2018年12月13日木曜日

難民

ここでやっていることを知らない人に説明するのは難しい。稽古に来ている人に訊いても同様で、説明に四苦八苦しているうちに説明することを諦めてしまうというケースが多い。当然といえば当然。ここでは誕生育児から看取りに至るまで、人生全般を身体の視点から扱っている。ひとりひとり現在関心のあることは限られているから、それに興味を持たない他人とはすれ違ってしまう。

ここで稽古している人で、「ジャンル難民学会」なるものを立ち上げようとしている方がいる(→ 降りていくブログ)。ジャンルという言葉が示す通り、何かを分けようとすると、そこから抜け落ちてしまうものが出てくるのは当然で、その抜け落ちてしまうものに焦点を当てようとすると本人が難民化してしまう。

我が身を振り返ると、「ああ、自分も難民なのだ」と気づかされる。そもそも稽古場に集まってきているのは、みんな難民ではないか。自分の中で同化しきれなかった異化を、どのようにすば同化しうるのか。ここに来れば同化の糸口を得られるのでないか、稽古場は、そんな風に感じた人たちの受け皿になっている。手掛かりとなるのは、万人が日々付き合っている自分の「身体」というということになる。

異化の種類ありようは百人百様であるのは当然で、その異化されているものこそが人生のテーマとなる。

2018年12月2日日曜日

稽古日程 12月〜年1月

最新版はこちら
下記カレンダーはクリックすると拡大されます

・複数人でのテーマ稽古も受け付けています

【12月】


【2019年1月】

1/10 稽古者のための活元運動
















2018年11月30日金曜日

11月の読書

ヒトニツイテ* 五味太郎 絵本塾出版 2015
 五味太郎x國分功一郎のこのやりとりを読んだら手にせずにはいられなくなってしまった
ふたつのオリンピック* ロバート・ホワイティング 角川書店 2018
21世紀の民俗学* 畑中章宏 角川書店 2017
間違う力* 高野秀行 角川新書 2018
黒い海の記憶* 山形孝夫 岩波書店 2013
「その日暮らし」の人類学* 小川さやか 光文社新書 2016
インド夜想曲* アントニオ・タブッキ 白水社 1991
 何年ぶりかの再読
東北を聴く* 佐々木幹郎 岩波新書 2014
狩猟サバイバル*  服部文祥 みすず書房 2009
愛と暴力の戦後とその後* 赤坂真理 講談社現代新書 2014
マンモスを再生せよ*  ベン・メズリック 文藝春秋 2018

2018年11月16日金曜日

左大文字

一年ぶり?に左大文字山へ
9月の台風の影響か、倒木が道をふさいでいる
迷い迷って、送り火の台座にたどりつく
京都市内を一望
右下に金閣寺を見下ろす
東に比叡山、遠くに生駒山
何度来ても、ここからの眺望は素晴らしい
山を降り、帰路の途中にある立命館の学食に寄って昼食

2018年11月8日木曜日

愉気の構造

読書会2回目の報告に向け準備を進めている。育児の部分をもう少し突っ込んでいけば、教育としての整体が浮き上がってきそうだ。さらにいえば「愉気の構造」の言語化が鍵になるという予感もある。おりしも、月刊全生の10月、11月号に晴哉先生の「子供の育て方」という文章が掲載されている。読書会でも話したのだけれど、もの言わぬ生きものの欲求ー空腹、排泄、体勢ーといったものを、どう大人はキャッチしていくのか。これが大人にとっての教育となる。空腹、排泄、体勢という生存欲求を満たすことは、別段、赤ちゃんに限った話ではなく、大人にとっても全く同様で、ここだけ、ちゃんと充足させられれば、大人の間の人間関係のこじれの半分は解決してしまうのではないかと思えるほどである。読書会に参加してくれた稽古仲間のひとりが、晴哉先生が育てようとした人間は、いわゆる同調圧力に沿いやすい日本人像とは逆をむいているとの意見には同感。次回の発表は、おそらく12月のどこかでやることになりそうです。

2018年11月3日土曜日

読書会報告

いま自分がやっていることを「教育」という切り口で話すことができたらいいのにと、ずっと思ってきた。所属している組織自体、「身体教育」を名乗っているわけで、これが教育でないはずはないのだが、それを自分の文脈で話すことはできないだろうか。全体像を語ろうとすれば、師匠の言葉の引用の羅列になってしまうことは日の目を見るより明らかなので、どれだけ稚拙であっても良いから、自分の言葉で話してみたいと思ってきた。稽古会に来ているYさんとその仲間が主宰されている「読書会」なるものに9月から参加しているのだが、その読書会で謳われている「卒論ゼミのように」という惹句に誘われて、自ら発表の場を設定してもらった。題してー自分でつけたのだがー「フレイレから身体教育へ」。

フレイレというのは、1960〜70年代に活動したブラジルの教育家で、代表作が「被抑圧者の教育学」。そもそも、Yさんと出会ったのも、フレイレつながりである。「おお、いまでもフレイレを読んでいる人がいるのだ」と知り、稽古にみえるたびに教育談義をしてきた。1973年ー計算して驚いたのだが、なんと45年前!ーアメリカの大学に入ったオリエンテーションのときの課題図書の一冊がこの「被抑圧者の教育学」ーPedagogy of the Oppressedで、未消化のものとして、僕の中にずっと居座り続けてきた本である。おそらく、この本抜きには、僕の教育へのこだわりは語れないし、いまなぜ、この稽古場という場所で「稽古」しているかも語れない。

時系列に私自身の「教育史」を話すところから始めたのだけれど、なかなかたいへん。ぼくよりずっと若い世代の集まりなので、時代背景の話で盛り上がり時間を取られたーそれくらい、時代の空気とリンクしているとも言える。結局、育児講座を経て稽古場がはじまるあたりまでで、息切れしてしまった。続きの回が必要。稽古会に来てくれている方も何名か参加してくれたのは有り難かった。

2018年11月2日金曜日

【業務連絡】ダンサーは消える

月末の京都稽古会で注文を受け付けた室野井洋子さんの本が届きました
等持院稽古場でも受け取り可能です
でなければ、月末の稽古会でのお渡しになります
数部だけですが余分に取り寄せましたので、希望者はお申し出ください
このサイトからも注文できます→http://m.gmobb.jp/odoru/
この本についての書評です(12/2 追記)

2018年10月30日火曜日

10月の読書

ダンサーは消える 室野井洋子 新宿書房 2018
吉本隆明が語る親鸞* 吉本隆明 糸井重里事務所 2012
なぜ日本は没落するのか* 森嶋通夫 岩波現代文庫 2010
SFを実現する* 田中浩也 講談社現代新書 2014
一茶* 藤沢周平 新潮文庫 2009
カレーな薬膳 渡辺玲 晶文社 2003
極夜行* 角幡唯介 文藝春秋 2018
虫樹音楽集* 奥泉光 集英社 2012

2018年10月23日火曜日

ダンサーは消える

もったいなくて、文章が終わってしまう前に頁を閉じてしまう
そんなことを繰り返している

publicとprivate

公私について考えている。英語で言えばpubicとprivateということになるのか。
一枚の絵画が来たことで、書斎として使っていたーつまりprivateな空間が、応接間ーpublicな空間に変身してしまった。ひとりで暮らしていた時は、privateな空間とはいえ、男子の更衣室としても使われていたから100パーセントprivateであったわけではない。二人暮らしを始めるにあたって、この書斎のprivate性は強くなるだろうと予想していたのに、事態はまったく逆方向に動きはじめた。実際、数日前、珍しく10名を超える稽古会をやった時には、参加者全てを書斎/応接間に招き入れ、そこが茶飲み場と化した。不思議な気分だ。この家に足を踏み入れたひとは、いったい僕らがどこで生活しているのか、見えてこないのではないか。日本家屋はもともと部屋が多機能に使われてきた。それでも、他人が足を踏み入れることのない空間は確保されていたのではないだろうか。この家の中に、そのような空間はない。僕らは、稽古場という小さなテーマパークのコスプレ住人になってしまったかのようである。

2018年10月18日木曜日

新潟・奈良・京都

大仕事を終えたばかりのヒスイ職人である友人が糸魚川から訪ねてきてくれたのが先週の水曜日。拙宅に一泊した翌日、奈良に向かうというので便乗させてもらうことにした。江戸末期〜明治初期の時代を生きた松浦武四郎という冒険家、好事家が残した大首飾りを再現してほしいとの依頼を松浦ゆかりの博物館から受け、半年がかりで取り組んだという。松阪で納品を済ませ、その後、四国、中国を回り、大首飾り一般公開の日に合わせて、再び松坂に向かう途中、京都に寄ってくれた。半年にわたる集注と納品を終えた安堵感からなのか、やや老けた感を漂わせていたが、ことばを変えれば、「大人になったな〜」という印象。本人も一世一代の大仕事だったと言っていたが、まさにそのような仕事だったにちがいない。奈良東大寺の一角に法華堂(三月堂)というお寺があり、そのご本尊の頭飾りにヒスイが使われているという。不思議なことに、装飾品としてヒスイが使われたのは、この法華堂の仏像が最後で、以後、忽然と美術史からヒスイは消えてしまう。新しい文明の象徴としての仏教と、それ以前の土着的なるものとのせめぎ合いがあったのだろうか。はじめて訪れる法華堂は東大寺最古の建造物だそうで、建物も中に収められている仏像も素晴らしいものだった。天河神社に向かうという友人とは近鉄奈良駅で別れ、京都に帰ってきた。

佐渡で民宿を営む友人夫妻が泊めてほしいとの連絡をもらったのは二週間ほど前。奈良大倭に行くという。はじめて大倭紫陽花邑を訪ねたのは、もう四十年も前のことで、当時、FIWCという毎夏韓国でワークキャンプをやっているグループが大倭の中に交流(むすび)の家という建物をつくり、そこを拠点に活動していた。はじめて韓国に行ったのは、このワークキャンプを通してのことで、記録をたどってみると、なんと1976年のことではないか。そのうちに、野草社という東京にあった出版社が大倭に引っ越してきたり、今回の友人夫妻も越してきて大倭の老人施設の職員として働きはじめたり、80年代半ばまで、つまりわたしが京都から東京に引っ越すまで、ちょくちょく大倭に顔を出していた。ここの会館をお借りして何度か活元会もやった記憶がある。ただ、関東に居を移して以来、疎遠になってしまい、今回の大倭行きは30年ぶりのことになる。交流の家はまだ残っていました。大倭で会った翌日、友人夫妻が京都にやってきた。新潟〜関空の間をピーチが飛びはじめてから、関西に来やすくなったようで、それは、関西から新潟に行きやすくなったということでもある。民宿をはじめて30年ということだが、毎秋開催されている佐渡でのトライアスロン大会の様子、四季折々の食べ物の話を聞いていると、また佐渡に行きたくなってしまった。前回行ったのは、まだ娘が小さかった時のことだから、これまた30年近く前のことになる。

2018年10月16日火曜日

フレイレから身体教育へ

11月1日、南区DIY読書会に発表者として登場します
座学です(笑
でも、番外で実技編が必要になってしまうかも
会場は北区です
地下鉄鞍馬口駅から東に徒歩5分くらいのところにあるシェアハウスの一室

以下のような三部構成で考えているのですが、とても一回では終わりそうもないです
1 フレイレから身体教育へ
2 整体的育児における「個」の育成
3 技法としての「個」の解体

関心のある方は、どうぞご参加ください
連絡先 casaludens@gmail.com
会場 ちいさな学校くらまぐち
         603-8146 京都市北区新御霊口町285−151
時間 19時〜21時くらい
参加費無料

2018年10月15日月曜日

稽古者のための活元運動

稽古場ネイティブの人たちも増えてきた
つまり活元運動を体験したことのない整体協会の会員が増えてきた
これ自体、まったくノープロブレムなのだが、ちょっともったいないと思ったりもする
活元運動を「稽古化」する試みを懸命にやったのは6、7年も前になる
折に触れて、このブログにも書いていたので、そちらを参照してみてほしい
「自発性」という言葉が再定義されることになったり、
わたくし的には発見の多い稽古になった
最近は、時折、「活元運動以前」をやるくらい
11月、三回シリーズで、「稽古者のための活元運動」と題して稽古してみます
稽古はしているが、活元運動は未体験の方、
あるいは、従来の活元運動とは違ったアプローチを体験してみたい方、
つまり、どなたでも参加可能です

2018年10月12日金曜日

合本

百万遍の製本屋さんに月刊全生12年分を持ち込んで合本にしてもらった
欠けていた何冊かは、知り合いのところで調達
今回、ソフトカバーにしてもらったら、一年分がだいぶ薄くなり、ページもめくりやすい


リスタート

等持院に稽古場を開いて丸三年経過
この夏以降、自分を取り巻く環境が大きく変わってしまったので、
集ってくる人たちの顔ぶれも変わるだろうの予感どおり、ここ三ヶ月で大きく変わった
端的にいうと、女の人の半数が消え、男だけが残った
これはもう自業自得
現状を素直に受け入れる
と同時に、新しい風も吹いてきている
リスタートである

2018年10月3日水曜日

9月の読書

月末、台風の影響で、三日間の稽古会が二日目で終わってしまい、そのドタバタで、この記事をアップすることをすっかり失念していました

生きなおすことば* 大沢敏郎 太郎次郎社 2003
外道クライマー* 宮城公博 集英社インターナショナル 2016
チャブ* オーウェン・ジョーンズ 海と月社 2017
火の誓い* 河井寛次郎 講談社文芸文庫 1996
食べごしらえ おままごと* 石牟礼道子 中公文庫 2012
新・冒険論* 角幡唯介 集英社インターナショナル 2018
世界一子どもを育てやすい国にしよう* 出口治明・駒崎弘樹 ウェッジ 2016
2020年の原発問題 中尾ハジメ SURE 2018
明治維新とは何だったのか 世界史から考える* 半藤一利・出口治明 祥伝社 2018
憂鬱な10か月* イアン・マキューアン 新潮社 2018

2018年10月2日火曜日

模様替え

一枚の絵を譲り受けたので書斎の壁に掛けることにした
三年前から稽古場として借りているこのお家、もともと画家の住まいだったそうで、
絵が掛けられるよう壁に凹みがつくられている
これまでは、筆動法の作品を貼り付けたり、友人たちから届いた絵葉書をピンで留めていた
絵を掛けてみると、凹みに置いていた写真やおもちゃが邪魔
どかすと、ややスッキリはする
しかし今度は、凹みの下の壁にくっつけて置いているカラーボックスが邪魔である
仕方なく、それらも撤去
すると、壁の左側に置いてある、小ぶりのタンスも目障りである
うーん、困った
これは、全面的な部屋の模様替えではないか

絵を掛けた側の壁から、すべてを移動させると、部屋の感じがまるで変わる
ただし、部屋の反対側に目を移すと移動させてきたモノたちでカオス状態
あらためて絵が掛けられた側の壁をみると、左側がやや希薄になる
カラーボックスを戻す
ただ、書類が詰まった状態はいただけない
空にして、廊下に置いてある本棚から大型本を移すとバランスがよくなる
さらに、これまで置き場所のなかった花瓶を載せるとぴったり
ようやく、収まりどころが見えてくる
あとは、部屋全体の片付け
ノートパソコンが置きっぱなしになっていたローテブルの上を空にする
これからは、パソコンは使うときだけ取り出すことになりそうだ

いや、絵が一枚くるだけで、こんな大事になるとは
はい、絵のちからを舐めてました

2018年9月26日水曜日

30年

ぼやぼやしているうちに稽古場創設30周年の日が過ぎてしまった
正確に言うと、本部稽古場で開設記念の稽古会が行われたのが1988年9月2日
思えば遠くまで来てしまったものだ
そして、鬼籍に入った同志たちのことを想う
四天王と呼ばれていた剱持加津子、三島布味代、竹居昌子の大御所先生
西日本で頑張っていた中川秀子、久保和子の両先生
中村直江、川口清美といった、その次の世代の指導者たち
動法教授でいうと、増田馨、太田明子、室野井洋子
本部稽古場で頑張っていた山岸さん、柳川さん、立澤さん、滝沢さん
あと誰がいるだろう...
そして、事務局の屋台骨だった野村由美子さん
こういう人たちと一緒に稽古してきた

2018年9月19日水曜日

読書会

稽古に来ている方が主宰している読書会に行ってきた。読書会なるものに参加するのはいったい何十年ぶりのことだろう。集まってきたのは30代から70代の男女7名。そもそも、この読書会に参加してみようと思ったのは、P.フレイレの本が取り上げられていたため。フレイレの本と出会ったのが1973年のことだから、なんと45年!の付き合いになる。読書会といっても頭でっかちなものでなく、それぞれ自分に引きつけて考えていて、非常に心地よい会になっていた。自分がやってきたことを「教育」という糸でまとめたいと思っているところなので、よいインスピレーションをもらえそうである。初参加のこの会で、「昨日、噂してました」という方と遭遇したのには吃驚。

2018年9月7日金曜日

電話不通!

現在、等持院稽古場の電話が不通状態です
・受信音は鳴るのだけれど受話できない
・こちらから発信できない
掛けた側には、「相手が受話器を取らない」状態として映ってしまうことになります
電話機の問題なのか、電話局の問題なのか調査中です
当面、携帯電話で対応しますので、御用の方は、070*5592*xxxxにご連絡ください
ショートメールも可です
*NTTがチェックに来られるのは20日とのことorz.  2週間後ではないか

9/8 19時
電話開通しました
結局、電話機の故障のようでした
留守録・ファクス機能のない電話機で当面対応します

2018年9月5日水曜日

台風21号

台風一過
ものすごい風台風で、これほどの風を経験したのは初めてかもしれない
庭木の揺れ方が半端なくて、風向きの変化も急
まるで渦を巻いているよう
最接近中の昨日14時頃、玄関を開けて外に出てみた
雲は低く、ビニール袋が空を舞っている
体の安定を保つこともむずかしい

一夜明けて、玄関前の道掃除に出る
ご近所の方たちと「昨日はすごかったですね〜」と言葉を交わす
久しぶりに顔を合わせるお隣さんに、屋根に登る脚立を借りる
前日、ゴゴッという音が屋根から聞こえてきたのだ
こわごわ屋根に登る
屋根のてっぺんにある丸い瓦がズレている
瓦を留める針金も切れている
これは管理会社に連絡した方が良さそうだ

散歩に出かけてみる
木の塀が半分倒れている家、屋根がめくれている家もある
公園にいくと、大きな木が根っこから倒れている
時々、お水を組みに行っている神社の拝殿が崩れたというニュースは前の晩に聞いていたのだが、
いざ現場に行ってみると、立入禁止のロープが張られている

散歩から戻り、今度は雨樋の詰まりも掃除することにした
ビニール手袋をはめ、ヘドロ状の泥を掻き出し、最後にホースで水を流す
玄関先と庭の掃除をして本日のミッション完了

雑念が台風の風で吹き飛ばされ、雨で洗い流された
気分爽快
これで新しい生活に入っていけそうだ

2018年9月1日土曜日

内子 8/24-26

はじめての内子
15年ぶりの四国

内子座で文楽をみること
311の後、内子に移住していった知人家族と会うこと

7月の豪雨でJR線分断
いつ復旧するか分からないとのことだったので、関空からのピーチ便を予約
直前に台風がやてきてヒヤヒヤしたが、無事松山空港に着陸
京都から関空までが遠い

松山空港から松山駅経由で内子
今回は松山市はスルー
内子駅に友人家族が迎えにきてくれる
7年ぶりに会う子供たち
不安げだった小2が立派な中3のお嬢さんに育っていることに感無量
下の子は野性味溢れる小4

紹介してくれたゲストハウスに荷を解き、宴会が始まる
今回はいろいろとピンポイント
連れ合いのオジさんが宿から3分のところにある教会の牧師さんだったり、
その教会の行事に知人の子どもたちが参加していたり、
そのオジさんと知人が、僕らが着いたその日に初対面を果たしていたり、
おまけに、宿の若いオーナーが娘の通った中学の先輩であることが発覚したり
ありそうもない繋がりが、次々に可視化されていく

内子座文楽
伊予風鯛めしにアジ寿司
石畳地区

























内子リピーターになってしまいそうな予感
ここ7年間の変化を思えば、ずいぶん違った世界に生きている

2018年8月30日木曜日

8月の読書

ゾミア-脱国家の世界史* J.C.スコット みすず書房 2013
ゼロからトースターを作ってみた* トーマス・トゥウェイツ 飛鳥新社 2012
定年入門* 高橋秀実 ポプラ社 2018
辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦* 高野秀行x清水克之
 集英社インターナショナル 2018
どもる体 伊藤亜紗 医学書院 2018
知られざる縄文ライフ* 譽田亜紀子 誠文堂新光社 2017
ヒルビリー・エレジー* J.D.ヴァンス 光文社 2017

2018年8月17日金曜日

送り火

お盆明けとともに涼しい風が吹いてきた
五山の送り火は旧友のお宅で鑑賞
なんと大文字ならず、妙法、舟形、左大文字、遠くに鳥居の姿まで拝むことができた
70年代、80年代の友人たちが集う会となり、互いの無事を祝う

2018年8月14日火曜日

パンク

俗界で七転八倒しております
後ろから弾は飛んで来るし、いきなり亡き者にされようとするし(比喩です)、
ほんと俗世はすばらしい
静かに生きるかパンクに生きるか、それとも第三の道はあるのか、
一体全体、どのような晩年が僕にはふさわしいのかという一点が問われているのだが、
すでにやんちゃな道を踏み出している

で、遺言書、のようなものを書き始めました
婚姻届と遺言書はセットであるというのが、たどり着いた結論
そもそも、僕が死んだあと墓守はだれがするのかという話から始まったことなのだが、
ここをはっきりさせておかないと、話が前に進んでいかない
ところが、遺言書(のようなものですが)も書き始めると実に楽しいのです、これが
え、こんなことまで僕が決めちゃうわけ、というところまで踏み込まざるえない
形見分けのリクエストは今のうちにお知らせください

来るべき未来がとうとう来てしまった
そんなことを感じさせるこの夏の猛暑ですが、
とにかく生き延びましょう

2018年8月4日土曜日

信用

25年も前のことになる
整体コンサルタントの試験を受けた
本部道場が改修中で、稽古場が試験会場
稽古場を離れて整体コンサルタントとなるか、
それとも稽古場の裏方を続けるのか
二者択一の決断を迫られたーいや、自分自身に迫った
岐路という言葉はこのためにあるんじゃないかと思えるほどの分岐点
今にして思えば、だけれど

あるとき、会長室に呼ばれた
その時、ロイ先生が話をされたのが「信用」ということだった
この組織は信用で成り立っているのです
ロイ先生と二人だけで話した最初で最後の機会だったかもしれない
結局、僕は後者の道を進むことに決めた
ロイ先生にはご迷惑をかけた

あらためて信用ということを考えている
整体指導者って、なかば出家者のようなもので、
その出家性ーという言葉があるかどうか不明だけどーを
自らの立処にしているところは否めない
それ故の信用というものもある
さて、還俗してしまった私に、どのような信用が残されているのか

ロイ先生のご命日に、こんなことを考えている

2018年7月31日火曜日

7月の読書

国体論 白井聡 集英社新書 2018
雇用なしで生きる* 工藤律子 岩波書店 2016
江戸しぐさの正体* 原田実 星海社 2014
神坐す山の物語* 浅田次郎 双葉社 2014
21世紀の楕円幻想論* 平川克美 ミシマ社 2018

2018年7月22日日曜日

猛暑

猛暑である
今日の最高気温がこの夏でいちばんというわけではなさそうだが、
体感的にはいちばん暑い
熱風が吹いている
京都三度目の夏になるが、37度38度が一週間以上続くなんてはじめてのことではないか
水道からはお湯が出てくるし、ipadまで熱暴走をはじめる始末
人間も熱暴走しそうである
雨も降ってないから、街全体の熱量がどんどん蓄積されてきている感じ
豪雨被害を受けた地域では、まだ断水のところがあると聞く
この猛暑で水が使えないことの大変さは想像を絶する
広島のY女史から電話がかかってきて、彼の地の被害も相当のものらしい
鉄道も寸断され、代替輸送として使われている新幹線の混み具合が尋常ではないという
この生存の危機を乗り越えるには、稽古しかないと励まされ、
何年か前、指導者研修でやったことのある対熱中症の行気などをやりはじめている
熱中症の裏に冷えの問題ありといった課題
月末にかけて、何人かの来訪者を予定しているのだが、
この灼熱の等持院でどのようなおもてなしができるか思案中である

2018年7月15日日曜日

七転び八起き

七転八倒よりも七転び八起きでしょと、稽古会の方が届けてくれました
フォーメーションは1-4-2-1です


2018年7月4日水曜日

Part - 3 毀す

三年間、ここで積み上げてきたものを毀そうとしているわけだ
整体指導者であることよりも、ひとりの「整体の人」としての振る舞いを優先させた結果、
この稽古場のありようも大きく変っていくことになる
稽古場として存続できるのだろうか
それも覚悟の上の決断だから、あとは、やるべきことをやるだけのこと
結果は甘んじて受ける
今年後半、ここ等持院稽古場は、そのような実験の場となる
結構、ギャンブラーな私

悠悠自適の次に何が来るのか
七転八倒という言葉が思い浮かんだ
おいおい

余談だが、昨日、三人の人から骨折しましたとの報告が届いた
全員昨日骨折ったわけではなさそうだが、一日3件はあまりに多すぎだろ
みんな調和を毀す時期に差し掛かってるのかもしれない

2018年7月1日日曜日

Part 3 - 会者定離

所詮、人が人と過ごす時間は通過点でしかない
点という言葉を使ってしまうと誤解されそうだから、帯という字を使おうか
それとも、並行した線路の上を走っている電車に例えた方がわかりやすいだろうか

30年一緒に暮らしたとしても、もっと長いスパンで眺めれば、
同速度で走っている二両の電車のようなもので、やがて別れの日はやってくる
夫婦であっても、親子であっても、友人であっても

だからこそ、一緒に居られる時間は貴重だといえる
残された時間は五年かもしれないし十年かもしれない
こればっかりは、だれにもわからない

残りが短いなら、このままひとりでいる自由を選ぶのもよし
残りが短いからこそ誰かと一緒にすごすという道を選ぶもよし
蝉の一生、人の一生の比較みたいなものだね

こんな風に、これから一緒に暮らそうという人に「会者定離」を説いているぼくは、
不粋な男であるにちがいない
でも、説かずにはいられない

Part 3 マジックワード

ある集注に入っている女性に
この単語はマジックワードであった
この単語を発したとたん、さっと掴まれてしまった
なにこの速度
ちょっと舐めてた

どう考えても、
私に反応したというより、
この単語に反応したとしか思えない
30回くらい念を押したのだが、異存はないという
観念することにした

世の中には年齢識別機能不全の女性が千人に一人くらいはいるらしい
いや、常識という歪んだメガネをかけない自由な人というべきか

人生三巡目のはじまりです
sunajiiファンの皆さまごめんなさい
悠悠自適よサヨウナラ

2018年6月29日金曜日

6月の読書

飲み食い世界一の大阪* 江弘毅 ミシマ社 2013
ピカソになりきった男* ギィ・リブ キノブックス 2016
犬養毅の世界* 犬養毅・鵜崎熊吉 書肆心水 2007
父ボース* 樋口哲子 白水社 2008
中村屋のボース* 中島岳志 白水Uブックス 2012
失われた感覚を求めて* 三島邦弘 朝日新聞出版 2014
インド・まるごと多聞典* 矢作多聞 春風社 2002
タラブックス* 野瀬奈津子他 玄光社 2017
「リベラル保守」宣言* 中島岳志 新潮社 2013

2018年6月26日火曜日

Part 3 - Keep on moving

三年前の6月末、ずいぶん久しぶりに京都の稽古会に参加した
休憩時間、研修会館の北側に設けられた喫煙場所で徳岡さんと並んで煙草を吸いながら、
「いつか関西に戻ってきたいな〜」と呟いた
三ヶ月後、京都に住んでいるなんて、その時は知る由もない

二年前の6月末、初回のせうそこを等持院稽古場で開いた
安森さんを話し手として迎え、僕は聞き役だった
はじめての孫が生まれたのもこのときだ

一年前の6月末、そのころは3月末にやったせうそこ3の編集真っ只中だった
話し手としてせうそこに関わることで、「喪が明ける」ことを悟った
一歩一歩俗に戻っていくことに私自身が狼狽していた

それから一年が過ぎた今年の6月末
三年前一緒に煙草を吸った徳岡さんがせうそこ6の話し手として等持院に現れる
そして、俗に還ってきた私は大きな転機を迎えている

なんだか、せうそこに背中を押されて、ここまでたどり着いた感じがはんぱない
三年あれば人生変わる
いや、三ヶ月あれば、十分だ

Keep on moving

2018年6月19日火曜日

Part 3 整える

その日、何を稽古していくか決まらないことはある
では、それが定まらない時、どうするか
古いノートを引っ張り出してくるのも一案だが、掃除をはじめることの方が多い
つまり、場を整えて、やるべきことが「降りてくる」のを待つ

場を整える
稽古の場を俗から切り離す
稽古の場を生活の場から分離させるというのは、常識といえば常識
等持院で稽古場をはじめるときに腐心したのはこの一点に尽きる
ただ、平屋建て一軒家
生活の場を稽古の場から分離させることは物理的に無理なのだ

ぼくが採用した戦略は、すべてを開け放つこと
ドアは閉めないー書斎は男性用の更衣室となる
台所も開放するー実際、喫煙場所でもある
僕自身を限りなく備品化させていく
これしかない

ただ、これが可能であったのは、僕自身が非性的な存在
として京都に降り立ったからでもある
演技するまでもなく、実際、そういう存在であった
ここ一年は、「俗に還ってきた」一年であった
では、「俗に還ってきた」私に、この稽古場を維持していくことは可能なのだろうか?

結構、瀬戸際な感じ

2018年6月17日日曜日

せうそこ6

ご案内遅くなりましたが、今月末、第6回目のせうそこを等持院稽古場で開催します

2018年6月13日水曜日

Part 3 カタ

整体は俗とともにあるが
俗に堕してしまうと整体にならぬ
とことん俗にまみれながら、俗に堕さず、その境界線を住処とする
生命線はカタ、ということになる

2018年6月7日木曜日

横川澄夫さんを囲む詩と歌の夕べ

山下佳代さんが頻繁に夢の中に現れてくるようになったのは、昨年の秋も深まった頃だが、それを運んできたのがユズルさんではなくて、別の人だと気づいたのは大分あとになってからのことである。

それはともかく、6月4日、誘われていた「横川澄夫さんを囲んでの詩と歌の夕べ」に顔を出してきた。実際のところ、横川さんとは直接の面識はなく、何度か自作詩を朗読されている姿を、おそらくほんやら洞かどこかでお見かけしたことがあるくらいの関係で、言葉をかわしたのはこの日がはじめて。ただ、水口きみやさん経由でいただいていた横川さんの「北白川のTの字交差点」(1994)という福本早穂さん編集の詩集はずっと本棚に並んでいる。

宮崎さんの乾杯の音頭の後、水口さん、ユズルさん、志津子さん、わくさん、昌子さんたちの歌と詩の朗読に続き、横川さん登壇。入れ歯を気にしながら何編かの詩を朗読。1930年生まれということは、御年88歳。かくしゃくとしたものである。そして、詩のタイトルは養生訓。「分からない言葉は使わぬがよい」というのはいいですね。ほとんど40年前の仲間たちが集った同窓会のような会であったが、この場に居られてよかった。

帰ってきて、横川さんの詩集を取り出し、その隣にあった山下佳代編「結婚パック」(1985)も引っ張り出し、ついでに、去年、ユズルさんにいただいた「レクスロス詩集」も出してきて並べてみた。「女子学生のためのレクスロス詩賞」入賞者を再招集するという企画も急遽浮上した模様。これは楽しみに待つしかない。

「結婚パック」のあとがきに、佳代さんはこんな風に書いている。「この一年間でずいぶん赤ちゃんが身のまわりにふえて、女性詩人にもお母さんがふえました。.... とりあえず、ここに出ている詩人たちが集まって朗読会、そこでわたしは子どもたちをあずかってニコニコして詩を楽しむのです。」 いまでは、その子どもたちが親になっているのだ。佳代さんが亡くなって29年になる。

2018年6月3日日曜日

目隠しチャンバラ

おやこ稽古会まで一週間
「目隠しチャンバラ」やろうかと提案したものの、
それをどう稽古に落とし込むか苦悶中
むかしむかし、そんな稽古やった記憶があるのだけれど、
さて、どんな、なんの稽古であったか定かではない

まずは、新聞紙を丸めて剣を作ってみる
小さなお子さん対象の稽古だから、怪我することだけは避ける
最初二枚重ねで、次に一枚で新聞紙の筒を作ってみる
二枚重ねだと、ちょっと強すぎるので、一枚ものに決定
ちょっと強く握ると潰れてしまう
潰れないように持つ、というだけで、カタの稽古になるなとひとりごちる

筒を垂直にして、その中央あたりを持つ
手をほんの少しだけ弛めれば、筒は手の中を落下していく
筒が手から外れないうちに手を閉じれば、その落下は止まる
ただし、この時、強く閉じすぎて筒を潰してはいけない
筒の先が床に触れる一歩手前で止める
間一髪というやつだ
床にどれだけ近いところで止められるかを競うことも可能だろう

これを立ってやればシズミの稽古になる
筒の落下ととともに膝を抜き、腰を落とし、間一髪のところで止める
これはもう、大人がやっても面白い稽古になる
来週どっかで試してみよう
ただこうやっていて、チャンバラにたどり着くかどうかは不明
それにしても、おやこ稽古会、前回の、抜き足差し足稽古といい、新聞紙が大活躍
また夜なべ仕事をすることになりそうだ

まだ定員には達してないようなので、興味のある方は申し込んでください
https://www.kokuchpro.com/event/201806sj/
ただし、稽古場大人枠はすでに埋まっています

2018年5月30日水曜日

5月の読書

偶然の装丁家* 矢萩多聞 晶文社 2014
たもんのインドだもん* 矢萩多聞 ミシマ社京都オフィス 2016
親鸞と日本主義* 中島岳志 新潮社 2017
植物は<未来>を知っている* ステファノ・マンクーゾ NHK出版 2018
御馳走帖 内田百閒 中公新書 1996
大貧帳 内田百閒 六興出版 1981
対話集 ポスト「戦後」の進路を問う* 白井聡 かもがわ出版 2017
村に火をつけ白痴になれ* 栗原康 岩波書店 2016

2018年5月26日土曜日

ゆがみ

このことを書くのはちょっと恥ずかしい。
なんせ、整体歴うん十年にもなる自分が整体をまったく理解してなかったことを白状するようなものだから。

歪み問題である。
ゆがみという言葉に「不正」という漢字が充てられるようになったのは一体いつからのことなのだろうか。ずっと、ゆがみという言葉に負の価値が付与されてきたのは、この「歪」という漢字が充てられてきたことと深くつながっているに相違ない。そもそも、歪みという言葉が成り立つためには、普通とか正常とか標準といったものがすでに想定されているわけで、非常に近代的な発想であることはわかる。でも、その近代に深く冒されてる。左右揃ってるものは止まっている、終わってるという最近の稽古を続けているうちに、やっと近代の洗脳を脱したというわけだ。空間的身体から時間的身体へ、左右対称性からの脱却、反対を与えない整体...。これまで出てきた、数多くの課題が、急に繋がって、新しい姿を見せてきた。

歪められないことの方が問題なのだ。
冒頭にも書いたけど、ほんと恥じ入るとはこういうことで、ここまで、晴哉先生の体癖論もまったく理解してなかったことを痛感している。でも、いまさらながら整体が面白くなってきた。呆れられることを承知で、ここに記しておくことにする

2018年5月9日水曜日

おやこからだづくり講座

シリーズ第3弾
詳細はこちら(↓)から
https://www.kokuchpro.com/event/201806sj/

ちょうど一ヶ月後の開催になります
稽古会関係者の窓口は角南となります

2018年5月8日火曜日

ブックマーク

このところブログ更新されてませんよ〜
閉鎖しちゃったんですか〜というコメントを何人かの方にいただいた
ドメイン更新時ののトラブルからか、
dohokids.comからアクセスができなくなっていたりもしたようだ
念のためブックマークをこのブログのdohokids.blogspot.jpに変更しておいてください

更新頻度が落ち込んでいるのもたしか
なにも起こっていないわけではなく、ブログを書こうという意欲がなくなったわけでもない
ただ、ブログという容れ物にふさわしい内容ではなかっただけのことなのでご容認のほどを

稽古場開設30周年企画もあたためています

2018年4月29日日曜日

4月の読書

はたらかないで、たらふく食べたい* 栗原康 タバブックス 2015
「移行期的混乱」以後* 平川克美 晶文社 2017
アースダイバー 東京の聖地* 中沢新一 講談社 2017
死してなお踊れ* 栗原康 河出書房新社 2017

2018年4月26日木曜日

4月

おいおい、4月が終わっちゃうよ
いったい何してたんだろう?
行事満載であたふたしているうちに26日になってしまった

せうそこ翌日の1日、等持院で稽古したあと大阪西成へ
西成稽古場を初訪問、そして関西に引っ越してきてはじめての風狂知音
翌2日からはブラジル組第5弾?となるRitaさんとの稽古が始まり、
それに奇しくも三上賀代さんが絡むことになる

一日、2〜3時間x10回という短期集注型の稽古
この制約の中で、ここでやっていることをどのように伝えられるか
なかなかむづかしい
体を動かしていく稽古であれば、ブラジリアの大学で演劇を教えている方なので、
動法の難しさも、その後の達成感も体験していくことは可能だろう
でも、その前提となる「集注」という課題と取り組むのは大変
ご本人は満足したというが、こちらとすると消化不良感が残ってしまう

中旬に白山稽古会があって、その翌週は操法講座で東京へ
京都に引っ越してきてからの唯一の誤算は、この東京行きの回数の多さ
講座・研修に合わせて、年3回行くくらいだろうと高を括っていたのだが、
家族がらみの用事も結構出てきて、今年もすでに3回目
ま、これはしかたないか

そうそう、定例化しつつある「おやこ稽古会」ですが、6月9日(土)に開催決定
詳細決まったら、また告知します

2018年4月25日水曜日

インドの刺繍・カンタと韓国のポジャギ展

先日、上京の折、みどり稽古場に泊めていただいたのですが、
そのときに教えていただいたのが
「インドの刺繍・カンタと韓国のポジャギ展」
鈴木陽子さんの作品が観られるようです
会場は東京・恵比寿のAmericabashiアートギャラリー



2018年4月7日土曜日

活元運動以前

せうそこ参加者から「活元運動以前」の稽古をやりませんかというリクエストがあったので、せうそこ翌日の午前、参加者3名で開催。一番スタンダードな再現法を用いた様式を選択。稽古場の中では比較的活元運動になじみのある参加者だったこともあるが、活元運動を未体験の稽古場ネイティブの人たちに活元運動を教えることは可能だなという感触を得ることができた。活元運動の稽古化に取り組んで、もう5年以上になるのか。
http://dohokids.blogspot.jp/2012/12/blog-post_10.html

思い切って7月までの稽古日程出しました
但し、6月7月は暫定版の扱いです
http://dohokids.blogspot.jp/2016/12/34.html

2018年4月3日火曜日

物販

稽古場や指導室が物品販売をはじめたらおしまいである、
というのは常識
それでも、整体を学ぼうとする人たちの助けとなる書籍等は必要だし、
稽古グッズが市販されているはずもない
よって取次業者のような機能も最低限果たさなくてはならぬ

稽古会でしか扱ってない二重局面の下駄をあずかることにした
並べてみたら履物屋のようで、なかなか壮観
稽古会に来ている方のつくった襦袢も置いてある
あとは、せうそこくらいですね


一年

3月31日、第五回のせうそこ、いい感じで無事終了
思えば、一年前の同じ日、私が話者となったせうそこ3が開催されたのだった
印刷物になったせうそこに、「喪が明けてしまう」と書き、「難儀なことだ」とも書いた

翌4月1日、風狂知音を聴きに大阪まで足を伸ばした
津村さんがいない風狂知音を聴いてがっかりするんじゃなかろうか、
などと思っていたのだが杞憂に終わった
風狂知音はまだ3人でやっていた

初対面の方に、「せうそこ3」を読みましたと話しかけられ、思わず背筋が伸びた
「いや、あれは、一年前の私でして...」と言い訳している自分がいた
俗界に戻ってくるとは、まったく難儀なことである

2018年3月31日土曜日

3月の読書

路地裏の民主主義* 平川克美 角川新書 2017
風と土の秋田* 藤本智士 リトルモア 2017
魔法をかける編集* 藤本智士 インプレス 2017
「消費」をやめる* 平川克美 ミシマ社 2014
うしろめたさの人類学*  松村圭一郎 ミシマ社 2018
絵で見る服とくらしの歴史* 菊地ひと美 講談社 2012
原色日本服飾史* 井筒雅風 光琳社 1982

2018年3月26日月曜日

ひな人形の謎

先日遊びに来た人が、
お彼岸明けたらひな人形を飾って、旧暦の3月3日に片付けるんだ
という話をされていてた
あ、そうか、まだひな人形飾れるじゃないか
押入れから、ここ数年仕舞いっぱなしになっていたひな人形を取り出してきた
娘のところに女の子が生まれたら送ってやろうと思いつつ、
生まれてくるのは男の子ばかりで、結局、手元に残っていた

このひな人形には謎がある
独身時代、付き合い始めて間がない頃だと思うのだが、
亡くなったカミさんが、僕のところに送りつけてきたものなのだ
半年後には結婚し、一年もしないうちに娘が生まれたから、
そのひな人形は、当たり前のように、毎年春になると居間の一角に飾られるようになった
はたして、このひな人形にはどのようなメッセージが込められていたのか
結局、聞きそびれてしまったのだった


2018年3月13日火曜日

テキスト

やりかけだったテキストのデータベース化作業再開
これまで書いてきてものを年毎ひとつのまとまりにするだけのことなのだが、
30年分もあると、結構めんどくさい
PDFとして保存していたブログからテキストを取り出そうと思ったら、
画像として保存されているものなどあって、手こずった
最近知った、google drive、google doc経由でテキストを取り出す手法でなんとかテキスト化に成功
ひたすら、コピー&ペーストするだけの作業

これやって、なんの役に立のかという疑問はある
はじめて禁糖をやったのはいつか?といった自分の問いに応えるくらいのことである
(2004年のようです)

32ファイルあわせて、パソコン上のデータ量が4メガバイトに満たないことにおどろく
昔風にいえば、フロッピー1枚に収まってしまう分量
あるいは、デジカメ写真1枚分と言い換えてもよい
30年間、書き続けてきたものの分量とデジカメ写真1枚がデータ量的には等価
とは何を意味しているのか?

文字情報というのは抽象の極み、ということになるのでしょうね
俳句など十七音で世界を記すわけですから

2018年3月3日土曜日

変わり目

男の変わり目は64,70,76歳だそうである
なぜそうなのだ?と思わぬではないが、とにかく生活を変えなさい
とのこと

僕が京都に越してきたのが63歳のとき
数え年でいえば64だったから、変わるべき年回りだったのか
実際、生活は大きく変わった

まず、夜、出歩かなくなった
関東にいるときなら9時10時に外を歩いているのは普通だったが、
その時間なら、今はもう寝る態勢である
着物で過ごす時間がどんどん増えてきたというのも、大きな変化
最近は、食生活まだ変わりはじめ、肉食わなくてもよくなってきた

今年70を迎える我が師匠
あいかわらず、がんがん頑張ってるようにしかみえないのだが、
ちょっと生活変えてください

2018年2月27日火曜日

2月の読書

見知らぬ場所* ジュンパ・ラヒリ 新潮社 2008
性食考* 赤坂憲雄 岩波書店 2017
歴史の話* 鶴見俊輔・網野善彦 朝日新聞社 1995
時代劇ベスト100* 春日太一 光文社新書 2014
退歩のススメ 藤田一照 x 光岡英稔 晶文社 2017
荒凡夫* 金子兜太 白水社 2012
両神* 金子兜太 立風書房 1995

2018年2月19日月曜日

清澄庭園

東京に来ている
二人目の孫が生まれ、先月に続き2度目の上京
先月は出産直後のの臨戦態勢という感じだったが、
5週過ぎて、徐々に普通の四人家族の生活が形成されつつある
まあ大丈夫そう

上の孫を連れて近所の清澄庭園に
前回来たのは、十年、いやもっと前かもしれない
都心とは思えない、広々とした日本庭園で、池の中にはお茶室もある
そのうち、ここを借りて、稽古会をやるのもいいだろう
娘が清澄白河というエリアに住みはじめたことで、
この下町風情と最新のカフェ文化が混ざり合った街を散歩するようになった
さて、あと数日、この街を探検することにしよう


2018年2月13日火曜日

テーマ

テーマ稽古というのをはじめて一年近く経つが、
いったいどんなテーマが出てきたのか、メモをまとめてみるとこんな感じ
坐法臥法といった基本的なものから、稽古会の復習まで、
いろんなリクエストを抱えてみなさんやってくる
なかには謎掛けみたいなテーマを言ってくる方もいて、これはこれで愉しい

すり足
坐法
臥法
支点をはずす
一息脱力 L4、L2
垂直感
封じる
空中視点
感覚の境界線
随伴行気
卵巣の行気
地と図
合掌行気以前
合掌行気
三角形の解体
三点の集注
裡のうごき
活気づけ
五七五
観点
相互運動
活元操法

2018年2月8日木曜日

禁糖終了

禁糖終了
待ちきれず終わった
というより、飽きて終えてしまった
今回は、スパッと始めてスパッと終わったというよりも、
ひょいとはじめて、ひょいと終わった
ちょっと自信なかったのだけれど、
禁糖終えてからの方が、腹部第2はしっかりしてるから、これでよかったのだろう
劇的なことは何も起こらず、なにもかもが普通だった今年の禁糖
それでも、チャイに蜂蜜入れて飲めるのは嬉しい

2018年2月7日水曜日

回覧板

回覧板は割に頻繁に回ってくる
ただ、あまり役に立つものはなくて、さっさと次に回してしまう
たまに面白いものもあって、例えば、今日回ってきた「衣笠まちづくり通信」
この稽古場のある場所がもともと映画の撮影所であったことが地図で示されている


2018年2月6日火曜日

北陸豪雪

めずらしく京都は晴れの日がつづいている
それでも、今年は寒さ厳しく、北陸仕様で京都の街を歩いている
足元は防寒ブーツ
稽古着の上にダウンのベストを着て、その上はジャンパーまたはウールのコート
腕にはアームウォーマー
もちろん頭には帽子

北陸の雪は多いようで、サンダーバードは連日の運休
白山稽古会のメンバーに連絡してみると、一日雪透かしをやっているという
幹線道路の除雪はできているにしても、それ以外の道の除雪は住民がやるしかない
北陸は車社会になっているから、車が使えないと生活にも支障が出てるのではないか

石川には8年通っているが、先月体験した雪の量は、これまでで最大
今回、それを超える雪が積もっていそうだ
今月の白山稽古会は来週の土曜日なのだが、はたしてどうなることやら

2018年2月2日金曜日

澁谷和子展

澁谷和子展に行ってきた
いい展覧会って、その場に身をおくだけで、ふくよかになってくるものだが、
この澁谷先生の会って、まさにそんな感じ
2月12日まで
http://www.someseiryu.net/topic_page.html


2018年1月30日火曜日

1月の読書

その名にちなんで* ジュンパ・ラヒリ 新潮文庫 2004
謎床* 松岡正剛 ドミニク・チェン 晶文社 2017
建築家という対話* 光嶋裕介 ちくまプリマー新書 2017
明治維新という洗脳 苫米地英人 ビジネス社 2015

2018年1月25日木曜日

禁糖2018

朝寝床の中で腹部第2に触れてみたら、禁糖警報を発していた
それが昨日のことで、一昨日買ってしまったどら焼きに後ろ髪を引かれながら禁糖開始

先週5泊6日の日程で東京に行ってきたのだが、
食事の量も普段より多めだったし、甘いものを食べる機会も多かった
腹部第2に変調をきたした状態で京都に帰ってきたのだが、
結局、そのまま禁糖に入ることになってしまった

十年もやってると、すでに季節の風物詩みたいなもので、淡々とやるだけ
このところ外食する回数も減ってるし、食生活が大きく変化するわけでもない
それでも、いざ禁糖を始めると、自分の中にある食への執着心が前面に出てくるのが面白い
昔は禁糖中の料理写真をブログに載せたりもしてたけど、もういいでしょう
今回は干し芋で乗り切ります

あ、禁糖って、度合に対する感受性を取り戻すための稽古ですからね
この点はお忘れなく

2018年1月15日月曜日

雪のちから

北陸からの帰り道、車窓に広がる雪原を眺めながら考えた
今回、いつになく落ち着いて操法できたのはなぜだろう
会場として使っているのは、築百年を超える純和風木造建築
重厚感があって落ち着いている
しかも8年間、ほぼ毎月開催しているから、ここに来ると「帰ってきた」
と思えるほど空気になじんでいる
でも、今回の落ち着きに貢献したものが他にあるはず
思い至ったのは雪
庭を埋め、建物をすっぽりと覆ってしまった雪、その雪の力ではないのか
その重み、温かさ、湿度、シズミ感
いや、それはある種の諦念感と呼べるものだったようにも思える
そうか、こういうものに、土地土地の人間は育まれていくのだ






















2018年1月12日金曜日

寒波襲来

こういう時になぜか白山稽古会の日程が入っている
お昼過ぎ、13時の便に乗ろうと京都駅まで行ってみたら北陸線動いてないとのこと
しかたなく、駅前のスタバでカフェラテ飲んで、喫煙所で一服して帰ってきた
16時以降なら動きはじめるかもしれない、
という駅員の言葉を信じて18時台の特急に予約を変更
このあたりで、やっとサンダーバードの運行状況がみられるJR西のページ発見
16時すぎ「北陸線運転再開」の表示が現れたので、再び京都駅に向かうことにした
定刻に着くことは期待しないけど、せめて日付が変わる前に宿に入りたい
---
出直して京都駅
駅弁を買い込んでサンダーバードに乗り込む
福井に入るともう銀世界
20分遅れで松任到着
すごい雪の量
石川に8年通ってるけど、平地でこんなに雪が積もったのを見たことがない
雪を押して京都からたどり着いたものの、この雪の量は休講レベル
明日の稽古会にみんな来られるのかしら
この部分に考えが至ってなかったな〜


2018年1月4日木曜日

京都フォーラム

年末、書類を整理していたら京都フォーラムの抜き刷りが出てきた
タイトルは『生の充実、調和の感覚を求めてー「感応」と「内観」の整体思想』
1991年夏、京都の国際会議場で裕之先生が講演者の一人として呼ばれていった時のもの
私もカバン持ちで同行したのだが、なぜか、東京から夜行列車に乗った記憶がある
稽古場がはじまった当時の考えかたが、よくまとまっているもので、
これを稽古に来ている人に読ませてあげようと、バラしてスキャナで取り込んでみた
ところが、ほどなくして届いた月刊全生の1月号を開いて驚いた
この講演録がそのまま掲載されてるではないですか
裕之先生の文章が月刊全生に載るのは随分ひさしぶりー25年は経っているはず
その復帰作がこの講演記録であるというのは時宜に叶っていますね
編集長GJです
前エントリーでも書いたけれど、今年は稽古場30周年なので、「30周年」というラベルをつくることにしました


2018年1月3日水曜日

新年

新しい年明けです
今年は稽古場にとって創設30周年のビッグイヤー
そういえば、いただいた年賀状の中に、私の稽古に出ることで
「身体教育研究所の歴史を学ばせていただいている」というような文面があった
たしかに、せうそこも歴史発掘シリーズみたいになっている
本部稽古場が活動をはじめた数ヶ月後、月刊全生に「稽古場風景」という文章を書いたことを思い出したので、発掘してきました
ダン先生も含め、大半の参加者は洋服姿で、稽古着らしきものもすでに登場していることがわかります