2022年10月5日水曜日

身体観 1

  「秋のソマティック京都フォーラム2022」(10月10日 主催 ソマティック心理学協会)が近づいてきたので、なにやるか思案中。そもそも、なんで呼ばれるのか謎。片桐ユズルのご指名なのでという以上の理由が思い浮かばない。三年前、やはり、この会に呼ばれたことあるのだけれど、「ソマティックス?」にも書いたけれど、もやもや感が残った。

 今回は、はからずも「まなざし」が共通テーマになっている。外の世界を見る以前に自分の体をどう観ていくか、というところから始めてみようか。つまり身体観の話。ひとつの技法の裏には、その技法を支える身体観というものがあり、その身体観の裏にはその身体観の基盤となっている世界観というものがある。内面化された支配的な身体観/世界観とどう対峙していくかという問題である。




2022年10月3日月曜日

70の風景

70になったら
どんな風景が見えるのか楽しみにしていたのだが、
思いのほか見晴らしがよい

ここまで生きれば、
もうあの人は短命だった
と言われなくて済むのもよい

気張りが抜けて
よりフラットになって
操法も上手くなった気がする

とはいえ、
耳は遠くなる目は霞んでくる
それに合わせた暮らし方を模索せねば

円が安くなって
外こもりは無理そうだから
しばらくは四国を歩くことにする

残された時間は思っていた以上にありそうで
40年中断していた韓国語を学び直そうか、などと考えはじめた
5年続ければモノになるかも

手に入れてしまった敬老乗車証
徘徊のルールが変わってしまった
バス停ふたつ分だけ乗るなんて、ありえんかったのに

古希に立ち踊場と識る秋の朝 (和宏)

敬老乗車証

敬老乗車証を手に入れしまった。
70歳って老人なのかというと微妙。古稀といったところで、生存率は80パーセントより高く、僕の世代は、もともとの母数が多いから、毎年、生まれてくる子どもたちの数よりたくさんの人間が古稀を迎えてしまう。まったく稀ではない。
これから先、適用年齢を75歳まで上げてゆき、値段も高くなっていくらしいが、年間6000円(来年以降は9000円)で京都市バス地下鉄乗り放題というのは、徘徊老人にとっては、ありがたい。これまで、バスの停留所ひとつふたつ分で降りてしまう乗客の姿が不思議だったが、この乗車証を使えば、そういうこともできるわけだ。
京都で暮らしはじめて丸7年。生活圏はどんどん狭まってきていたが、この魔法の杖を使って、未知の京都を探検していくことにする。



2022年9月30日金曜日

9月の読書

自民党の統一教会汚染 追跡3000日 鈴木エイト 小学館 2022
けもの道の歩き方* 千松信也 リトルモア 2015
古代から来た未来人 折口信夫 中沢新一 ちくまプリマー新書 2008
アースダイバー 神社編* 中沢新一 講談社 2021
この国の戦争 奥泉光・加藤陽子 河出新書 2022
祝祭と予感* 恩田陸 幻冬舎 2019
家(ちべ)の歴史を書く* 朴沙羅 筑摩書房 2018
日高六郎 95歳のポルトレ* 黒川創 新宿書房 2012
アン・ソンギ* 村山俊夫 岩波書店 2011
疫病神* 莫言 勉誠出版 2014

2022年9月29日木曜日

踊り場

 孫たちと付き合っていると成長というものががいちようでないことがよくわかる。順調に成長していても、それが停滞する時期はある。踊り場と呼べるような時期。そんな状態になると、子ども心にも不安になるのか、「じーじ、面白いことない?」などと訊いてくる。そんな時には、「そうだね〜」と相槌は打っても、これはどうあれはどうと方向性を示すことはしない。この時期は、力を溜めている時間なのだろう。数ヶ月しないうちに、自分の興味をちゃんと見つけてくるものだ。

 大人にももちろん踊り場はある。この9月ひと月はそんな時期だった。月初めの白山稽古会行きが頓挫したこと。70になって見えてくる風景が変わったこと。耳が遠くなり、これから先どんなふうに稽古を進めていけばよいのか迷っていること。いろんなものが重なって方向性が見えなくなっていた。おまけに9月は毎年不調な月でもある。こういう時は、じたばたしても仕方がない。粛々と稽古して、読書に励み、あとは土いじりをして時を過ごす。

 ぼちぼち踊り場を抜け出す時期にたどり着いたようだ。月末三日間の稽古会が始まり、久しぶりに本格的な脱力動法などをやり、歩むべき方向が見えてきた。白山登山で得た教訓どおり、一歩一歩進むだけだ。

2022年9月17日土曜日

大型台風接近中

 猪もともに吹かるる野分哉(芭蕉)


2022年9月10日土曜日

アン・ソンギ

韓国文学の中心にあるもの」を読んで以来、韓国熱再燃。実現しなかった未来ーパラレルワールドとして、韓国韓国語というものが、僕の中であるらしい。その後ろに、曽祖父角三郎の姿もちらちら見える。

で、アン・ソンギ。韓国を代表する俳優。てっきり年上だと思っていたら、1952年生まれ。まったくの同世代ではないか。僕にとって、1976〜86の十年間が、一番、韓国が近しい存在であった時期。ソウルを訪ねるたびに、理解できない韓国語をものともせず、映画館に足を運んでいた。もっとも、アン・ソンギの姿をスクリーンではじめてみたのは、京都で自主上映された「風吹く良き日」だったかもしれない。

アマゾンプライムで韓国映画が結構な数見られることをしり、このところ、韓国映画を続けざまに見ている。「ペパーミント・キャンディー」「南山の部長たち」「黒水仙」「シルミド」「光州5・18」。いずれも、近現代史を題材にした映画。ここ70年の間、海峡を挟んで日韓の民衆が経験したものの違いに目眩を覚えるほどである。すくなくとも、僕らは、国が戦場になり、自らが難民となって右往左往した経験はないし、国軍に銃を向けられるといった経験もしていない。そのような経験をしている人たちを横目で見ながら、あるいは、見て見ぬふりをして、高度成長に邁進してきたのだ。

続けざまに韓国映画を見て、歴史の中で圧殺されてきた民衆の怨嗟の声を伝え、果たされることなのなかった同輩たちの未来を成仏させようという、映画人の強い意志を感じるのだ。「韓国文学の中心にあるもの」は「韓国映画の中心にあるもの」であり、なぜ、韓国映画は骨太なのかという素朴な疑問への答えでもあった。