁糖ということになる。ま、こんなものか。

【追記 1/27】
禁糖終了。途中、味噌の仕込みなどもして充実。
腹部第2を乱すものとしてスマホがあることは間違いなく、禁糖と並行してスマホ断ちをすべきかもしれない。現代人には、こっちの方が大変だな。

2025年1月12日日曜日

なじむ

寝床から抜け出す前に自分のお腹に触れてみる。
え、もう禁糖なの?
腹部第2調律点が右手薬指でなじめば該当者となる。
うーん、去年より2週間もはやい。
おまけに来週末は白山稽古会がある。
とはいえ、2週間の禁糖生活に入れば、なんかの行事と重なることは避けられない。
で、いきなり禁糖開始。

では、なじむって、どういう感じなのか?
これを英語で説明できるのか?
日本語でだって説明はむずかしいぞ。
なじみの稽古って、稽古会の最初期からやっている。
二者が掌同士を合わせて、そのなじみを崩さないように、転がったり起き上がったりしていた。

同調の感じと言い換えても、伝わりづらい。漢字語だからなのか。
日常生活で使うとすれば「なじみの店」といったところ。
「なじみの店で食事する」とgoogleに問うと、Eat at a familiar restaurantと返してくる。
なじみをfamiliarと訳すのは、そう外れてはいない。つまり、すでに知っていること。
身体集注に入った時の「なつかしさ」というのは、忘れていたかもしれないけれど、すでに知っていた感覚。僕なんか、そのなつかしさに、いつも泣きそうになる。
からだに出会うとは、そのような経験。

禁糖に入ると、食い意地が張ってくる。
まずは、火鉢で餅を焼こう。

2024年2月11日日曜日

禁糖2024

禁糖前半戦終了。
今年はなぜか肉食系に変身。
毎日のように肉買ってきて食っている。
一昨日は、普段買ったことにない鶏の骨付きもも肉を焼いて齧りつき、
昨日など、カセットコンロの上に鉄板を載せて一人焼肉。
ちょっと胸やけしてしまった。
糖分を油で補おうとしているのだろうか。
菜食の連れ合いは、ひたすらチーズ。
いつものことだが、量に対する「適」がまだ大雑把すぎるのだ。
さて、あと一週間。

2/9 
禁糖明け。さっそくザッハトルテの箱を開け、8分の1に切り分け皿に載せる。フォークでひと口食べる。美味い。ふた口目を食べる。おいしい。三口目を口にしたところで、首をかしげる。もう、これ以上食べられない。一切れのまだ半分も食べていない。なるほど、度合いを知るとは、そういうことなのだ。砂糖はすぐにエネルギーになるとは知っていたが、確かにその通りだ。飢餓感は雲散霧消し、食事の量は半減。渇望していたコーヒーも一回飲むと充足し、また紅茶中心に戻る。わが家の主たる食事はもともと禁糖食であることを確認。さて、この度合いに対する感受性は、どれくらい保持されるだろうか。

2024年2月8日木曜日

ザッハトルテ

 禁糖がもうすぐ明けそうという2月7日、郵便屋さんが海外からの小包を届けてくれた。ずっしりと重い。差出人は、先月、僕のところを訪ねてきたオーストリア人女性。鮮やかな包装紙を開けると木の箱が現れる。そして、その箱の蓋を開けると、でかいチョコレートケーキ。本家ザッハトルテ! 添えられていたメッセージカードには、「早めにお食べください」とある。そんなこと言ったって、まだ禁糖明けてないのだ。

 その女性が訪ねてきたのは1月の半ば。どのように、僕のところにたどり着いたのか不明なのだが、東京でダン先生とも面会したとのことだったので、整体協会を知る人が間にいることは間違いがない。ヨーロッパで活動していたキシさんという治療家に師事していたことがあり、ウイーンで開業しているという。ちょっと聞き齧っただけで、すぐに自分の仕事に使おうとしたり、野口晴哉の弟子を名乗ったりという手合いは洋の東西を問わず多い。なので、ちょっとお茶を濁すつもりで、かといって誤解されることは極力避けるように対応していった。

 そういえば、ドイツ人の知り合いは大勢いるが、オーストリアの人って会うのは初めて。中身の詰まった体が現れるのかと思いきや、意外に柔らかい。はじめてきた人と必ずやる、指に集注する、指の間の空気に集注するといった稽古からはじめてみた。

 話が通じる感じというのはなんだろうね。英語を共通語として会話していくのだけれど、通じる感がある。ノンバーバルなものに対する感覚がちゃんと育ってる人だったから、僕の拙い英語であっても、十分理解してもらえたのだと思う。2時間ほど稽古したら、次の日も来てよいかという。2日目終わったらもう一日。なんと3日間連続で現れた。ほんとは会員外指導はしちゃいけないことになっているのだが、乞われたらnoといえない。

 海外における整体の伝播の仕方って不思議。そもそも、整体協会がコントロールできる類のものではない。晴哉先生の時代に津田さんがフランスで、眞峰さんがスペインで、それぞれ活動を始め、そのあとには竹居さんがドイツで始める。その他にも、いろんなかたちでヨーロッパには入ってるはずだ。いつか事務局にスウェーデンの人がやってきて、「スウェーデンのインテリはみんな活元運動をやってます」と話していたという逸話ーそんなわけねぇだろうーがあるくらい。以前なら、そりゃいかんだろうという整体協会的な考えを僕もしていたのだけれど、いまはもう、「勝手に進化しろ」という意見である。

ああ、禁糖明けが待ち遠しい。



2024年1月22日月曜日

好調不調低調

年の瀬によりによって仙椎をしたたかぶつけた。
以来、自分が好調なのか不調なのか低調なのか、そのあたりの分別がつかなくなっている。

年末、娘が男の子三人連れて来京。
まあ、賑やかな正月になったのだが、ある日、孫3人のやりたいことが分裂し、僕は、結局、小1の長男と一緒にアイススケートに行くことになってしまった。

30年ぶりのスケートである。娘が小さい頃、こどもの国のスケートリンクに行って以来。リンクの外から見ているという選択肢もあったのだが、好奇心が勝り、大枚4000円を払い、小1男子と一緒にリンクに立ってしまった。三周くらい、手すりの掃除をした後、こわごわ手すりを離して歩き始める。膝を抜いて、後ろ足で蹴ると、前に進む。孫の相手をする余裕はない。前に進んでいくと、なぜか、どんどん手すりから遠ざかっていく。2周3周滑っていくうちに、真ん中近くまで進出してしまった。

リンク掃除の中断があり、その後、もうひと滑りしようと小1男子と一緒にリンクに入る。凸凹が削り取られた氷はツルツル。相変わらず、前足は止め、後ろ足で蹴るスタイル。転ぶこともなく順調に滑っている。また知らぬ間にリンク中央に出てしまっている。そこに、初心者と思しき二人組が接近して来たので、その人たちを避けようとして、見事に転んだ。氷って、こんなに硬かったけ、と空を眺めながら思った。仙椎をしたたか氷に打ちつけた。それでも、面としてぶつけたから、衝撃は最小限のはずだった。

うん、この打撲だと、一週間は風呂無理だなと、尻をさすりながら家路につく。実際、大晦日正月をはさむ一週間風呂無し。こんな正月は初めてだ。元旦に能登で大きな地震が起き、京都もしっかり揺れた。被災地にいる人たちのことを思えば、風呂に入れないくらいなんだ。年明けて、孫たちは千葉に帰り、今年の初風呂は5日。体が温まるのはよいのだが、翌日になると仙椎周りが疼きはじめ、まだ風呂は早いと警告してくる。実際、入浴せずとも、それは苦にならない。

稽古会もはじまり、普通に仕事して、普通に白山稽古会もこなしてきた。打撲の影響は思いのほか長引いていて、この調子だと半年一年付き合うことになりそうだ。去年の秋の大風邪、年末の打撲といろいろ起こる。そうしているうちに暦は進み、禁糖の季節到来である。

好調?不調?低調?
そんなことはどうでもよろしい。

2023年3月10日金曜日

風邪(追記)

先月半ばに風邪を引いたことは書いた。
発熱は数日で終わったが、結果からいうと、やたら低温期の長い風邪で、月末まで十日ほど、低温期が続いた。2月は禁糖と風邪で過ぎていったことになる。

今月はじめ石川に行き、白山稽古会の人たちの話を聞いて笑ってしまった。皆さん先月の稽古会のあと軒並み大風邪を引いている。僕が風邪引いたのは、白山稽古会から帰ってきて数日後のことだから、ほぼ同じ時期になる。等持院に来ている人たちの間でも風邪は流行っていたようで、来る人来る人、先月は風邪をひきまして、という話題になる。しかも、やはり同じ時期。インフルエンザだったのかコロナだったのか分からないけれど、これほど周囲が同時多発的に風邪をひいたという経験はあまりない。

まずまず上手に経過できたようで、3月に入ってから、お遍路に出る力が湧いてきた。

2023年2月27日月曜日

讃岐うどん

発熱してから平温に戻るまで丸3日。ここまでは教科書通りの経過。風邪の症状が出てきたのは、熱の変化終わった後で、ここからだらだらと十日近く、鼻が出て、寝汗をかくという状態が続いている。コロナ3年間の後始末なのか、七十代に向けての再組織化なのか。

回復期に食べたというか、唯一食べられたのが禁糖用に買い置いていた乾麺の讃岐うどん。ちゃんと昆布と鰹節で出汁を取るところからやる。これだとお腹にするりと収まり、収まり心地も良い。一把80gで2人分の一食。食べすぎるということがない。朝からうどん食べるなんて、人生はじめてのことだ。



2023年1月31日火曜日

禁糖2023

禁糖淡々と進行中
今日で6日目
今年は日程優先で始めてしまった
20年もやっていると、食物はふんだんにあることはわかっている
よってお祭り感なし
これはこれでさみしい
いつもより、紅茶を飲む回数が増えるくらい
ご飯が美味しくて、つい食べすぎてしまうきらいがあるので、
むしろ、量の度合いに気をつけたほうがよい

2/5 禁糖、順調に継続中。だいぶ薬指でなじまなくなってきたので、2週間で終われそう。

2023年1月15日日曜日

寒中見舞い

寒中お見舞い申し上げます。
古稀を過ぎてから、「なんとこの先も人生続くのだ」という現実にようやく気づきました。と同時に、もしまだ時間があるのであれば、今のうちにやりたいことをやっておこうとも。十年前に発願して果たせなかった四国遍路を昨春開始。延べ十一日間四国を歩き、阿波の国にある二十三のお寺を回ることができました。思い起こせば、日本の外にはじめて出たのが一九七三年のこと。あれから半世紀、ずっと旅してきたことになります。インターネットも携帯電話もなかった時代のことを若者相手に話すとき、つくづく自分が歴史的存在になりつつあることを実感します。とはいえ、life goes on. 等持院稽古場での稽古はバージョンアップしつつ継続中。四十年稽古しても、いまだとば口に立っているという実感しかありません。生涯稽古人ですね。どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

 二〇二三年新春


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年明けて二週間、正月気分は早々に抜け、禁糖の足音が近づいてきました。

三年間、コロナに振り回された末、日常が戻ってきているような戻ってきてないような。

希望と不穏さがないまぜになった年のはじめです。




2022年1月31日月曜日

禁糖2022

1/31
15日目。禁糖終了。
さてどこから戻していこうか。コーヒー、ではなく蜂蜜を舐めたい。薄切りした全粒粉パンをトーストし、バターの上に以前新潟の山田さんが送ってくれた日本蜜蜂の蜂蜜を塗って噛り付く。

1/30
14日目。もう終わりが近いはずなのに、ぐずぐずしている。
チーズ、バナナといった輸入品に頼りすぎなのが問題?とつれあいと話す。
地産地消の方がよいのか??? さて。

1/26
10日目。中指の方がなじんでいる。順調。
量の適さえ間違わなければー存外ここがむずかしいー早く終点にたどり着けるかも。

1/24
8日目。後半戦突入。
腹の第二を見ると、まだ薬指の方がなじむ。
急に肩周りが動きはじめた。春だな〜。

1/23
7日目。禁糖淡々と進行中。
禁糖についてはさんざん書いてきたから()付け加えることとくになし。
度合の適を取り戻すためにやっているので、食べ過ぎちゃったら洒落にならないと自戒。
機度間の適を求めるのが整体であるとすれば、たしかに度というのは、そのベースになる。

1/20
禁糖4日目。
今回も助走なしに「うん、今日から」と唐突に始めてしまった。
このところコーヒー中毒みたいになってたのだが杞憂に終わる。
食欲旺盛。やたら腹が減る。

2021年2月16日火曜日

禁糖2021

第一期は1月の下旬にはじめたのだけれど、急に千葉から呼び出しがかかり十日目で中断。今年は、もうこれでよいかしらと思ったものの、旧正月が来て、やっぱり、もう少しやったほうがよさそうと、再開。二期目のほうがつらいのはなぜ。

知り合いから稽古場で禁糖はじめたのはいつですか?という問い合わせがあったので、調べてみたら、自分の文章として残っている一番古いものは2004年。蔵出しして、このブログの一番下に加えておいた。⇒<禁糖2004> もう、そんなに経つのだ。最初のころは梅雨前の時期にやっていた。それがいつから春先に移動したのか、これも調べてみたら2013年。それまで5月だったものが一気に3月に移動している。

禁糖中は食卓がやたら豪華になる。普段は一汁一菜のベジタリアンメニューなのに、急にお肉が食べたくなって鶏肉の塊を買ってきたり、連れ合いが急にさつまいもレーズン入りの蒸しパンをつくりはじめたり。われながらなにやってるかよくわからない。



2019年4月3日水曜日

豆腐とマメのサラダのレシピ

前掲したレシピブックに載せてもらったものの文章部分です。

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京都に舞い戻ってきて三年と少々。豆腐屋で豆腐を買ってきて食べるという生活が当たり前になった。それまで、豆腐にしても油揚にしても、スーパーの棚に並んでいるものを買ってくることしかしてなかったから、街の豆腐屋で普通に木綿豆腐を買ってきてたべるという生活が新鮮だった。普通の豆腐屋で普通の値段の豆腐を普通に食べられる普通の生活である。この普通がありがたい。いま通っているのは、とようけ屋山本という、一応老舗と呼ばれているお店なのだけれど、ここもほとんど製造販売所という体で、形がちょっとくずれた豆腐を値引きしてくれたり、いたく庶民的なお店である。野菜も同様で、季節を問わず、スーパーに並んでいる多種多様な野菜の中から適当に選んで買ってくることが常だったけれど、佐伯さんという農家・販売所ーといっても自宅なのだがーで買いはじめて、野菜の旬というものを知るようになった。無農薬低農薬で、しかも旬のものしか並んでないから、とにかく美味しい。菜食の彼女の影響もあって豆を食べる機会が増えた。豆は楽天堂さんという、なぜか旧知の豆屋さんで買ってくる。豆料理というと、チリコンカンは昔から自分でもつくっていたが、豆をサラダに使うとか、あまり考えたこともなかった。大豆が美味しいなんて、これまで思ったこともなかったが、煮た大豆とお米を一緒に炊いた豆ご飯は、いまや主食と化している。

さて、とようけ屋山本の木綿豆腐と佐伯さんの野菜と楽天堂さんで買ってきた豆を使ってサラダを作るというのが、今回の宿題に対する答案なのだが、はたしてこれをDIYと呼べるのだろうか。自分で作ったものは何もない。材料を買ってきて、それを並べるだけである。第一、火も使わないから、料理と呼べるかどうかさえあやしい。さて、ここからがレシピ。

野菜は洗ってちぎり、皿に並べる。レタス、ほうれん草ー柔らかくていつも生で食べてしまう、赤カブといったところ。木綿豆腐は半丁分くらいをゆっくり手のひらでつぶしながら野菜の上に置いていく。そのわきに、煮豆ー大豆であったりひよこ豆であったりーを並べる。その上に、自家製ヨーグルトー自家製といっても、コープで買ってきたカスピ海ヨーグルトを種にして、牛乳と豆乳を半々くらいの割合で混ぜ二日ほど放置しただけのものーをかける。あとは適当に塩胡椒をふりかけ、さらにオリーブオイルとお酢ーこれは一条商店街のお酢屋さんで買ってきた玉姫酢ーを廻しかける。これでサラダのできあがり。このサラダに難点があるとすれば豆乳をAmazonを通して買っているところだな。チーズを載せることもあるが、これも成城石井とかジュピターで買ってくるものだ。

これをDIYと呼ぶかどうかはさておき、自分の体を動かすことで、皿の上にサラダが出現するという意味において、ほんのすこしだけDIYにカスるのではないかと思っている。豆腐のつぶし加減とか、お酢の廻しかけ具合とか、この即興感がたのしいのです。余談ですが、このサラダは身体教育研究所で毎年旧正月のこの時期行っている「禁糖」ー砂糖類を二週間程度断つことで「度合い」に対する感受性を取り戻す試みーにふさわしいレシピでもあります。

2018年3月13日火曜日

テキスト

やりかけだったテキストのデータベース化作業再開
これまで書いてきてものを年毎ひとつのまとまりにするだけのことなのだが、
30年分もあると、結構めんどくさい
PDFとして保存していたブログからテキストを取り出そうと思ったら、
画像として保存されているものなどあって、手こずった
最近知った、google drive、google doc経由でテキストを取り出す手法でなんとかテキスト化に成功
ひたすら、コピー&ペーストするだけの作業

これやって、なんの役に立のかという疑問はある
はじめて禁糖をやったのはいつか?といった自分の問いに応えるくらいのことである
(2004年のようです)

32ファイルあわせて、パソコン上のデータ量が4メガバイトに満たないことにおどろく
昔風にいえば、フロッピーディスク数枚に収まってしまう分量
あるいは、デジカメ写真1枚分と言い換えてもよい
30年間、書き続けてきたものの分量とデジカメ写真1枚がデータ量的には等価
とは何を意味しているのか?

文字情報というのは抽象の極み、ということになるのでしょうね
俳句など十七音で世界を記すわけですから

2018年2月8日木曜日

禁糖終了

禁糖終了
待ちきれず終わった
というより、飽きて終えてしまった
今回は、スパッと始めてスパッと終わったというよりも、
ひょいとはじめて、ひょいと終わった
ちょっと自信なかったのだけれど、
禁糖終えてからの方が、腹部第2はしっかりしてるから、これでよかったのだろう
劇的なことは何も起こらず、なにもかもが普通だった今年の禁糖
それでも、チャイに蜂蜜入れて飲めるのは嬉しい

2018年1月25日木曜日

禁糖2018

朝寝床の中で腹部第2に触れてみたら、禁糖警報を発していた
それが昨日のことで、一昨日買ってしまったどら焼きに後ろ髪を引かれながら禁糖開始

先週5泊6日の日程で東京に行ってきたのだが、
食事の量も普段より多めだったし、甘いものを食べる機会も多かった
腹部第2に変調をきたした状態で京都に帰ってきたのだが、
結局、そのまま禁糖に入ることになってしまった

十年もやってると、すでに季節の風物詩みたいなもので、淡々とやるだけ
このところ外食する回数も減ってるし、食生活が大きく変化するわけでもない
それでも、いざ禁糖を始めると、自分の中にある食への執着心が前面に出てくるのが面白い
昔は禁糖中の料理写真をブログに載せたりもしてたけど、もういいでしょう
今回は干し芋で乗り切ります

あ、禁糖って、度合に対する感受性を取り戻すための稽古ですからね
この点はお忘れなく

2017年9月15日金曜日

なぞる

ここ二週間、固形物が食べられない
腹は減るので、食べものを口に入れるものの、
胃のあたりで滞留して、下に落ちていかない
「せうそこ3」に載せた「出立記」をなぞっているようだ

笑福亭のきつねうどんは、するりと入る
でも、普段だと物足りなく感じるくらいの量なのに、重い
この季節、食べる量が減っても不思議ではない
ただ、その現れかたが、ちょっとはげしい
菓子類もほぼ口にすることもなく、ほぼ禁糖状態

体調はすこぶるよい
眠りも良くて、ゴミ出しを逃すこともない
静かに、体の組み換えが進行中

2017年5月20日土曜日

あなたの体は9割が細菌

今年これまで読んだ本の中では群を抜いて面白かった。肥満は伝播してきた、免疫系における虫垂の重要性、自閉症と大腸の関係、経道出産時における母体から新生児への免疫系の伝達、等々。大腸のマイクロバイオータと呼ばれている細菌群の多様性とそのはたらきについて書かれている。ここ百年ほどの間に、抗生物質に代表される薬品が使われてきたことで、何万年もかけて築きあげられてきた人体と細菌の共存関係が毀損され、さまざまな問題の原因となっている。眼から鱗が何枚も落ちた。と同時に、晴哉先生の慧眼にいまさらながら驚かされた。禁糖前と禁糖後のマイクロバイオータの多様性の比較などしてみると、どんな結果がでるだろう? これから子どもを育てようという世代必読(稽古もしてね)。原題は"10% Human". 「10%だけ人間」という邦題だと売れないな。

あなたの体は9割が細菌 アランナ・コリン著 河出書房新社 2016

2017年2月12日日曜日

春が来た

禁糖がはじめられると思ったら、急に身内のお葬式が入り、月はじめ三日ほど上京して来た。通夜葬式に一通り付き合うということは、そこで出てくる料理に手を付けるということで、禁糖どころではない。結局、正式な禁糖を始めたのは帰って来てからなのだが、プレ禁糖をやっていたにも関わらず、それなりの飢餓感が襲ってくる。映画『沈黙』を観に二条駅まで行き、そのまえに一階にある本屋を冷やかしていると、平積みされていた『一汁一菜でよいという提案』という本に呼ばれたような気がした。手に取ってみると、装丁といい写真といい、なんだか読みたくなってレジに直行。ご飯と具だくさんの味噌汁を基本とすることをカタとすることが書かれている。食に対する真摯な感じが伝わってくる素敵な本だった。禁糖期間中ならではの出会い。今回の禁糖のヒットは焼き芋。アルミホイルにさつまいもをくるみ、それを火鉢の灰の中に埋めておく。一時間もしないうちによい香りが漂ってくる。これは美味い。その香りが部屋からなかなか抜けてくれず、稽古会の前には食べられないところが難点である。週末は白山稽古会。今回は一泊二日なので、持参のおにぎりと簡易味噌汁で乗り切った。石川に出かけた時は一ヶ月の中でも集中的に外食する期間なのだが、雪模様だったこともあり、外出もせずホテルの部屋でひたすら橋本治の『浄瑠璃を読もう』を読んでいた。禁糖、尾骨焼塩など、春の風物詩みたいなものである。旬の時期に旬のことをやっておくと季節の変化に上手に対応できる。われわれ夏冬30度の温度差の中を生きているわけで、それだけでも人間の適応力というのはたいしたものだと思う。ただ、尾骨焼塩にしろ足湯(そくとう)にしろ、僕の中では、身近な人間同士でやりあうものとしてあり、自分一人でやってる風景というのは空想しづらい。子育てをしている中で、足湯など頻繁に活用してきたけれど、最近は、足湯の潜在意識教育的な側面が薄れてきた印象があって、それはちょっと残念。ともあれ、今年いちばんの寒波到来とはいえ、もう春ですね。

2017年2月4日土曜日

禁糖2017

禁糖をやるとなると2週間ほぼ外食ができないので、自分の日程と照らし合わせて、禁糖計画を立てることになる。でもそれでは、本当はどのタイミングではじめればよいのかが怪しくなる。今回は、その始まりを確かめるべく、「プレ禁糖」と称して、1月の下旬から、お菓子、コーヒー断ちをはじめてみた。外食は許容。プレ禁糖とはいえ、おそらく量的に言えば、限りなく禁糖に近いもので、実際にすこぶる体調もよい。なのに、腹部をみると、中指から薬指に動いていく。薬指に移り切った時が、本当の開始時期になるのだろう。プレ禁糖1週間目で薬指に移った。つまり禁糖開始。残念なことに、突発的な行事が飛び込んできて、そのタイミングで禁糖に入ることはできず、かろうじてプレ禁糖を継続中。禁糖は明日の日曜日からはじめることにします。ど真ん中に白山稽古会が入っているのですが、おにぎりとフランスパンで乗り越えられるでしょう。この時期、尾骨焼塩もやっておきたいところだが、稽古に組み込むわけにもいかないし、さてどうしよう。