2024年8月18日日曜日

植物考

藤原辰史 の「植物考」。
何年か前、書店で見つけた時には、表紙の写真が怖くて、手に取ったはよいが、すぐ書棚に戻してしまった。

ツル系の植物成長を観ていると、なんと頭がいいんだろうと、いつも感心させられる。柔らかい紐のような触手を空中に揺らせて捕まるところを見つけ、あっという間に、巻きつけていく。一旦巻きついたら、じょじょに水分を抜いて固定化させていく。グリーンカーテンとして毎年育てているゴーヤ用に張っている麻ひもの上を等間隔でツルを巻きつけながら進んでいく様は美しい。

根を持つこと、翼を持つこと。
このフレーズは、僕の記憶が正しければ、1970年代、僕らのバイブル的存在だった真木悠介 (見田宗介 )の「気流の鳴る音」 で使われていたものだ。土着と放浪、この二律背反とどう折り合いをつけていくのかが、若者にとっての大きなテーマであった。しかし、藤原は言う。根をもち、その土地に縛られているように見える植物は、世代をつなぐとき、風の力を借り、鳥の翼を使い、人の力も借りて、大きく移動するのだと。まったくその通りだ。



2024年8月16日金曜日

冷蔵庫を冷やす

今年の夏はアイスクリームをよく食べている。
これまでなら、ハーゲンダッツのバニラのパイントサイズをひと夏かけて食べるというのが夏の贅沢だったのだが、今年はすでに三つ目に入っている。グリーンティーを試したら、これも気に入ってしまい、そうなるとストロベリーも食べたくなって、とうとう冷凍庫に3種類のハーゲンダッツのパイント揃い組になってしまった。

冷凍庫からアイスクリームを取り出して、蓋を開けて掬おうとしたら妙にゆるい。溶けてはいないのだけれど、スプーンがスッと入ってしまう。この暑さに冷蔵庫の冷却能力がなくなってきている。この小型の冷蔵庫、引っ越してきてすぐに買ったものだから、もう9年使っている。そろそろ寿命なのか? 概ね冷蔵庫は大型のものの方が冷却能力は高い。大型のものの方が潤沢に断熱素材を使っているから、大型の冷蔵庫の方が冷却効率は高く、小型の冷蔵庫を比べても電気代に大きな差はない。でも、場所を取られるのが嫌で、あえて小ぶりの冷蔵庫にした。

冷蔵庫の側面に触れたら発熱している。気張ってるわけだ。熱中症寸前と言ってもよい。このまま続けていると、爆発はしないだろうが、燃え尽きてしまいそうだ。側面に濡れタオルを垂れ下がらせて風を当ててみることにした。気化熱を使って冷蔵庫を冷まそうという魂胆である。サーキュレーターの風をしばらく当てていると少し冷めてきた感じはある。これはいけそうと、一晩、風を送り続けることにした。

翌朝、冷蔵庫を開けてみると、気持ち冷えている。空冷式の冷蔵庫って、洒落にならない。でも、これで夏を越せそうだ。

2024年8月14日水曜日

誕生日

12歳の誕生日というので、街に出た。
ひさしぶりのイノダ本店。はじめて2階の席に座る。
ガッツリ系には向かわず、おとなしくイタリアンパスタとコーヒー。
連れ合いの野菜サンドもひと切れつまませてもらい、これでもう腹いっぱい。
思いのほか空いていて、帰省中の子供たち孫たちと昼を食べに来たジジババの姿が多い。

還暦を迎えたのは311の翌年だった。それから12年。
12年で生まれたての赤ん坊も思春期という大人の入り口にたどり着く。
それくらい長い時間が経過したということになる。
僕自身、二度目の思春期を迎えるまでに成長したというわけだ。
目出度くないはずがない。

そこから四条烏丸まで、錦市場、大丸の地下を通り抜けて歩く。
くまざわ書店を覗き、自分への誕生日プレゼントとして「はじめての橋本治論」を購入。
成城石井でチーズを買い、これまた誕生日用なのかホールのアップルパイを買う。

地上に出ると天気予報通りの暑さ。今日の京都の最高気温は37.9度。

2024年8月7日水曜日

整体3.0

 不謹慎を承知の上で、いまの整体はどのバージョンで動いているのか考えてみると、整体3.0ということになる。活元運動と愉気の時代が整体1.0、それに動法内観が入って整体2.0。そこに更に双観独観が加わって整体3.0。もちろん、身体教育研究所という枠組みの中での話である。もっとも、僕の知らない整体4.0というのが生まれている可能性もある。

 それにしても、ここ十年の変化は大きかった。つまり、ロイ先生が亡くなり、ダン先生が整体協会全体の指揮を取り始めることになってからの十年である。個人的にも変化の多い十年であった。いきなり「双観」といわれ戸惑った。おーい、おれたち内観派じゃなかったんですかと異議を唱えても、師匠はさっさと先を進んでいく。君子豹変す、というのは、自分的にはよい意味なのだけれど、梯子を外される側にとっては苦難の道が待っている。それが、進化深化の道であったことは疑いようがない。整体2.0から整体3.0へ。

 身体教育研究所ができて36年。人生の半分をこの結社とともに生きてきたのかと思うと感慨深いものがある。稽古場を始めるときに、師曰く、ここは「技を通して野口晴哉の思想を追求する」場であると。技以前に、技を可能たらしめる体をつくるといって、動法の稽古がはじまった。時折、本部稽古場で竹棒を振り回している場面が脳裏に蘇る。あの時代があったから今がある、という言い回しは、あまりに陳腐で年寄りじみているけれど、体ができてない人間に技の追求は無理というのは、いまでも真理だと思う。

 やはりOSとの対比で整体を語るのは無理筋か。

2024年8月5日月曜日

白山稽古会

8月の白山稽古会から帰還。石川もしっかり暑かった。
この白山稽古会、15年続いている。
京都に引っ越して9年になるから、京都から通っている期間の方が長くなってしまった。

この会が始まったとき、まだ北陸新幹線は開通してなかったので、東京から越後湯沢まで上越新幹線で移動し、そこから、直江津までほくほく線、そこからさらに北陸本線に乗り継いで金沢にたどり着くというルートだった。片道5時間。直江津で買った鱒寿司を日本海を眺めながら食べていた。飛行機と宿がパッケージになっている出張パックというものを見つけて、飛行機で小松に飛んでいた時期もあった。十年前、亡くなった妻が秋田で入院静養していた時期には、上野から山形新幹線で新庄、そこから奥羽線で院内という駅まで行き、そこからまた新庄に戻り、日本海に出て村上新潟経由で金沢。そして帰りは米原経由の東海道新幹線という、日本半周コースで移動していたこともある。交通宿泊費を考えると、黒字にもならず、かといって赤字でもない稽古会だったけれど、なぜか6年間通った。参加者の関心と僕自身の首都脱出欲求が合致したということなのか。



2015年に京都に引っ越してきてからは、金沢直通のサンダーバードが使えるようになった。便数は少ないが、会場であるふるさと館のある松任に停る便もあって、これは便利であった。窓から四季折々に姿を変える琵琶湖や白山を眺めながら、ときにはうたた寝をしながら石川に通った。金沢までの北陸新幹線が開通したのは2015年のことなので、それほどは利用してない。しかし、新幹線開通で金沢の駅は大きく変わり、観光客がどっと増え、金沢駅周辺のホテルが取りづらくなっていった。コロナ前の話である。

そして、とうとう新幹線が敦賀まで延伸してしまった。京都からサンダーバードは敦賀。そこから新幹線に乗り換えて小松または金沢。そして松任へ。乗り換えが2回。それぞれ電車に乗っている時間は1時間に満たず、つまり、うたた寝をしている余裕がなくなってしまった。時間は短縮されない。運賃は上がる。関西から北陸を目指す人間にはまったくメリットのない新幹線延伸である。おまけに、関東方面からの観光客とインバウンド客の増加で、また金沢駅周辺の宿が取りづらい状態に逆戻りである。

そもそもこの会は、松任で活動していたワンネススクールの森さんの要請で始まったもので、ここまで継続して稽古しているメンバーの顔ぶれをみると、なんらかのかたちで森さんと縁のある方たちである。森さんは本人は多忙すぎてフェードアウトしてしまっているけれど、しっかり気配だけは残していっている。月一の稽古でできることは限られていて、あまり前に進んでいる感じはない。それでも積み重ねられ、深まっているものがあることは疑う余地がない。15年もやっているのに、参加者の数が増えていかないのは、僕の力量の故である。

さていつまで、この会は続くのだろう。金沢に稽古場もでき、そっちで稽古してもらえればとも思うのだが、白山と金沢は、同じ加賀とはいえ気風が違ったりするので、当面、棲み分けるかたちになるのだろう。ここにきて、若い人が加わったりして、ちょっと活気も出てきてる。老骨に鞭打って、もう少し白山に通うことにする。今回は、往復とも小松経由で松任、宿泊も松任だったから金沢に足を踏み入れていない。


2024年7月29日月曜日

7月の読書

こわばる身体がほどけるとき* 板橋勇仁 現代書館 2021
加藤周一、米原万里と行くチェコの旅* 小森陽一・金平茂紀・辛淑玉 かもがわ出版 2019
一汁一菜でよいと至るまで* 土井善晴 新潮新書 2022
生きる場所をどうつくるか 瀧口夕美・黒川創 編集グループSURE 2024

横浜フリューゲルスはなぜ消滅しなければならなかったのか* 田崎健太 カンゼン 2024
 1999年の元旦、高熱を押して僕は国立競技場で行われた天皇杯決勝、横浜フリューゲルス対清水エスパルスを観に行った。この試合を最後にフリューゲルスというサッカーチームは消滅した。一人の横浜市民として、フリューゲルスファンとして、クラブの消滅は理不尽に思えた。それから四半世紀の時を経て、クラブ消滅に至る「失敗の記録」が一冊のノンフィクションとしてまとめられた。

パンとサーカス* 島田雅彦 講談社 2022
 島田雅彦って啓蒙家なんだ。啓蒙家はサーカスのピエロなのか。それとも、僕が皮肉屋に過ぎるのか。

反穀物の人類史* J・C スコット みすず書房 2019
 「ゾミア 」の著者であるJCスコットの手による人類史。なぜ人類は穀物を栽培し定住を始めたのか? 狩猟採集の時代から周辺の環境を変形させながら人類は定住に近い様式で生活を営んできた。その後現れる穀物依存の生活より栄養的には多様性が豊かで豊潤だったのにもかかわらずだ。穀物を育てる労働集約型の生活は人口の密度を高め家畜化された動物の密度を高め、結果、疫病の蔓延を許した。なのにどうして穀物なのか。税金として取り立てやすいのが麦米トウモロコシといった穀物だった故に、時の権力者たちは住民を定住させようとした。定住地から逃亡する者も多かった。人口の減少を食い止めるため戦争をした。奴隷を獲得するために。国家に寄り添うように、あたかも文明が農耕とともに「進化」してきたように語られてきた定説を覆す一冊。そう、人類はは税金取りを養うために定住させられたのだ。高野秀行はこの本を読んだ上で「イラク水滸伝 」を書いたのか、すごく気になる。なんせ舞台は古代文明が生まれたイラク南部の湿地帯なのだ。時代区分でいえば縄文期と重なる。おーい、だれかJCスコットに縄文時代のことを教えてやってくれ。

2024年7月25日木曜日

片桐庸子さんのこと

7月20日、片桐庸子さん逝去。
最後に顔を見に上賀茂の自宅に伺ったのは、先週の火曜日だったから、
その4日後ということになる。
すでに幽明の世界を往き来していて、さて次はあるのかと思いながら帰ってきた。

はじめて会ったのは1977年のことだと思うので、付き合いは半世紀に近い。
私の29年ぶりの京都帰還をいちばん嬉んでくれたのも庸子さんだった。
稽古に見えるたびに、昔話ー昭和20年代のことが多かったーをしていった。
早稲田での同学年に小林信彦や富島健夫がいたそうだ。

ユズルさんに続き、庸子さんも居なくなり、
まあ、京都に戻ってきたミッションの半分くらいは果たした気分だ。


一度、庸子さんの器でお茶会を開こうか。