紙という平面に時間が込められている、それが書ー墨蹟というものだ。始めがあって終わりがある。書いた人の身体の運動の軌跡が線や点となって紙の上に残されている。さらにいえば、身体活動のもとになった、感覚の動きや質までが、その奥にある。
ぼくらが書をみてなにかを感じるとき、それは、空間的な美しさもあるのかもしれないが、むしろ、書いた人の感覚や動きを自分自身の体でとらえているのだ。それは書に限ったことではない。音楽を聴いて感動するのだって、踊りを観て感動するのだっておなじことだ。野の草花に感動することだっておなじこと。
筆動法は、ぼくらが書を観て感じることを、逆にたどって、実際に筆を手にして字を書いてみようという試みだ。上手な字を書こうなんてことはみじんも思っていないし、実際、上手くもならない。でも、感動する能力は、少し身につくかもしれない。
筆動法をやるとき、手では書かない。無論、筆は持つ。ただし左手。左利きの人は右手で筆を構える。つまり利き腕ではもたないというのがルールその一。手では書かないといったけど、それは無理でしょうという質問がくる。すくなくとも書かないというつもりになる。なぜかというと、手というのは体からいえば末端にあたる訳で、末端から先に動いてしまうと、ナカの動きがわからなくなる。とりあえず、ここでいうナカというのは、胴体だと思っておいてもらえればいい。実際、手をどう扱うかというのは大問題なのだが、このことは後回しにする。
そうそう筆を手にする前に、墨をすらなきゃいけない。墨汁でいいじゃないかという人も出てくるが、ここはまず墨をすってみる。これって結構基本。墨をするにしても、やっぱり手は使っちゃいけないという。手ですらず、体でする。足首を返して座りー跪座といいますー両手首を膝に押しつけたところからはじめる。手首を膝を離してはいけないとすれば、もう実際に手は封じられたことになる。これで、墨を硯の上で滑らせようとすれば、胴体を動かすしかない。墨は硯の上を水平に前後運動しなきゃならない。 ということは、胴体も前後に水平運動しなきゃならない。これは大変。
ここからカタの問題が出てくる。これはかなり大事というか、このために筆動法をやっているといって過言ではない。跪座になって手首と膝をくっつけて墨スリするというのもひとつのカタ。つまりカタというのは、つまり動けなくしてしまうものなのですね。カタに入ると動けない。矛盾した言いかたになってしまうけれど、正確にいうとカタに入らないと動けない。ソトが止められてしまったら、あとはナカを動かすしかないですね。そう、ここからナカの感覚を動かすという稽古がはじまるわけです。
もっとも、実際には、ここにたどりつくまでが大変で、どうしたって外側が動いてしまう。無理矢理動かそうとする。力づくで動かそうとする。大半の人はここで脱落してしまいます。脱落してもらっては困るので、このところは甘くして、「まあ、十年かけてやってきましょう」と先に進めてしまいます。
2011年3月9日水曜日
2012年12月18日火曜日
四字熟語
筆動法。ときどき思い出したように四字熟語辞典を引っ張りだしてくる。言葉を探す。探すというより、辞典を後ろ手で開き、ページをめくり、指で位置を一点定め、そこにある四字熟語を書いてみるという趣向。一昨日の稽古で出てきたもの。「波瀾万丈」「縦横無尽」「精励恪勤」「羽化登仙」。
「波瀾万丈」は私。12月も半ばを過ぎると、一年を振り返るモードに少し入ってくる。波瀾万丈とはちと大げさ過ぎるが、でも、これでもかこれでもかというくらい、事件勃発の一年。年のはじめに「四国巡礼」宣言したことが遥か遠い昔のことのようだ。「縦横無尽」は筆動法初体験のHさん。筆を持つのは小学生のとき以来とかーこういう人は結構多い。はじめてにしては、いい線が出てる。若いくせに(年寄りの口癖ですw)頑固なHさんに縦横無尽さが出てくれば、これはもう鬼に金棒。「精励恪勤」はSさん。これは、「仕事に力を尽くし、怠らないこと。精力を傾注して励むようす」の意とある。「恪」には慎むという意味がありとも。ご自分で納得されていた様子。「羽化登仙」は再高齢のTさん。筆動法の稽古だけにやってくるという不思議な方。でも十年もやっているとT風というのがにじみ出てくる。字面をみて、あれ解脱しちゃうのかしらと、一瞬心配しちゃったが、このカルミはTさんにぴったり。
筆動法の稽古はやっていて楽しい
「順逆」の意味を今更ながら発見!
来年も月1回程度の割合でテーマ稽古として筆動法の稽古は続けます
「順逆」の意味を今更ながら発見!
来年も月1回程度の割合でテーマ稽古として筆動法の稽古は続けます
2022年7月24日日曜日
筆動法再開
今年になってから再開した筆動法の稽古が定着しそうでうれしい。
等持院稽古場をはじめた当初、筆動法は定例の稽古として組み込まれていたけれど、だんだん集まる人が減り、やったりやらなかったりという期間が長くつづいた。去年の秋くらいから、新たに稽古をはじめる人が現れ、その人たちに筆動法を提示したら、けっこう興味を持ってくれたので、このところ毎月の稽古に組み入れている。ようやく墨摺りという最初のハードルを超えたくらいのところで、まだ漢字一文字二文字書くのがやっとだけれど、一緒に俳句を書ける日もそう遠くない。杖使いの稽古からはじまった竹動法の進化バージョン(新聞紙の筒を使う)の稽古と併せて、筆動法の足捌きなどを稽古している。
2015年9月21日月曜日
2023年2月14日火曜日
石川合同稽古会4月筆動法編
石川合同稽古会4月 筆動法編
日時 4月1日(土) 10時〜15時
会場 白山市松任ふるさと館 (JR北陸線 松任駅前)
担当 安森和子(東広島稽古場)
会費 5000円
定員 16名
硯、筆、墨、文鎮、新聞紙(上敷・下書き用)は各自持参のこと
申込 等持院稽古場 角南まで
3/5締切 ただし、定員に達し次第締受付終了します
(2/27 定員に達しましたので受付終了します)
安森和子さんは、身体教育研究所発足時(1988年創設時の名称は整体法研究所)からの技術研究員で、角南にとっては同志とも呼べる存在です。とくに筆動法に関しては、おそらく誰よりも稽古している人です。今回、松任にある中川一政記念美術館をだしに石川まで連れ出すことに成功しました。石川のみならず関西関東からの参加も歓迎です。春の旅行シーズンと重なりますので、早目に告知しておきます。
安森さんの30年前の文章を発掘してきたので、下にリンクを貼っておきます。
2022年5月26日木曜日
筆動法から連句へ
僕らの稽古で筆動法というのがある。お習字の道具立てを使って行う動法の稽古。これについては随分前になるけれど「ぼくが筆動法を稽古するわけ」というタイトルで以前書いたことがあるので、そちらを参照のこと。
漢字というのは点と線で構成されている。この点と線の書き方をひと通り稽古すれば漢字が書けることになる。最初は漢字一文字からはじめ、回を重ねるごとに、半紙一枚に書く文字の数も増えてくる。もう少し沢山の文字を書こうとしていくと、俳句という素晴らしいお手本があることに気づく。そのころには、一度や二度はかな文字も書いてきているから、全紙一枚に五七五の俳句一句を書いて見る。こうして、芭蕉、一茶、蕪村といった江戸時代の俳人が残してくれた俳句を書くという稽古が始まった。「読む」だけでなく「書く」という俳句の鑑賞法のはじまりでもある。
活字として本の上に定着している俳句を、自分が手にした(左手で構える)筆に墨を含ませ(自分で摺ったもの)、しかも動法というルールに則って(書くという意志さえも封じて)、身体を通して和紙の上に移し替えていく。文字通り、全身で俳句を味わいながら書いていく。こうして僕は俳句の世界に踏み入っていった。芭蕉の「おくのほそ道」に出てくる俳句を全て書いてみるという稽古もやった。半年以上かけたのではなかったか。そこから、俳句以前に、連句という広大な世界が広がっていることを知った。
はじめて「猿蓑」を読んだときの衝撃は忘れられない。中身に衝撃を受けたのではなく、そのわからなさ加減に衝撃をうけた。隣同士の句のつながりが、まったく理解できなかったのだ。それでも連句を手本にして書いてみることにした。そして書いたものを壁に貼ってみた。まず発句を適当なところに貼り、次に、脇の句を貼っていく。さて、どこに貼るべきか。発句との距離は、高さは、角度は。脇の貼り位置が決まれば、続けて第三句。同様に、脇との位置関係をあれこれ試行錯誤し場所を決めていく。いってみれば、前の句との関係を空間的配列に置き換えてみるということをやっていたわけだ。
このようにして連句の世界に入って行った。仲間内での実作も多少試みた。でも実際に、連句の現場に足を踏み入れたのは三年前のことである。それはもう恐ろしく、かつ濃密な世界であった。
2013年8月12日月曜日
七夕筆動法
旧暦の七夕は8月13日なので
今月の筆動法は「七夕筆動法」と題し、11日にやることにした
整体協会には晴哉流の願い方が伝わっている
短冊に「…したい」、「…になるますように」などとは書かず、
「…になる」「…する」と断定調で書く
さらに、その書いたことを忘れる
願いごとをするのは難しいものだ
願ったことが実現することで人が幸せになるとは限らない
願いごとをするときは、それが実現すると思って書いた方が良い
安易に願いごとすると、それが引き起こす結末に振り回されることになる
こういうのを自業自得と呼ぶ
だから願いごとをするにも技がいる
何年か前の七夕筆動法の会では、半折の半紙を短冊に見立て、
願いごとをそのまま書いた
今回は、その願いごとを漢字一文字に凝縮することにした
敢えて解説は求めなかったが、参加者それぞれの願いがこもっている
さて何をどう願おうか?
http://fudedoho.blogspot.jp/2013/08/fudedoho-on-2013811.html
今月の筆動法は「七夕筆動法」と題し、11日にやることにした
整体協会には晴哉流の願い方が伝わっている
短冊に「…したい」、「…になるますように」などとは書かず、
「…になる」「…する」と断定調で書く
さらに、その書いたことを忘れる
願いごとをするのは難しいものだ
願ったことが実現することで人が幸せになるとは限らない
願いごとをするときは、それが実現すると思って書いた方が良い
安易に願いごとすると、それが引き起こす結末に振り回されることになる
こういうのを自業自得と呼ぶ
だから願いごとをするにも技がいる
何年か前の七夕筆動法の会では、半折の半紙を短冊に見立て、
願いごとをそのまま書いた
今回は、その願いごとを漢字一文字に凝縮することにした
敢えて解説は求めなかったが、参加者それぞれの願いがこもっている
さて何をどう願おうか?
http://fudedoho.blogspot.jp/2013/08/fudedoho-on-2013811.html
2014年7月6日日曜日
四字熟語
筆動法の時間、たまに四字熟語辞典を活用する
辞典を後ろ手に、つまり自分の目に見えない状態で頁をめくる
次に、開いたところの左右どちらかの頁を選び、
あてずっぽに指先で一点を定める
そこに載っている四字熟語をその日の課題とする
書きたくないものに当たったらどうする?
しかたない、もう一度、同じ手順で選んでみる
ただし、もっと書きたくないものが出てきても、前には戻れないものとする
三回目までは可
この方式に辿り着くまで、何度か失敗を重ねている
一発勝負でやっていた頃、一人の若い女性が「傍若無人」を選んだことがある
思わず、「うーん、ピッタリ」と手を打ったのが良くなかった
その後、筆動法に来なくなってしまった
知らない熟語と出会うこともある
知っている熟語に知らなかった意味が隠されていることを発見することもある
腑に落ちても書きたくないものと出会うことだってある
今日最初に行き当たったのは「玩物喪志」
出典は書経
出典は書経
・人を玩(もてあそ)べば徳を喪(うしな)い、物を玩べば志を喪う
・珍奇な物に心を奪われて大切な志を失うこと
耳が痛い
でも書きたい言葉ではない
・珍奇な物に心を奪われて大切な志を失うこと
耳が痛い
でも書きたい言葉ではない
で、もう一度トライ
今度は、「後生大事」が出てくる
うーん、後生大事か...
しかし、「いつも心を込めて勤め励むこと」という意味もある
しかし、「いつも心を込めて勤め励むこと」という意味もある
それぞれぴったりのものを選んでいるように思える
少なくとも傍目には
少なくとも傍目には
必ずしも「現状」を示唆するものとは限らない
来るべき将来を示していそうなものもある
今日の作品?はこちらで
http://fudedoho.blogspot.jp/2014/07/fudedoho-on-201476.html
来月、8月3日(日)は七夕筆動法にします
その前日、8月2日(土)の船橋稽古会も筆動法やります【詳細】
【 ↓ Iさん作の年々歳々】
今日の作品?はこちらで
http://fudedoho.blogspot.jp/2014/07/fudedoho-on-201476.html
来月、8月3日(日)は七夕筆動法にします
その前日、8月2日(土)の船橋稽古会も筆動法やります【詳細】
【 ↓ Iさん作の年々歳々】
2016年1月17日日曜日
2021年1月12日火曜日
2016年1月4日月曜日
2014年6月4日水曜日
筆動法@白山稽古会
m白山稽古会で筆動法をやるのは三年ぶりくらい二度目
最後は俳句を書いてみようと「折々のうた」シリーズから夏の句
十句ばかりをピックアップしておいた
しかし、どうやって俳句までたどりつくのか?
稽古の積み重ねというのはたいしたもので(白山稽古会も5年目)、
はじめて筆動法を体験する人が半数いたにも関わらず、墨すりの姿がなかなかよい
「えっ、左手?」という声も聞こえてきたが、最後まで集注は切れず
最後は俳句を書いてみようと「折々のうた」シリーズから夏の句
十句ばかりをピックアップしておいた
しかし、どうやって俳句までたどりつくのか?
稽古の積み重ねというのはたいしたもので(白山稽古会も5年目)、
はじめて筆動法を体験する人が半数いたにも関わらず、墨すりの姿がなかなかよい
「えっ、左手?」という声も聞こえてきたが、最後まで集注は切れず
大井町でやるときは、清書したものを壁の上で回転させて貼る位置を決めていく
しかし、公共の場所を借りてやる場合、そうもいかない
それぞれに自分の作品を手にしてもらい記念撮影
次やるときは全紙に書きたいですね〜
次回の大井町(6/8)も同じ題材でやります
2015年8月9日日曜日
2019年1月22日火曜日
団扇投げ
これから動法教授の資格を取ろうという人が現れて曰く、
「竹、団扇、筆の稽古をちゃんとやっておきなさい」との指示があったという
稽古場がはじまって初期の頃の稽古である
等持院でも筆の稽古はときたまやるが、竹、団扇の稽古はとんとごぶさたしている
第一、四畳半の稽古場では団扇を投げるという空想が浮かばない
とはいえ、せっかく稽古に来たのだからと、団扇投げとはどんなものか見せることにした
壁際に毛氈を丸めて置いて、一間半の距離から毛氈めがけて団扇を投げる
ちょっと気の毒な風景であるが、背に腹はかえられない
それでも、構えから投げるまでの一連の動きに、足さばきを加えていくと、
汗をうっすらとかいてくる
最初は見よう見まねでやっていた稽古に
カタを形成していく知見をふたつみっつ加えるだけで、
団扇投げがどのような稽古であったのか、その意味が理解できてくる
今年は、かつてやった、いわば古典となった稽古を取り上げてみようと思う
竹、団扇、一息脱力、等々
「竹、団扇、筆の稽古をちゃんとやっておきなさい」との指示があったという
稽古場がはじまって初期の頃の稽古である
等持院でも筆の稽古はときたまやるが、竹、団扇の稽古はとんとごぶさたしている
第一、四畳半の稽古場では団扇を投げるという空想が浮かばない
とはいえ、せっかく稽古に来たのだからと、団扇投げとはどんなものか見せることにした
壁際に毛氈を丸めて置いて、一間半の距離から毛氈めがけて団扇を投げる
ちょっと気の毒な風景であるが、背に腹はかえられない
それでも、構えから投げるまでの一連の動きに、足さばきを加えていくと、
汗をうっすらとかいてくる
最初は見よう見まねでやっていた稽古に
カタを形成していく知見をふたつみっつ加えるだけで、
団扇投げがどのような稽古であったのか、その意味が理解できてくる
今年は、かつてやった、いわば古典となった稽古を取り上げてみようと思う
竹、団扇、一息脱力、等々
2019年3月14日木曜日
集注稽古
10連休?
稽古するしかない
【日時】 4/27,29,30,5/1,3,4,5のべ7日 11時〜16時
【会費】 1日5000円
【定員】 5名 予約制
【参加資格】 整体協会会員であること
【日程および稽古内容】
4月27日 カタと同調1
4月29日 動法入門
4月30日 合掌行気以前・合掌行気
5月 1日 筆動法入門・筆動法
5月 3日 カタと同調2
5月 4日 活元運動以前・活元運動
5月 5日 連座入門・連座
【申し込み問い合わせ】
等持院稽古場 075-465-3138 toujiin@keikojo.jp
稽古するしかない
【日時】 4/27,29,30,5/1,3,4,5のべ7日 11時〜16時
【会費】 1日5000円
【定員】 5名 予約制
【参加資格】 整体協会会員であること
【日程および稽古内容】
4月27日 カタと同調1
4月29日 動法入門
4月30日 合掌行気以前・合掌行気
5月 1日 筆動法入門・筆動法
5月 3日 カタと同調2
5月 4日 活元運動以前・活元運動
5月 5日 連座入門・連座
【申し込み問い合わせ】
等持院稽古場 075-465-3138 toujiin@keikojo.jp
2013年1月20日日曜日
稽古日誌 1/16-1/20
【1月16日】二子玉川で本部稽古。【1月17日】稽古場にたどり着くと隣家との間が屋根から滑り落ちた雪で埋まっている。あわててMさんと二人雪掻きをはじめる。旧い稽古仲間であるT1さん来訪。夕方になって大井町で臨書の会をやっているNくん、テスラの新刊本を携えT2さんも現れ、男子人口密度最高値を示す。【1月18日】今年は西に向かわねばと思う。個人事業者の申告のしかたについて学習。財布を事業用と個人用に分けろといってもな〜。Yさんの訃報届く。このところ稽古仲間の訃報に接する機会が増えた。25年やってると、50歳だった人は75歳になってる訳だからなぁー。【1月19日】本部動法基礎。近代vs.前近代。昔なつかしのハード系動法。【1月20日】今年初の筆動法。動法以前に、家庭の中から筆そのものがすでに失われているのだ。稽古前の個別に現れた小6の男の子の背が伸びていて、目線がほぼ同じになっていたw。
2014年8月3日日曜日
2013年11月4日月曜日
2016年5月4日水曜日
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