2021年5月9日日曜日

リモート稽古

あー、とうとうリモートで稽古をすることになってしまった。某基金のアーティスト・イン・レジデンス・プログラムを通して、昨年の今頃京都で3ヶ月過ごす予定だったベルリン在住の演劇、振付をやっている、そもそもがサンパウロの大学PUCで田中さんのクラスに出ていたアーティストが相手。プログラムはコロナ禍で一年延期。今年になっても、人の移動は制限されたままで、結局、「レジデンスオンライン」という、クエスチョンマークが頭の中で点滅する扱いでプログラムが始められることになったとのこと。ついては、オンラインレッスンをやってもらえないかとのリクエストが届いた。なにが可能なのか? どちらかというとzoomを使ったオンラインレッスンには否定的なスタンスでここまできたけれど、話を聞いてみると、アーティストたちが置かれている状況が気の毒になって、重い腰を上げることにした。 

 しかししかし、リアルに向き合って稽古することが当たり前のものを、空間を共有できないオンラインでできるかというと不可能という言葉しか思い浮かばない。厚さ1メートルのガラス越しに向き合っている気分。まず、手取り足取りという方法論が成り立たない。見て真似してという視覚だのみの方法の有効性は信用できない。ちいさな画面を覗き込むだけで内観性の大半が失われてしまう。むしろ、聴覚音声言語+テキストを前面に押し出した方が、可能性があるんじゃないかと思い始めている。そうなると、今度は、言葉ーおそらく英語ーの問題が表にでてくる。実に悩ましい。 

 まずは三脚を購入することから始めることにした。

2021年5月5日水曜日

自前のメディア

自前のメディアがあったほうがよいのではないか、というのが、先日やった「学びについて考える」の勉強会で出てきたアイデア。そのメディアに身体性を与えるためには、モノ、たとえば紙という物資感のあるものに文字を定着させ、それを手渡しで配布するという、一昔前のミニコミと呼ばれていた方法が有効ではないか。僕自身、一九八〇年代から九〇年代にかけて個人通信を出していたことがあり、それがインターネット上でのブログにつながっている。このところ、一九六七年から四半世紀つづいた「かわら版」のデジタル化作業をしていることもミニコミというメディアを考えるきっかけにもなっている。ブログに書いたものを編集し、それを再び紙の上に定着させてみる。横のものを縦にするだけのことなのだが、このような小さな実験からはじめてみようと思う。身体性の問題からいうと、手書き文字についても考えねばならないだろう。この号は試作版として、ブログ「sunajiiの公私混同」に先月載せた記事をもとにつくってみる。B5版でつくりたいところだが、プリンタが両面印刷に対応しているのはA4のみなのは残念。これも身体性を考えていく上での大問題のひとつ。

と、ここまでが試作品の前書き。久しぶりに紙というメディアを相手にしようとすると、いかにブログがお手軽メディアだということが露呈してくる。器の大きさが限定されれば、原稿の取捨選択が行われるし、フォントの種類、大きさも考慮される。紙の質も考えざる得ない。出来上がったとしても、実際に動かないと人の手には渡らない。つまり手間隙がかかる。重層的な運動の連鎖を通じてようやく他者にたどり着く。物理的拘束から自由になるということで身体性が失われていくというのはトレードオフの関係にある。インターネットの時代になって、自分たちが何を得て何を失ってきたのか、少し自覚しておいたほうがよい。



2021年4月30日金曜日

大法院

図書館からの帰り道、遠回りして妙心寺
境内を通り抜ける途中、お抹茶と和菓子の看板を発見
導かれるように大法院へ
ツツジは満開、露地庭園は新緑に包まれている
お茶をいただきながら庭を眺め、通り抜ける風の音に耳を澄ませる
お茶室にも座らせていただく
重心がずんと降りてくる
へぇー、ここでお茶の稽古もやってるんだ
静かな京都に風情が戻ってきた
長く感じた4月も今日でおしまいだ
 

4月の読書

Twitterと読書
なんでTwitterやってるんだろう、と時々思う。たしかにニュースや地震速報は有用だ。サッカー速報もTwitter経由でみることも多い。でも、最近になって僕にとってのブックガイドになっていることに気づいた。毎月、読んだ本のリストをここに載せてはいるけれど、半年も経つと、いったいどのようにその本との縁が生じたのか忘れてしまっている。振り返ってみると、Twitterでフォローしている人のツイートに触発されたものが結構ある。なので読書の感想などをツイートしてみることにした。本のタイトルをクリックすると、ツイートにたどり着くはずです。では、実験開始。

(4/9 )実験的に始めてみたものの、Twitterの投稿は修正が効かないことを発見。修正するには一旦削除して再投稿する必要がある。すると、その投稿にぶら下がっていた次の投稿が宙ぶらりんになってしまう。1パラグラフを140字にまとめて、それを繋いでいくスタイルは面白いのだが、我ながら誤字脱字、事実誤認の多さにあきれてしまう。

無冠、されど至強* 木村元彦 ころから 2017
金色の虎* 宮内勝典 講談社 2002
災害特派員 三浦英之 朝日新聞出版 2021
13坪の本屋の奇跡 木村元彦* ころから 2017
海とジイ* 藤岡陽子 小学館 2018

2021年4月25日日曜日

保津峡

東京での研修はパス
月に2回も新幹線に乗ってられないよ
ということにして、京都で静養 

保津峡に出かけることにした
孫たちが遊びにきた時の下調べを兼ねて、トロッコ列車に試乗
まずは始発駅ちかくのコーヒーヤマモトで腹ごしらえ
京都の喫茶店を特徴付けるものとしてタマゴサンドは外せない
そのボリューム感に圧倒される


























5両編成のトロッコ列車
これまでなら予約を取ることさえ難しく、
あれは観光客ものと、乗ろうとさえ思わなかった
緊急事態宣言前日とはいえ、そこそこにぎわっている
乗っている時間は30分弱
窓ガラスのない換気100パーセントの車輌から保津川の流れが眺められる
新緑が美しい

























終点のトロッコ亀岡から山陰線の馬堀まで歩き、次の京都方面行きの列車を待つ
昔一度だけ、この駅に降りた記憶はあるが、京都のベッドタウンとして開けてきたようだ
ほどなく列車が到着したので乗り込み、ひとつ目の保津峡で降りる
ここから嵐山に向かって歩くことにした
下流に向けて歩くのだから楽勝だろうという読みは甘かった
川面はどんどん遠くなり、結局、大きな峠をひとつ越えることになった
しっかりしたハイキングになった





2021年4月21日水曜日

節目

千葉通いが始まって丸一年

一年365日のうち121日、つまり一年の三分の一を千葉で過ごしたことになる

孫たちと過ごした一年ともいえる


孫たちにとって、僕は闖入者

行き来はあったものの、ジージは、たまに来る人

そういう存在だった

急に、一緒に過ごす時間が増えた

緊急事態に子供たちも緊張していたが、

僕にしても、いきなり、新しい環境に放り込まれることになった

最初の数ヶ月、勝手の違う台所で食器を何枚割ったことか

そんなジージが居る人として認められるまで同じくらいの時間がかかった


小さい人たちとの付き合いは大変だ

本気出さないと舐められる

お前は王子さまか?と向かっ腹が立つこともある

そのくせ、すぐ膝の上どころか肩にまでよじ登ってくる

男の子とは、動き続けるいきものだった

1年経ったら、二人だった男の子が三人に増えた


丸一年の節目

ちょっとひとやすみ


2021年4月13日火曜日

学びの原型

たのまれ講師」でやったzoom講義、90分喋りっぱなし。出来が良かったので(自己採点)、音声だけでいいからくれませんかと主催者にリクエストしたら、「あ、録画するの忘れてました」とのつれない返事。幻の講義になってしまった。整体における成長論を話してほしいとのことだったので、整体における育児の話を中心に据えたのだけれど、まず、僕自身がどのような経路で整体にたどり着いたかという話からはじめることにした。記憶違いがあるかもしれないけれど、以下が、このときの話の流れ。備忘録としてリストにしておきます。話そうとしていたけれど、実際には話さなかった事柄も事後的に付け加えているものもあります。タイトルは「学びの原型としての整体(育児論)」になるのかな。

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クエーカーの大学に飛び込む 1973

実験的大学における体験学習という方法

experiential learning at an experimental college

異文化の中に身を置くということ

混乱と葛藤と同化

フリースクール

体験するとは、体験を吸収するとは


学びの原型としての整体的育児

晴哉先生の著書

裕之先生の育児講座から

胎児期ー妊娠期

生後13ヶ月 腹が育つ時期

消化器としての腹、体験を同化するものとしてのハラ

1歳〜3歳〜5歳〜8歳〜思春期

成長病

今、育っているものを育てる


経過するという整体の考えかた

高温(発熱)低温(休息)平温

経過を妨げるもの

教育の書としての「風邪の効用」

体力とは

根拠のない自信


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現在進行形の身体教育研究所における稽古にまで立ち入る時間はなかったけれど、質疑応答を含め、充実の120分。予想していた以上に、「聞いてくれている」感が持てたのは収穫だった。ここ数年、読書会などで発表してきたことの総まとめの感じ。