2021年5月9日日曜日

八島花(やつしまはな)稽古会

緊急事態宣言がまた出て、もやもやした感じはありますが、やります。
まだ人数的には余裕ありますので、ご興味のある方はお申し込みください。
(5/9)

 東京で稽古会を開きます。場所は墨田区。15年ほど前、大井町稽古場で若者塾という稽古会をやっていた時期があります。その若者塾に参加していた後藤大輝さんが、墨田区京島に移り住み、長屋の保全活動に携わることになり、長屋文化協会という会を立ち上げました。その長屋のひとつが稽古場仕様のものに改築され(名称は旧邸稽古場)、貸しスペースとして活用されはじめています。私自身は5年半前に京都に引っ越しましたが、去年の春から訳あって京都と千葉を往復しています。千葉佐倉では何度か稽古会を開く機会はあったのですが、この度、東京でもやってみることにしました。ほぼ6年ぶりの東京での稽古会ということになります。テーマは「活元運動を稽古する」。 

 日時   5月16日(日)10時〜16時(途中昼休憩あり)  
 会場   墨田区八広2−45−9 旧邸稽古場  
 会費   5000円
 定員   8名程度(予約制)  
 テーマ  活元運動を稽古する(別紙参照)
 参加資格 整体協会会員であれば参加できます 



リモート稽古

あー、とうとうリモートで稽古をすることになってしまった。某基金のアーティスト・イン・レジデンス・プログラムを通して、昨年の今頃京都で3ヶ月過ごす予定だったベルリン在住の演劇、振付をやっている、そもそもがサンパウロの大学PUCで田中さんのクラスに出ていたアーティストが相手。プログラムはコロナ禍で一年延期。今年になっても、人の移動は制限されたままで、結局、「レジデンスオンライン」という、クエスチョンマークが頭の中で点滅する扱いでプログラムが始められることになったとのこと。ついては、オンラインレッスンをやってもらえないかとのリクエストが届いた。なにが可能なのか? どちらかというとzoomを使ったオンラインレッスンには否定的なスタンスでここまできたけれど、話を聞いてみると、アーティストたちが置かれている状況が気の毒になって、重い腰を上げることにした。 

 しかししかし、リアルに向き合って稽古することが当たり前のものを、空間を共有できないオンラインでできるかというと不可能という言葉しか思い浮かばない。厚さ1メートルのガラス越しに向き合っている気分。まず、手取り足取りという方法論が成り立たない。見て真似してという視覚だのみの方法の有効性は信用できない。ちいさな画面を覗き込むだけで内観性の大半が失われてしまう。むしろ、聴覚音声言語+テキストを前面に押し出した方が、可能性があるんじゃないかと思い始めている。そうなると、今度は、言葉ーおそらく英語ーの問題が表にでてくる。実に悩ましい。 

 まずは三脚を購入することから始めることにした。

2021年5月5日水曜日

自前のメディア

自前のメディアがあったほうがよいのではないか、というのが、先日やった「学びについて考える」の勉強会で出てきたアイデア。そのメディアに身体性を与えるためには、モノ、たとえば紙という物資感のあるものに文字を定着させ、それを手渡しで配布するという、一昔前のミニコミと呼ばれていた方法が有効ではないか。僕自身、一九八〇年代から九〇年代にかけて個人通信を出していたことがあり、それがインターネット上でのブログにつながっている。このところ、一九六七年から四半世紀つづいた「かわら版」のデジタル化作業をしていることもミニコミというメディアを考えるきっかけにもなっている。ブログに書いたものを編集し、それを再び紙の上に定着させてみる。横のものを縦にするだけのことなのだが、このような小さな実験からはじめてみようと思う。身体性の問題からいうと、手書き文字についても考えねばならないだろう。この号は試作版として、ブログ「sunajiiの公私混同」に先月載せた記事をもとにつくってみる。B5版でつくりたいところだが、プリンタが両面印刷に対応しているのはA4のみなのは残念。これも身体性を考えていく上での大問題のひとつ。

と、ここまでが試作品の前書き。久しぶりに紙というメディアを相手にしようとすると、いかにブログがお手軽メディアだということが露呈してくる。器の大きさが限定されれば、原稿の取捨選択が行われるし、フォントの種類、大きさも考慮される。紙の質も考えざる得ない。出来上がったとしても、実際に動かないと人の手には渡らない。つまり手間隙がかかる。重層的な運動の連鎖を通じてようやく他者にたどり着く。物理的拘束から自由になるということで身体性が失われていくというのはトレードオフの関係にある。インターネットの時代になって、自分たちが何を得て何を失ってきたのか、少し自覚しておいたほうがよい。



2021年4月30日金曜日

大法院

図書館からの帰り道、遠回りして妙心寺
境内を通り抜ける途中、お抹茶と和菓子の看板を発見
導かれるように大法院へ
ツツジは満開、露地庭園は新緑に包まれている
お茶をいただきながら庭を眺め、通り抜ける風の音に耳を澄ませる
お茶室にも座らせていただく
重心がずんと降りてくる
へぇー、ここでお茶の稽古もやってるんだ
静かな京都に風情が戻ってきた
長く感じた4月も今日でおしまいだ
 

4月の読書

Twitterと読書
なんでTwitterやってるんだろう、と時々思う。たしかにニュースや地震速報は有用だ。サッカー速報もTwitter経由でみることも多い。でも、最近になって僕にとってのブックガイドになっていることに気づいた。毎月、読んだ本のリストをここに載せてはいるけれど、半年も経つと、いったいどのようにその本との縁が生じたのか忘れてしまっている。振り返ってみると、Twitterでフォローしている人のツイートに触発されたものが結構ある。なので読書の感想などをツイートしてみることにした。本のタイトルをクリックすると、ツイートにたどり着くはずです。では、実験開始。

(4/9 )実験的に始めてみたものの、Twitterの投稿は修正が効かないことを発見。修正するには一旦削除して再投稿する必要がある。すると、その投稿にぶら下がっていた次の投稿が宙ぶらりんになってしまう。1パラグラフを140字にまとめて、それを繋いでいくスタイルは面白いのだが、我ながら誤字脱字、事実誤認の多さにあきれてしまう。

無冠、されど至強* 木村元彦 ころから 2017
金色の虎* 宮内勝典 講談社 2002
災害特派員 三浦英之 朝日新聞出版 2021
13坪の本屋の奇跡 木村元彦* ころから 2017
海とジイ* 藤岡陽子 小学館 2018

2021年4月25日日曜日

保津峡

東京での研修はパス
月に2回も新幹線に乗ってられないよ
ということにして、京都で静養 

保津峡に出かけることにした
孫たちが遊びにきた時の下調べを兼ねて、トロッコ列車に試乗
まずは始発駅ちかくのコーヒーヤマモトで腹ごしらえ
京都の喫茶店を特徴付けるものとしてタマゴサンドは外せない
そのボリューム感に圧倒される


























5両編成のトロッコ列車
これまでなら予約を取ることさえ難しく、
あれは観光客ものと、乗ろうとさえ思わなかった
緊急事態宣言前日とはいえ、そこそこにぎわっている
乗っている時間は30分弱
窓ガラスのない換気100パーセントの車輌から保津川の流れが眺められる
新緑が美しい

























終点のトロッコ亀岡から山陰線の馬堀まで歩き、次の京都方面行きの列車を待つ
昔一度だけ、この駅に降りた記憶はあるが、京都のベッドタウンとして開けてきたようだ
ほどなく列車が到着したので乗り込み、ひとつ目の保津峡で降りる
ここから嵐山に向かって歩くことにした
下流に向けて歩くのだから楽勝だろうという読みは甘かった
川面はどんどん遠くなり、結局、大きな峠をひとつ越えることになった
しっかりしたハイキングになった





2021年4月21日水曜日

節目

千葉通いが始まって丸一年

一年365日のうち121日、つまり一年の三分の一を千葉で過ごしたことになる

孫たちと過ごした一年ともいえる


孫たちにとって、僕は闖入者

行き来はあったものの、ジージは、たまに来る人

そういう存在だった

急に、一緒に過ごす時間が増えた

緊急事態に子供たちも緊張していたが、

僕にしても、いきなり、新しい環境に放り込まれることになった

最初の数ヶ月、勝手の違う台所で食器を何枚割ったことか

そんなジージが居る人として認められるまで同じくらいの時間がかかった


小さい人たちとの付き合いは大変だ

本気出さないと舐められる

お前は王子さまか?と向かっ腹が立つこともある

そのくせ、すぐ膝の上どころか肩にまでよじ登ってくる

男の子とは、動き続けるいきものだった

1年経ったら、二人だった男の子が三人に増えた


丸一年の節目

ちょっとひとやすみ