猪もともに吹かるる野分哉(芭蕉)
2022年9月10日土曜日
アン・ソンギ
で、アン・ソンギ。韓国を代表する俳優。てっきり年上だと思っていたら、1952年生まれ。まったくの同世代ではないか。僕にとって、1976〜86の十年間が、一番、韓国が近しい存在であった時期。ソウルを訪ねるたびに、理解できない韓国語をものともせず、映画館に足を運んでいた。もっとも、アン・ソンギの姿をスクリーンではじめてみたのは、京都で自主上映された「風吹く良き日」だったかもしれない。
アマゾンプライムで韓国映画が結構な数見られることをしり、このところ、韓国映画を続けざまに見ている。「ペパーミント・キャンディー」「南山の部長たち」「黒水仙」「シルミド」「光州5・18」。いずれも、近現代史を題材にした映画。ここ70年の間、海峡を挟んで日韓の民衆が経験したものの違いに目眩を覚えるほどである。すくなくとも、僕らは、国が戦場になり、自らが難民となって右往左往した経験はないし、国軍に銃を向けられるといった経験もしていない。そのような経験をしている人たちを横目で見ながら、あるいは、見て見ぬふりをして、高度成長に邁進してきたのだ。
続けざまに韓国映画を見て、歴史の中で圧殺されてきた民衆の怨嗟の声を伝え、果たされることなのなかった同輩たちの未来を成仏させようという、映画人の強い意志を感じるのだ。「韓国文学の中心にあるもの」は「韓国映画の中心にあるもの」であり、なぜ、韓国映画は骨太なのかという素朴な疑問への答えでもあった。
2022年9月3日土曜日
a long and winding road
いつものように京都駅まで行き、サンダーバードの切符を発券し、志津屋でジャンボポテトサンドとカレーパンを買い、いざ改札。
改札を抜けようとしたところで、予約便運休の掲示。動物との接触が原因とある。あわててみどりの窓口に向かうが、そこはもう長蛇の列。2時間後の便で予約は取れたが、これでは稽古会90分の遅刻。白山稽古会のSさんに連絡。
朝ごはん食べずに出てきたので、買ったばかりのサンドイッチを駅の植え込みに座り込み、車内用に作ってきたコーヒーと一緒に食べる。時間あるので、駅前のヨドバシカメラ、地下にできたというスーパーをひやかす。
そろそろ時間なので再び改札。ぬぬ、予約変更した便が消えている。文句を言いに駅員のところに行くと、同じ時間に全席自由席の臨時便が出ますとのこと。おとなしく臨時便を待つ列に並ぶ。が、到着した臨時便はすでに満席で、デッキにも人が溢れている。こりゃむりだ。これで本日の稽古キャンセルが確定。
今日の稽古は諦めて16時の便に再び予約変更。一旦、自宅に戻ることにした。自宅に引き揚げたはよいが、家人外出中。こんな日に限って鍵を忘れている。入れない自宅玄関先にへたり込む。30分ほどして家人帰宅。すでに稽古着は汗まみれでシャワーを浴びる。新たにミルクティーを作ってもらい出かける準備。雨が降り出す。
土砂降りなれど、出発するしかない。大きめの傘をさしてバス停まで送ってもらう。再び京都駅。サンダーバードの遅延は続いていて、再予約した便の到着時刻は不明とのこと。しびれを切らして、京都〜金沢便のバスがあることを確認して予約。時間はかかるが、確実に着くだろう。三度みどりの窓口に並び、切符払い戻し。
これで一件落着と思ったが、まだ続く。宿にチェックイン遅れるかもしれませんと連絡したら、当ホテルのチェックインは22時までだとのたまう。以後、キャンセル扱い、つまり泊まれなくなるとも。バス便の金沢駅着時間を確認したら21時53分とある。おれ、宿無しになっちゃう。バス便を窓口に行ってキャンセルし、再びサンダーバードを予約。
10分遅れでホームに入ってきたサンダーバード33号の座席に座ってこの文章を書いている。19時半くらいには金沢駅に着けそうーつまり宿のフロントはまだ開いている。先月は豪雨で稽古会初日をキャンセル。今回は動物。なんだかトラブル多し。次回から前泊前提に日程組まないと、だめかも。
右側に夕方の琵琶湖が広がっている。
おそろしいことに、続きがあった。琵琶湖北部で大雨のため運転見合わせとのアナウンス。近江舞子で止まってしまった。現在17時55分。あと2時間は動かないとのこと。だいぶ粘ったけど、今回はここで撤退します。
京都駅で今日4度目のみどり窓口に並ぶ。人生最多記録だな。
帰ってきたぞ京都駅 ↓
2022年8月30日火曜日
2022年8月14日日曜日
古稀と腰痛
白山から降りてきて数日後、激しい腰痛がやってきた。
登山の疲れが出てきたのかと様子を見ていると、何年かに一度経験する、いわゆるギックリ腰とは質が違い、ズーンとした鈍痛感が主。腰痛というより仙椎痛。それでも腰の動きに先行し手が先に動くと、鋭い痛みが襲ってくる。腰痛とは正しく動法的に体を処する教師のような出来事であることは、いつも通りである。
これって誕生日特有の体になっているのか? 誕生日前後特有の身体があるということは経験上知っているけれど、これまで誕生日前後の自分自身の身体を観察したことがない。あわててダン先生の「形見」という文章が載っている月刊全生を引っ張り出してくる。2018年5月号。西を向き正座して仙椎を内観する。今回の腰痛、不思議なことに女の動法で動いた方が無理がない。母が亡くなって四半世紀近くになった今ごろ母の身体と出会っている。お盆でもある。
2022年8月12日金曜日
白山 4
ストックと杖は似ているようで、内含する哲学は真逆を向いている。
ストックは握るし、握り方さえ指定されている。腕の力で地面を押して推進力にする。四足歩行。一方、杖は固く握らない。滑らせる。地面に突き立てない。杖は感覚器で、あくまで二足歩行の延長。杖の先を地面に置くことで、自分の腰の一点をを出し、その一点を前に進めることで、身体全体を前進させる。地面を押しはじめると、それはもう草臥れてきた証拠で、体は休憩を求めはじめている。両手で杖にしがみついて地面を押しはじめたら、もう敗残兵の風情。
山は登山ファッションでキメた山ジジイ山ババアであふれている。軽くて機能的で快適そうな服装だ。一方、稽古着で登山に臨んだ私が直面した問題は汗対策。木綿の襦袢、稽古着はまたたく間に汗だらけになり重くなり、風に当たると冷たくなってくる。この先、お遍路を進めるにしても、登山用の速乾性のある下着の併用も考えて行った方がよさそうだ。
下山して三日目。筋肉痛はほとんど出てこなかったところをみると、まずまず上手に体は使えたのだろうと思う。願いはいつかは実現する。今回の経験を拠りどころにして70代に踏み入っていくことにする。
2022年8月10日水曜日
白山 3
別当出合から山頂までの標高差1500mの登山はお遍路で30キロ歩くよりもきつかった。でも一番きつかったのは、室堂から宿泊地の南竜山荘に至るトンビ岩ルートでの下り道。ガスは濃くなる、陽は落ちてくる、道は岩だらけ。難易度が高かった。
山を登る人は、眺望を求めて登っているのだと勝手に思い込んでいたのだが、そう単純ではないということが、今回の白山登山で分かった。山道といっても、ずいぶんいろんな種類の山道がある。それぞれに応じて、身体の使い方がちがう。結果として、文字通り全身全感覚を駆使した活動となる。
山頂にたどり着けたのは同行者のおかげである。最初のうちは調子よく登っていたのだが、2000mを超えたあたりから足が重くなっていき、休憩するたびにへなへなと座り込んでいた。それでも、ゆっくりでもかまわないから、一歩一歩足をすすめていくと、いつか頂にたどり着ける。これは当たり前にして新しい発見であった。
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