2021年12月29日水曜日

年の暮れ

今年も残すところ、あと二日。千葉に住む娘が小さな怪獣たち三人を伴って滞在中。どうやら親がいるところが実家になるらしい。根無草の僕からすると、ここを実家と言われてもピンと来ない。娘にとって、京都は観光地という位置づけのようで、今日は交通博物館に行き、お正月には映画村に遊びに行く計画もたてている様子だ。一番下の1歳児はジージとネーネと一緒にお留守番である。

あわてて、この一年を振り返る。思った以上によく働いた一年ではなかったのか。(1)足繁く千葉に通った。11回を数える。昨年に比べ、一回あたりの日数は減らしてきた。それでも60日、のべ2ヶ月。去年生まれた三番目の男の子は、無事生後13ヶ月を迎え、すたすたと歩いている。(2)片桐ユズル編集「かわら版」のデジタル化作業に手を付けてしまった。1967年から1992年までの1500頁分。これをどのように使うのか全く考えてないのだけれど。年内に一区切り付けられて安堵している。(3)ベルリンとつなぎ、ZOOMで稽古をやってしまった。積極的にはじめたわけではないが、稽古会のありようを考えさせられる契機にはなった。英語力のダメさ加減も露呈した。(4)稽古会にはちゃんと出たのだが、耳はますます聞こえにくくなっている。白誌に助けられているとはいえ、この先、どう稽古に参加するのがよいのか悩み中。(5)白山稽古会は毎月開催。一月、雪に閉ざされて一泊二日の予定が三泊四日になってしまったのには参った。金沢の遠藤さんに尻を叩かれ、石川合同稽古会もオフ毎に3回。(6)今年唯一の新しいガジェットはプロジェクタ。これを使った「からむしのこえ」上映会も開催。(7)連れ合いは和裁の教室に通い始め、和裁三昧の日々。あれくらい集注できるものがあればいいな。(8)紙メディアとして等持院通信をはじめてみた。ゼロ号からはじめ9号にたどり着いた。(9)10月くらいから、コロナごもりから人が抜け出してきたようで、新しい人の動きが生まれてきている。これまでとは傾向の違う人たちが、この稽古場にやってくるようになり、新しい風を吹きこんでくれている。ここ一年半、コロナとは別に緊急事態宣言下にあった等持院稽古場もバージョンアップの時期にさしかかっているようです。(10)今年最後の一冊が藤原辰史氏の「分解の哲学」であったのは僥倖でした。

さて2022年はどんな一年になるのやら。来年もよろしくおねがいいたします。

2021年12月26日日曜日

12月の読書

ポルトガル、西の果てまで* 福間恵子 共和国 2021
分解の哲学* 藤原辰史 青土社 2019
あぶない法哲学* 住吉正美 講談社現代新書 2020
ポースケ*  津村記久子 中央公論新社 2013
アダルト・チルドレン* 信田さよ子 学芸みらい社 2021
家族と国家は共謀する* 信田さよ子 角川新書 2021

2021年12月25日土曜日

英語版

英語版をはじめよう(より正確にいうと再開ー以前試みたことがあるが挫折)と思った動機の8割は、今年、ZOOMを使ったオンライン稽古をやったことに由来する。英語話者にとって、整体に関する情報は少ない。身体教育研究所関連でいえばゼロである。

近年、Google翻訳にせよ、DeepLにせよ、機械翻訳の精度が格段に上がったことは間違いない。しかし、たとえば、僕がこのブログに載せている整体、稽古関連の記事を機械翻訳で英語話者(日本語でないという意味です)が読んだ場合を想定すると、かなり悲惨な光景しか思い浮かばない。誤解を助長する結果さえ考えられる。(お前だって、誤解しているだろうという突っ込みは、ここではなし)。そうなると、機械翻訳の助けを借りて、自分で仕上げていくしかない、というのが今時点の結論。しかし、問題は山のようにある。

まず、固有名詞に定着した訳語がないのが困る。整体協会はSeitai Kyokai, Seitai Associationくらいか。一般名詞としての整体も流通しているけれど、野口晴哉のSeitaiも固有名詞として、かなり定着している。身体教育研究所が難しい。そのままShintai Kyoiku Kenkyushoでは問題は解決しない。そもそも身体と教育という既知の単語を組み合わせた「身体教育」という言葉を使い始めたのは、日本において僕たちが最初かもしれない。1990年くらい。身体x教育。ありそうでいて誰も使ってなかった。これ自体、謎だ。

体育はPhysical Educationと訳される。おそらく、Physical Educationという単語を日本語訳したものが体育なのだろう。じゃあ、身体教育にはどういう訳語が充てられるべきなのか? アカデミズムの世界では、体育と同様、身体教育にもPhysical Educationという訳語が使われている。実に安直だ。故に、身体教育研究所をInstitute of Physical Educationとは訳したくない。つまり「身体」はどう訳されるべきなのだろう。

月刊全生には、いまでも晴哉先生の英訳文が巻末に掲載されている。「白誌」に載っている裕之先生の講義録が英訳されるのはいつのことなのだろうか。

COLDS AND THEIR BENEFITS

  Let's talk about Seitai.  Seitai here refers to the Seitai of Haruchika Noguchi and the Seitai of the Institute of Body Education (身体教育研究所). However, people who study Seitai vary from one to another, from those who say, "I don't take medicine, so I am a Seitai person" to those in the practice who say, "Who care about health". I think that's fine. Simply not taking medication is a contribution to society in the sense that it does not increase unnecessary medical costs, but in the eyes of the world, it is an antisocial presence. It's a strange world. Anyway, let's move on from the question of why seitai practitioners do not take medicine to the question of experience and education.

 For example, if you read Noguchi's book, "COLDS AND THEIR BENEFITS," it says that when a person catches a cold, develops a fever and sweats, and then successfully passes through the period body temperature goes lower than normal, the body is refreshed. Many people understand this as just a health method, but from an educational standpoint, it suggests something really important. In other words, it is a model of how we assimilate our experiences. Let's say a cold is exogenous, like the flu for example. So the human body and the virus collide. The fever occurs on the borderline. The epidemiological mechanism of fever can be explained in many ways, but when a person experiences something, there is a chance to encounter with others. The "other" can be a virus or a new environment, or a human being. Some might say that this is too much anthropomorphizing viruses and bacteria, but if you think of a person as a unified entity, this is not anthropomorphizing or anything, it's just natural. The definition of "experience is born as an encounter with others" is not so far off the mark.

 The question is, "How do we assimilate our experiences? According to Noguchi, when you catch a cold, it is natural to go through the process of fever, low temperature, and return to normal temperature, and after this process, you become a new body. The same is true for relaxation, hypersensitivity, and excretion in the case of the Katsugen Undo (活元運動). In other words, a "new body" means a body that has assimilated the experience. If you think about it that way, medication can be an obstacle to this process of assimilation. Yes, person of Seitai  is not someone who does not take medication, but someone who can quietly look at the process of assimilation that is happening within him or her.

 When you think about it, the difficulty of "experiential learning" also comes to light. If experientialism is just a field approach, it may end up confusing the learners. I worked for five years at the Japan Center of an American college program as I wrote about in another article, and looking back now, a lot of my work was spent as a counselor to take part in the assimilation process of students who are confused and stuck in the foreign culture.

Translated with a help of "www.DeepL.com/Translator (free version)"
Originally written in Japanese  as「なぜ身体教育なのか 2」on 2012/9/29

2021年12月23日木曜日

京都を動く(バス電車編)

年内に一度ご機嫌伺いに出向こうと、ぼくの整体の最初に師匠に電話してみる。数年前、脳梗塞で倒れ、一時はどうなることかと心配していたのだが、電話を通しての声は、倒れた当初よりはだいぶ聞き取りやすくなってきた。なにか食べたいものがあると訊くと、寿司が食べたいとおっしゃる。寿司となると、近所のイズミヤの寿司というわけにはいかない。大丸にでもいくか。

市バスで四条烏丸。成城石井で年末用のチーズを買い、その足で大丸へ。地下の食品売り場は賑わっている。店内で食わせる寿司屋さんの店先に寿司が並んでいることを思い出していってみるが、鯖寿司しか置いてない。隣の魚屋さんのコーナーで、にぎりの盛り合わせとアナゴ寿司を買うことにする。お腹は空いてきたのだが、こうなると自分の昼飯のことは横に置いて、先生の自宅に向かうしかない。阪急線で桂経由嵐山。嵐山ってカップルが遊びに来るところなのね。若いカップル、くたびれたカップルたちが終点でぞろぞろと降りる。

先生、体が不自由な割に、あっけらかんと明るい。テーブルの上に柚子が並んでいて、僕の顔を見るなり「柚子もってき」とおっしゃる。そう、22日は冬至だった。もっとも、柚子は裏庭から取っていけということだったらしく、早速裏庭に回ると、まあ、巨木になった柚子の木に実が鈴なり。置いてあった剪定バサミを借りて、枝先から柚子の実を落としていく。一緒に寿司をつまみながら世間話。40年を越える付き合いになるのか〜。出張の歯医者さんやら、マッサージのお姉さんやら、お手伝いのおばさんやら、入れ替わり立ち替わり人がやってくる。とはいえ、一日の大半は愛猫と二人だけで過ごしているわけだ。

暇乞いして帰途に着く。嵐電の嵐山を目指して歩いていく。レンタル着物を着た若いカップルが大勢歩いている。羽織もつけず寒くないのかしら。嵐山の賑わいもだいぶ戻ってきた。それでもピーク時の2、3割といったところか。そうだ、桜餅で有名なお店があったはずとgoole mapで検索。駅から遠くなさそうなのでいってみることにする。嵐山エリアの裏道を歩くなんてひさしぶりだ。鶴屋寿で自家用にと桜餅ふたつだけ包んでもらう。ちょっと歩き疲れて座りたくなってしまった。

駅方向とは反対になるが、JR嵯峨駅の近くに美味しいコーヒーの店があったぞと、ヤマモトコーヒーを目指す。以前、トロッコ列車に乗る前に入ったことがある。お昼時はとおに過ぎているのにお店はほぼ満席。観光客半分、地元民半分といったところか。ひとりで卵サンドは食べきれそうもないので、ピザトーストとコーヒーを注文。

京福電鉄の嵐山に戻り、帷子ノ辻経由で等寺院に帰り着く。今日は柚子風呂だ。




2021年12月21日火曜日

京都を動く(徒歩編)

オフ。寒さも緩み日も射して散歩日和。
まずは、図書館へ。最初に洛星高校方面に向かい、じぐざぐしながら郵便局を通り過ぎたところで西大路通。あとはひたすら南下して、円町に出たところで、針路を東に取る。やっぱり、京都は歩く町。自転車でも肌理が荒い。新しくできたパン屋さんを見つけ、また、ほうこんなお店ででランチやってるのか、などと気づく。図書館は休館日なのだが、延滞している源氏物語他何冊かを返却口から投入。これで、年内に返却すべき本はなくなった。あとは、どっかでお昼を食べて、帰りにコーナンで植木鉢を買う予定。

なじみの中華屋さんの前を通るがピンとこず、千本丸太町まで来たので左折、つまり北へ方向転換。ちょっと興味のあるネパール料理のお店もあるがスルー。下立売通りまで来たところで、そうだキッチンゴンに行けばよいのだと、右折、つまり再び東方面へ。そのくせ、今日は洋食の気分でもないことを自覚して、そのままお店の前を通り過ぎる。堀川通まで来てしまった。堀川通の向こうに御所の緑が見える。堀川通を越えればもう街中という感じなのだが、結界があるかのようにこの堀川通が超えられない。

堀川商店街を北上することにする。最近気づいたのだけれど、結構、面白そうな小さなお店がたくさん並んでいる。ようやくお腹も空いてきた。「素食」という看板に目を引かれ、一回通り過ぎた後、引き返す。扉を開けて中に入ると、薬膳の濃厚な香り。しまった、と思ったけれど、えいままよと覚悟を決める。奥は板の間になっていて、靴を脱いで上がる。あれこれ食べられそうな日替わりプレートを注文する。和物あり揚物ありで味も良い。オーナーは台湾出身の方らしい。

思いのほかお腹いっぱいになり、腹ごなしの散歩継続。中立売通に差し掛かる手前に本屋発見。え、こんなとこに本屋あったかしらといぶかったのだが、最近大垣書店がはじめた、書店、カフェ、ギャラリーの複合施設のようだ。大垣書店の書棚は期待はずれのことが多いのだけれど、ここは割にまっとうだった。中立売通で左折し、あとはひたすらコーナンを目指す。千本通まで来ると、かなりホーム感がある。先日、ブルーベリーの苗を買い、そのための素焼きの鉢を探しているの。コーナンにあったのは8号サイズ。できれば10号サイズがほしい。ちょっと迷った挙句、買わないことにした。

植木鉢は買わなかったし、本は返却したので荷物は軽い。えい一気にコープまで足を伸ばそう。今出川通から上七軒の石畳の道を斜めに北野天満宮に向かう。修学旅行生らしき5、6人のグループがお店のまえでたむろっている。そうか、上七軒にも修学旅行の高校生が出没するのかと、妙なところに感心してしまう。天満宮を北に折れ、平野神社。境内の見通しがよいので、ずんずん入っていくと、三年前の台風で倒壊し、修復中だった拝殿の工事が完了していた。続けて、本殿の屋根の葺き替え工事がはじまっていた。コープに珍しく紅玉が並んでいたので一袋買う。それに牛乳・豆乳・卵。かなり重い。帰りは、上り坂がないのが救いだ。

ひさしぶりの長距離散歩。9キロ歩いたことになるのか。最近になって知ったのだが、iphoneには万歩計の機能が組み込まれていて、勝手に歩数を記録しているらしい。まったくけしからんと思うのだが、本日の歩数は15122歩だそうである。




2021年12月19日日曜日

he said/she said argument 水掛論

There is a theory that the "Mizukake (水掛論)" comes from the Kyogen play "Mizukake Muko ,"  In English, the word "mizukake" is said to be "he said/she said argument”. It's quite obvious and understandable. The reason why people get into arguments is because they believe that they are right, and they believe that they can persuade the other person with their words.

In this respect, the theory of Taiheki (体癖論)is built on the premise that people cannot understand each other. The theory of Taiheki divides individuals shaped by the direction of their sensitivity into 10 types. People naturally judge things based on their own standards, and believe that these judgments are universal. It maybe true that if we don't believe that, it is difficult for us to survive. However, in the theory of Taiheki, ten standards are set. In other words, at its starting point, a standard or universality that can be shared by all of humanity are not set. It starts from the exact opposite, realism. Of course, before that, there is the basic premise that everyone is alive.

In the early days of Taiheki theory, it is said that people sometimes used animal metaphors to describe these types of people, such as a giraffe and a raccoon. The big question is whether giraffes and raccoons can understand each other. In fact, unless you go to a zoo, giraffes and raccoons, two different species, will never live together. However, humans live together as the same species. This is where it gets really tricky, but also really interesting.

There is a concept in biology called the Umwelt(
environment in English) proposed by a German bio-philosopher named Uexküll. he said that all animals live in a perceptual world that is unique to their species. That's right, each animal sees the world differently and lives in a different world. The theory of Taiheki is similar to this. The problem is that humans believe that we all live in the same world. Or we've been led to believe that we have to live according to a uniform standard that has been socially formed.

The most interesting part of Seitai theory lies in the pursuit of how these originally incomprehensible people can synchronize with each other and how they can overcome the world of Taiheki that confines them. The world of Seitai is about cultivating the ability to enjoy this discrepancy between oneself and others. Bothersome?
Be aware , we are living in bothersome world.

Why did I start thinking about this "Mizukake-ron"?
Because I am in the middle of it.

This is a translation of 「水掛論」https://dohokids.blogspot.com/2021/12/blog-post.html   
Translation was done with a help of DeepL https://www.deepl.com/translator.
Comments and feedback on this translation are welcome.

2021年12月9日木曜日

京都を動く(自転車編)

やっと晴れたので、洗濯物だけ干して、タバコ屋さんに向かうことにした。手巻きタバコにして随分になるが、手巻き用の葉っぱを売っている店は限られていて、もっぱら、北大路駅の近くのキシダというお店で買っている。距離にして4キロ、自転車で30分弱くらいか。京都で自転車に乗っていると、土地の勾配に敏感になる。急坂を登って、そこから降りていくか、だらだらとした坂道を登り降りしていくか。今日は急勾配ルートを選択。等持院から金閣寺までは登り坂。息切れしてくる。そこから北大路と西大路が繋がるところまで出る。千本通を越え、少し下ったところが今宮門前。普段ならそのまま下って、大徳寺を通り過ぎるのだけれど、今日は気分をかえて、今宮門前を左折し今宮神社方向に舵を取る。今宮神社前を右折して、あとは基本東に向かう。このあたりから比叡山がよく望める。大宮通を越え、堀川通も越える。北警察署前に出てしまったということは、少し北に行き過ぎているので、新町通にたどり着いたところで右折。タバコ屋さんで年が越せるよう普段より多めにタバコ、フィルター類を仕入れ、レジ横にいつも置いてある、フリーペーパーKemulierの新しい号をもらって店を出る。このKemulier、結構骨太の編集で、反喫煙全体主義に抵抗している。ついでにビブレにも寄っていこうと、進路をさらに東に取る。無印、ニトリをすこし覗いただけで、買物はとくにせず。いつもなら、ジュビターに寄ってジャムなどを求めるのだが、そういえば、最近ジャムの消費がぐんと減っている。

ここからは、ひたすら南下。ということは、ゆるい坂道を下っていくことなるので、走る距離はあまり気にならない。とりあえず堀川通に出ることにして、ジグザク、南に走り、西に走る。堀川通、御池通は車線も多く、京都の車交通網の幹線ともいえる道路だけれど、自転車にとっても同様で、歩道も広くとってあるので走りやすい。堀川通と今出川通が交わるところから堀川通の西側を走ることにした。晴明神社前を通り過ぎ、中立売通を越え、下立売通にさしかかったところで鳴海餅本店を発見。お赤飯で有名なお店なのだが、まだ買ったことがない。自転車をお店の前に停めて中に入る。お赤飯用に、いろんなサイズの空のプラ容器が置いてある。とりあえず、二人前お願いし、おはぎも、餡ときな粉一個づつ頼む。このあたりから南は屋根付きのアーケードになっていて、小さな商店が軒を連ねる。もうすこし探検してみるとおもしろそうだ。

小腹も空いてきたので、どこかでお昼でもと思いつつ、そのまま南下。二条城の前を通り過ぎ、三条商店街に入り口にたどり着いてしまう。この通りなら、入ったことのあるお店もあるし、どっか見つかるかもしれない。中華屋の前を通り過ぎ、大人のお子様ランチを提供する喫茶店の前も通り過ぎ、結局、お昼はあとまわしにして、三条商店街のアーケードの途中で南に折れることにする。壬生車庫あたりで千本通を越え、パン屋さんに向かう。今年の夏くらいに知った、美味しいライ麦パンを作っているお店、キートス。夏以来、この店以外でパンは買ってない。アンパンマンに出てくるジャムおじさんそっくりの爺さんがひとりでやっている。ライ麦パン二種類と全粒粉パンを買う。品揃えが良いとはいえないけれど、美味しい。さて、時計をみるともう13時過ぎ。さて、お昼はどうしよう。ちょっと、逆コースになるけれど、一度入ってみたかったチロルを目指すことにする。入ってみると、普通の昭和の喫茶店。京都にはこういう喫茶店がけっこう残っている。有名らしい、たまごサンドかカレーか、迷ったあげく、ハヤシライスにする。京都でタマゴサンドというと、大概、厚手の卵焼きをはさんだものが出てくる。京都駅から東京や北陸にでかけるとき、志津屋でタマゴサンドかカツサンド、あるいは、そのミックスを車中に持ち込むのが定番というか儀式のようになっている。

この週末の東京遠征の切符を買っておこうと、花園駅を目指す。ジパング倶楽部の手帳で切符を買おうとすると、みどりの窓口に行くしかない。ところが、どんどん、そのみどりの窓口がなくなって、窓口の代わりに通信端末が置いてあったりする。どうも気に入らないので有人のみどりの窓口を目指すことになる。花園駅には有人のみどりの窓口があるので、京都駅でなければ、花園駅を利用することが多い。ただ、同じように感じている利用者も多いのか、駅に着いた時点で前二人並んでいる。去年の4月以来、月一以上のペースで東京千葉に通っているので、新幹線の混み具合が、このところ、コロナ前に戻りつつあることを実感している。今回は指定席を取ることにした。これまでだと、自由席を使っていたのだけれど、ぼちぼち、あらかじめ指定席を取っておいた方が、余分な心配せずに移動できそう。みどりの窓口を減らすのであれば、もう少し、ジパング倶楽部のネット対応に注力してほしいものだ。

さて、お天気も良かったし、ぼちぼち洗濯物も乾いているころだ。家に帰って、16時からの稽古に備えることにしよう。本日の走行距離18キロ。ずいぶん走ったものだ。普段の生活圏をすべて網羅した感じ。だいたい、この範囲、4キロ四方で僕の生活は完結している。

2021年12月6日月曜日

源氏物語読み合わせの会

「 源氏物語読み合わせの会」等持院稽古場で行うことになりました。
源氏物語を、参加者それぞれが順番に声に出して読んでみる、それを傍らで聴いてみる、そういう会になります。「桐壷」を読みますので、テキストをお持ちの方はご用意ください。テキストが必要な方は実費で用意します。参加を希望される方は、事前にご予約ください。
どなたでも(整体協会会員でなくとも)参加できます。覚張幸子さんは、ジャズユニット「風狂知音」のボーカル。身体教育研究所では気韻の稽古を複数の稽古場で開催しています。

 日時 12月18日(土) 13時〜15時
 会場 等持院稽古場
 会費 千円+会場費かんぱ
 担当 覚張幸子  → 覚張さんと一緒に稽古する

2021年12月4日土曜日

水掛論

 水掛論という言葉が狂言の「水掛聟(みずかけむこ)」に由来するという説があるらしいけれど、どうだろう。英語で水掛論をどう表現するのかというと「he said/she said argumentと言うらしい。まったく、身も蓋もないというか、実によくわかる。そもそもなんで水掛論になるかというと、それぞれが自分が正しいと思っているからで、しかも、言葉で相手を説得できると信じている。

この点、体癖論は、人と人は理解し合えないという前提で組み立てられている。体癖論というのは感受性の方向によって形づくられた個人を10種に分けたものである。人間は当然のことだけど、自分を標準に物事を判断するし、その判断が普遍的なものだと信じている。たしかに、そう思えないと人間生きていけない。ところが、体癖論ではその標準を10本設定している。言い換えれば、人類全部で共有できる標準とか普遍性を出発点としていない。真逆のリアリズムから出発している。もちろんその前に、みんな生きているという大前提があるのだけれど。


体癖論が形成されていく最初期、この類型を、あの人はキリン型とか、あの人はアライグマ型とか動物に喩えたこともあったらしい。キリンとアライグマはお互いに理解しあえるか、という大問題。実際のところ、動物園にでも行かない限り、キリンとアライグマという異種が同居することはない。ところが、人間は同じ種として同居している。ここが実に厄介なところでもあり、また面白いところでもある。


環世界という考え方が生物学にある。ユクスキュルという生物哲学者が提唱したもので、「すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きている」というものらしい。それはそうだ、動物ごとに見えている世界は違い、生きている世界も違うだろう。体癖論もこれに近い。問題は、人間の方は、みんな同じ世界に生きていると信じている。あるいは社会的に形成された一律の標準に沿って生きなければいけないと信じ込まされてる。


整体論の醍醐味は、この、もともと理解不能な人間同士が、どのように同調し得るのか、どのように自らを閉じ込めている体癖世界を乗り越えられるかを追求しているところにある。この自他のズレ〜ズレというには大きすぎたり、時間的に隔絶しすぎたりするのだけれど〜を愉しむ能力を育てようというのが整体の世界なのです。ある意味面倒くさい世界。でも、面倒くさいなんて言ってたら生きていけない。


なぜ、水掛論について考えはじめたのか?

日々悩まされているからです。

2021年11月30日火曜日

11月の読書

源氏物語1* 有朋堂書店 1927
見知らぬ島への扉* ジョゼ・サラマーゴ アーティストハウス 2001
縁食論* 藤原辰史 ミシマ社 2020
アフター・カルチュラル・スタディーズ* 吉見俊哉 青土社 2019
水族* 星野智幸 岩波書店 2009
江戸という幻景* 渡辺京二 弦書房 2004

2021年11月26日金曜日

ネット記事から

 娘から教えてもらったネット記事。
ひさしぶりに爽やかな文章を読んだ。
整体の技術を学ばなかった者の「強み」が、インタビュアーの問題意識とうまくシンクロして引き出されている。成長病と僕らが呼んでいるウイルス由来の病気は、ワクチン接種の広まりによって罹患する機会が減っている。そんな時代に、人間はどのように成長していけるのだろうと考えていたのだけれど、「ワクチンすらも利用して、今の時代に則した体育のあり方を考えることができるかもしれない」(後編)という次世代の言葉はたくましい。「なんだか野口晴哉を身体のアナキストとでも呼びたくなってきました(笑)」というインタビュアーのセンスも素晴らしい。

2021年11月22日月曜日

源氏物語

源氏物語は読んだことがない。
来月、「源氏物語読み合わせの会」というのを覚張さんがやるのというで、あわててテキストを探しはじめた。読むのであれば、旧仮名のものがよいだろう。覚張さんに訊いてみると、「私は古本屋で見つけた大正時代に出版されたものを拡大コピーして使っている」とのこと。国立国会図書館のデジタルアーカイブを探ってみると、出てくるは出てくるは。一種類ダウンロードして印刷してみた。次に京都市図書館のデータベースを当たり、出版年が古そうで、かつ貸出可能なものを探し、予約したら、有朋堂書店大正15年発行の「源氏物語1」が早速届いた。大正15年というと1926年、つまり95年前に刊行されたものだけれど、すこぶる状態はよい。つくりもしっかりしている。当時の活字文化のレベルの高さがわかる。古典を声に出して読んでみる、聴いてみる。これは興味深い体験ができそうだ。関心のある方は是非。



2021年11月12日金曜日

石川合同稽古会(第7回)

石川合同稽古会も7回目となります。
今回は、再び湯涌創作の森が会場となります。
参加ご希望の方は担当者までご連絡ください。
その際、参加希望日、宿泊の要不要をお伝え下さい。

12月4日(土) 13時〜18時半 遠藤日向x佐藤朋弥
12月5日(日) 10時〜15時半 角南和宏x佐藤朋弥

会費  一日五千円

遠藤 rakuendoh@gmail.com  076-299-5424
角南 dohokids@gmail.com   075-465-3138

2021年11月1日月曜日

QRP

  十代の頃はラジオ少年で、半田ごて片手にアンプを作ったり、ラジオを自作したりしていた。真空管の時代である。十代後半に入ってからは、もっぱらアマチュア無線。受信機は買ってもらったものを使っていたが、送信機は自作。

 アマチュア無線用語でQRPというのがある。送信出力を絞ることを意味していて、どれだけ小さな出力で、どれだけ遠くの人と交信できるかを競う。既成の高性能高出力の機器で遠くの人と話せるのは当然のことで面白くない。僕はこのQRPというのが大好きで、自作した小出力の電信専用の送信機で深夜、海外の友を求めて電波の世界に遊んでいた。もっぱら使っていたのは、電離層の反射を利用して遠くと通信できる短波帯。フェージングという作用の影響で受信レベルが高くなったり低くなったり、聴こえてくるモールス信号の音程も揺らぐ。

 二十代に入り、実際に自分の脚で旅するようになってから、アマチュア無線への関心はピタリと止み、以後、再開することもなかった。今に繋がっているものとすれば、電波のように目に見えないものへのロマンであったり、未知の土地への好奇心であったということになる。全然、工学系ではなかったな。ミニマリストの素養は昔からあったわけだ。

冬到来

  月末三日間二〇時間の稽古会を耳が遠いというハンディにもめげず(今号の特集です)終えた。ひとつ壁を乗り越えた気分。これで十月も終わり。今年もあと二ヶ月で終わりだ。スーパーに行けばオセチ注文の受け付けがはじまり、文具屋には来年の手帳が並ぶ。まったく信じられないというか、時間の流れが加速している。緊急事態宣言が解除されたこともあり、人も再び動きはじめた。十一月に入れば、紅葉目当ての観光客が京都に押し寄せてきそうだ。すでに兆候は現れている。修学旅行生の姿も増え、行きつけの蕎麦屋の前には行列ができ、道を走っている車の数も増えた。

 娘のところの三男坊が生後十三ヶ月(整体における育児の区切り)を無事通過したので、一年半で二十回を数える僕の千葉通いも一区切り、のはずなのだが、はたして目論見どおりいくのかしら。たしかに、娘ひとりで男の子三人の世話をしていくのは大変で、僕が行くと子守三昧。一歳児の子守を六時間まかせられるジージの存在は、娘のママ友たちには信じがたいそうだが、別に特別な術を使っているわけではない。ただ子守が3日続くと、さすの僕もバテてしまう。大体月半に行って、帰ってくると下旬に差し掛かっていて、あっという間に月末三日間の稽古会がやってくる。その稽古会が終わると、何日もしないうちに、今度は石川行が待っている。十日続けて一箇所にいることがない生活。外の世界がスローダウンしている間、僕は動き続けていた。外の世界が動き始めた今こそ、静かな暮らしを取り戻したいのだが、はて。

2021年10月30日土曜日

10月の読書

幻のえにし* 渡辺京二発言集 弦書房 2020
時代劇聖地巡礼* 春日太一 ミシマ社 2021
ナウシカ考* 赤坂憲雄 岩波書店 2019
言葉をもみほぐす* 赤坂憲雄・藤原辰史 岩波書店 2021
オオカミ県* 多和田葉子・溝上幾久子 論創社 2021
くじらの子* 石川梵・宮本麗 少年新聞社 2021
日本社会のしくみ* 小熊英二 講談社現代新書 2019
ヘイトスピーチと対抗報道* 角南圭祐 集英社新書 2021

2021年10月27日水曜日

足袋

ひさしぶりに、等持院稽古場でまとめて足袋を注文しようと思います。11月10日過ぎに発注、下旬に受け取りというスケジュールで考えています。

2021年10月23日土曜日

Lecture that has vanished

original text is read in Japanse here  https://dohokids.blogspot.com/2021/04/blog-post_13.html

In March, I had an opportunity to give a 90 minutes lecture online to a group of Alexander technique teachers. It became a very satisfactory one at least for me and I asked the organizer if I could have a recorded audio file. But she said, "Oh sorry, I forgot to record." So it has become a vanished lecture. 

I wanted talk about the theory of growth in Seitai, so I focused on childcare in Seitai, But I started talking about how I had become a Seitai student at the first placeI have prepared a list of topics as a memorandum. Some of the things I was trying to talk about, but I didn't actually talk about, were added afterward. I wonder if the title will be " Seitai  as a prototype of learning.”

Jump into Quaker University 1973
A method of experiential learning in an experimental college
Putting yourself in a different cultures
Confusion and conflict and assimilation
Free school
what is experience?
How do we absorb experience?

Seitai as a prototype of learning
Introducing books by Haruchika Noguchi, the founder of Seitai
From the lecture memo of childcare course by Hiroyuki Noguchi
Fetal-pregnancy
13 months after birth
When the belly grows
Belly as a digestive system
Hara as an assimilation of experience
1 to 3 years to 5 to 8 years to puberty
what we call Growth Disease
Grow what is growing now

How to think of "going through"
High temperature (fever) → low temperature (rest) → normal temperature
Things that hinder the progress
"The benefits of colds" as a book of education
What is physical fitness?
Unfounded self-confidence

I didn't have time to go to the training at the ongoing at Shintai Kyoiku Kenkyusho, but it was a fulfilling 120 minutes including a question and answer session. It was the harvest that made me feel "heard" more than I expected. It's a summary of what I've prepared for " book reading club" over the last few years.

稽古会予告・12月

急に寒くなりました。
このまま冬到来なのでしょうか。
さて、12月の稽古の企画が固まりつつあるので予告。
詳細は決まり次第、お知らせしていきます、

石川合同稽古会 12月4日(土)〜5日(日) 湯涌創作の森 遠藤・角南・佐藤
源氏物語読み合わせの会 12月18日(土) 等持院稽古場 覚張幸子

2021年10月21日木曜日

イリイチ読書会

これまでやってきた「学びについて考える」のメンバー3名で、イリイチの「エネルギーと公正」を読みはじめることにしました。初回は10月25日(月)18時30分、等持院稽古場での開催です。興味のある方は角南(dohokids@gmail.com)までご連絡ください。

2021年10月17日日曜日

かわら版デジタル化プロジェクト

 今年初めにはじめた「かわら版」デジタル化プロジェクトも第3コーナーに入ってきた。保存状態の良い90年代から時代を遡るようにデジタル化してきて、それが一段落したので、こんどは最初期から現在に向かって作業を進めることにした。創刊号は1967年発行。なんと半世紀以上前になる。手元にある資料の八割がたのデジタル化が済んだことになる。手順については、基本「デジタルアーカイブの作り方」に沿って作業している。まず、iPhoneのカメラで一年分(100枚弱)を撮影。iPhoneの写真アプリで傾き、歪み調整、サイズの調整をしたうえで、写真をairdropでMacBook airに転送。MBAのプレビューアプリで、色合い、露出、シャドウ等6種類くらいをスライドバーで調整。一年分を一つのPDFで書き出すという作業をしていく。ここまで1000頁分くらい取り込んできたことになる。なんとか年内には完了したい。ただ、資料としてより完成度を上げるためには、1973〜1979年(56号〜104号)の欠落部分を手に入れる必要がある。もし、段ボールの奥に、この時期の「かわら版」を発見された方はご連絡いただきたい。



2021年10月10日日曜日

稽古場風景

  等持院稽古場が個人教授専門道場になって久しい。集団稽古はほぼゼロで個人教授個別稽古に明け暮れている。もともと、自宅兼稽古場という制約のなかではじめたこともあるのだけれど、この稽古場に「会員のための公共の場」という感覚を育ててこなかった。どちらかというと、稽古に来ている会員は「客」で亭主である私がもてなすという、お茶会に近いような様式が定着してしまった。ことに、ここ一年半、緊急事態に備え、いつでも動けるような日程を組んできたから、ますます個人稽古道場化が進んでしまった。集団稽古によって育つものー他者という師を得るという意味でーもいっぱいあるので、はたしてこのままでよいのかどうか、ちょっと悩ましい。

 ひとりあたりの滞在時間が長いのが特徴。最初にお茶が出てくる稽古場ってそうはないだろう。お茶飲みながら世間話を20分。そこから稽古室に入って個人教授を小一時間。終わってからまたお茶を飲む。ときにはお茶菓子まで出てくる。これだけで大体一人一時間半から二時間コースとなる。稽古+操法コースとなると、間に休憩も入れるから、三時間コースになる場合もある。

 こんな風景をみたら、ひとり45分枠で個別稽古をしている白山稽古会のひとたちには怒られてしまいそうだ。でも、集団の稽古があって、また個人教授・個別稽古があるというのが、稽古場のスタンダード。白山稽古会の方が普通で、等持院の風景の方が例外なのです。逆に、 ここをホームグラウンドにしている人がが他所の稽古場を訪ねていったら、その厳しさに戸惑ってしまうかもしれない。それだけは警告しておきます。

2021年10月9日土曜日

モバイル

 うかつなことに、このブログを見にきている人の7割近くが、スマホ利用者であることに気づいたのは最近のこと。




















つまり、こんな風な画面で表示されているわけだ。






パソコンやタブレット画面では右側に表示されている稽古会情報が表示されないことになる。これは不便、というか、肝腎の稽古会日程などにたどり着けない可能性がある。こういう場合は、最初の画面の「ホーム」(赤矢印)を押すと、下側の画面が展開されるようになっている。スマホ遣いの人たちには自明のことなのかもしれないけれど、最近、私の周りに増えてきた高齢スマホ初心者のために、ご紹介しておきます。




2021年9月30日木曜日

9月の読書

むずかしい天皇制* 大澤真幸・木村草太 晶文社 2021
人は100Wで生きられる* 高野雅夫 大和書房 2011
自然の哲学 高野雅夫 ヘウレーカ 2021
時給はいつも最低賃金 これって私のせいですか? 和田静香/小川淳也 左右社 2021
ヒトは食べられて進化した* ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 化学同人2007
数の発明 ケイレブ・エヴェレット みすず書房 2021
チョンキンマンションのボスは知っている* 小川さやか 春秋社 2019

2021年9月28日火曜日

からむしのこえ

国立歴史民俗博物館の映像資料、映画「からむしのこえ」のDVDを借りられることになりました。下記の日程で等持院稽古場で上映します。会費無料。狭い空間なので定員制(max7名)とします。要予約。


9/27 (月) 18-20 (終了)
9/30 (木) 17-19



























 「からむしのこえ」という映画の存在を教えてくれたのは、僕が京都に舞い戻ってほどなく、「せうそこ」というイベントを企画してくれたIさんで、千葉にある歴史民俗博物館(歴博)所蔵のDVDを僕が窓口となって借りてほしいというリクエストを通してだった。歴博は娘が住んでいる佐倉市にあり、実際、何度もその展示を見るために足を運んだので馴染みはある。役所相手の交渉も昔とった杵柄で不得手ではない。そんなことで、「からむし」がなんなのか、よく理解してないまま、歴博に連絡し、「身体教育研究所」という名称も活用して、勿論、活動内容もちゃんと説明して、無事、このDVDを借りられる運びになった。

 この文章は、等持院で開催された一回目の上映会を終えた段階で書いている。からむしイラクサ科の多年草で、苧麻・ちょまとも言わる)、動力をたのむことなく布になっていく工程に見入ってしまった。まず、からむしを育てるための準動の段階があり、そして実際にからむしを育る時期があり、それを収穫する。そして、そこから繊維を取り出し、糸にして、織っていくという屋内での作業がはじまる。この年間を通しての一連の流れを記録した貴重な映像。
とにかく時間の流れ方がちがう。映像の最後の方になって、からむしの製品を売っているお店のある東京の風景が映し出されるのだけれど、福島・昭和村との乖離に目眩しそうになった。(9/28)

2021年9月12日日曜日

コロナと速度 2

 「エネルギーと公正」が出版された1974年は僕にとっては特別の年で、元旦をサンタフェで迎え大晦日をケララで過ごすという、人生最大の移動をした一年だった。インドで何ヶ月か過ごすうち、なぜか、僕は一生自家用車に乗ることはないだろうという確信を持ったのだった。20代後半、教習所に通って普通免許は取得したものの、いっときバイクに乗ってた時期をのぞき自家用車を持つことなく、今に至っている。おそらく、この先も自家用車とは無縁だろう。その分、関東で暮らしていた28年間、電車利用通勤者として、電鉄会社への隷属を強いられていたこともたしかである。

さて、「エネルギーと公正」である。
イリイチの文章には、頻繁に「限界」「境界」という単語が出てくる。「一人あたりにエネルギー量がある境界以下ならば、モーターは社会の進歩のための条件を改善する」(p.16)。「わたしが説きたいのは、一人あたりのエネルギーがある適正な水準をこえると、いかなる社会もその政治態勢や文化的環境が必然的に退廃するということなのである」(p.17)。では、イリイチが考えているエネルギー量の境界ー交通でいえば速度はどのあたりにあるのかというと、「公共の運輸機関の速度が時速15マイル(24キロ)をこえて以来、公正が低下し、時間と空間の不足が顕著になった」(p.23)と書いているように、人が自転車で移動できる速度の上限のあたりを想定していることがわかる。さて、この数字をみて、腑に落ちるか、それとも違和感を覚えるか。自分の速度中毒度を測る目安にはなりそうだ。ふたつ目の文章の「退廃」という訳語は、原文ではdecayなので、むしろ「劣化」という単語を充てた方が意味はわかりやすくなる。ここでいう退廃、劣化という言葉が意味するところは、民衆の力が専門家に吸い取られていく「技術権力体制(テクノクラシー)による支配」(p.14)を意味している。この部分こそがイリイチの真骨頂といえるし、例えば、グレーバーの「ブルシットジョブ」などに通じていくものだろう。

この稿をはじめるにあたり、コロナ=速度問題だと書いた。でなければ、イリイチの本を読み直そうとも思いつかなかっただろう。やっぱり、何人かで一緒に読んだ方が面白そうだ。

2021年9月10日金曜日

大文字山

思い立って大文字山へ
徒歩バス徒歩で、家を出てから50分後に銀閣寺脇の登口到着
初心者コースとのことだったので安心して登り始める
道は整備されているし、ハイカーの数も多いので迷う心配はなし
登る度に迷ってしまう左大文字とはおおちがい
50分ほどで、送り火の火床到着
見晴らし最高
遠くにアベノハルカスらしき姿も望める
ここから頂上へはさらに登ること20分
山科、奈良方面の眺望が素晴らしい
このまま歩き続ければ大津に抜けられるようだが、今日はここまで
来た道を引き返す





2021年9月9日木曜日

コロナと速度 1

人の移動とコロナ感染者の発生をプロットし、アニメーション動画にしたものを見た。今回、この文章を書こうとして探してみたのだが、見つけられない。人の活動を見事に可視化したもので、その動きは生命的で実に美しかった。人は移動し、人と会い、様々なものを交換してきたし、いまもしている。その動きが美しくなかろうはずがない。たまたまそこにコロナウイルスが紛れ込んだ。コロナウイルスの移動を止めようと、ありとあらゆる「交換」が止まりはじめた。角を矯めて牛を殺すことになりはしないか。

コロナ問題を突き詰めていけば、移動速度の問題にいきあたる。ということは、これはエネルギー問題であり、環境問題でもある。コロナ禍においても、僕自身あまり影響を受けていない(稽古に来る人は減り、収入も減っている、という意味では影響は受けている)のは、僕の移動距離が極小のせいだ。関東から京都に移って一番変化したものは、日常的な移動距離が激減したことだ。通勤距離は短かったとはいえ、20キロ離れた仕事場に電車で通っていた。単純計算すれば、週5日として200キロ。それに比べれば、職住一体のくらしという要素は大きいけれど、今はおそらく週30キロ動いてるかどうか。しかも、大半は徒歩か自転車による。

イリイチの「エネルギーと公正」を開いてみる。1979年刊行だから、イリイチの翻訳とすれば最初期のものといえるだろう。元になっているのは、1974年の論文。単行本にして60頁ほどの分量だ。読みはじめたのはよいのだけれど、訳のわからない単語が多すぎる。「連続的生産の非効用性の拡大」? しかたなくネットで原文をみつけてきて該当箇所と照らし合わせてみる。「growing disutilities of continued production」...。うーん、英語を読んでも意味わからん。これは、ちょっと読書会でもはじめて、何人かで読んでみるしかないのか。

(続く)

2021年9月6日月曜日

本棚

「本棚の本、全部読んだんですか?」と若者に問われた。読んでいるわけがない。ひょっとすると読んでない本の方が多いかもしれない。読んでみたいな、と思って買った本が本棚に収まっているだけで、実際に読んだ本は本棚には収まってはいない。自分で読んで面白いと思った本は、すぐ人に勧めて渡してしまうから、むしろ読んでない本、読みかけの本が手元に堆積していく。蔵書は小さな本棚に収まっているものだけで、最近は、そこからはみ出して、更衣室にまで広がってきているので、近々、処分せねばなるまい。

時代って五十年くらいでひと回りするのか、1970年代くらいに読んだ本をもう一度手にしたくなる。本棚を探してもそこにはなく、しかたなく図書館から借りるというケースも多い。コロナとは結局は「速度」の問題に帰着すると考え、イリイチの「エネルギーと公正」を読みたいと思ったが、誰かに貸したまま帰って来てない(京都に越してくる前の話ですーどこや〜?返却希望)ので図書館から取り寄せる。1979年晶文社刊。これについては、稿を改めて書きます。



2021年8月31日火曜日

8月の読書

結局、この夏の課題図書は、加藤陽子になってしまった

昭和史裁判* 半藤一利・加藤陽子 文藝春秋 2011
それでも、日本人は「戦争」を選んだ 加藤陽子 朝日出版社 2009
首都感染 高嶋哲夫 講談社文庫 2013
魂でいいから、そばにいて* 奥野修司 新潮社 2017
新大久保* 室橋裕和 辰巳出版 2020
アフリカ人学長京都修行中* ウスビ・サコ 文藝春秋 2012
私の1960年代* 山本義隆 金曜日 2015
新版ウイルスと人間* 山内一也 岩波書店 2020

2021年8月25日水曜日

長雨の次にやってきたのは残暑
去年の落しだねからなのか朝顔がフウセンカヅラの間から顔を出す
ゴーヤも今頃になって実をつけはじめ、これが第3号
今年は豊作かもしれない
トンボも舞い始め、まだ暑いとはいえ、もう秋である





2021年8月19日木曜日

追悼 栗田さんのこと

栗田完さんの訃報に接する。
長い付き合いだった。
彼の出身校である北海道教育大岩見沢校で教えていた進藤貴美子さんの紹介で身体教育研究所にやってきたのが初めての出会いだから、おそらく1990年代の後半のこと。鼓童で活動していたこともあり、その後、早池峰神楽の会にも通っていたそうだ。集中的に本部の稽古会に通っていたのはどれくらいの期間になるのだろう。結局、末っ子長男ということで、東京での生活を切り上げ山形に戻っていった。亡妻の実家が秋田の南端の雄勝郡(今は湯沢市)、栗田さんの家が山形県最北の金山町ということで、時折、秋田や山形で会う機会もあった。

大井町稽古場で「筆動法でたどるおくのほそ道」なんぞを始め、ぼくの中で東北ブームがはじまったのが2000年代の中盤。そんな折、西馬音内盆踊り、早池峰神楽といった東北の伝統芸能の水先案内人になってくれたのも栗田さんだった。彼が山形に戻って以来、東京で会う機会は減ったが、いつ頃からか、京都の稽古会で顔を合わすようになり、僕が京都の稽古会に出始めるようになってから、夜の特訓のときには一緒に組んでいた。コロナの影響で毎週通っている西馬音内盆踊りの勉強会は中断中ですと残念そうに話していたのは去年の秋くらいだっただろうか。

西馬音内盆踊りのお囃子を聴きながら、栗田さんのことを偲んでいる。





















栗田さんの画像を切り出してみた
NHKふるさとの伝承ー神楽が守る里 早池峰山麓の一年(1996)より

西馬音内盆踊り
今年は、無観客でライブ配信したらしい

2021年8月16日月曜日

人生はいつはじまるだろう

 人生はいつはじまるのだろう。そんな妙なことを考えている。そもそも、「人生」などいう単一で呼べるものなどあるのだろうか。むしろ、複数の人生が接ぎ木されるようにして、ここまでたどり着いたのではないか。「今の人生いつはじまった?」と問を変えると、僕の場合、父や妻が逝った七年前からはじまったとしか言いようがない。その前の人生と今の人生が不連続なのだ。長い時間をともに過ごしてきた人が居なくなってしまう。それによって、自分の人生が次のステージに否応なしに押し出されていく。ただし、その中断のあとも、その人たちとの未実現の人生は続いていく。連続性があるのは、未実現の人生の方で、現実の人生は不連続。つまり僕らはパラレルワールドを生きているのだ。これまで多くの岐路があって、その時々に決断し、あみだくじをたどるようにここまで生きてきた。しかし、その時々で選択されなかった道は、そのあとも続いていたのではないか。妙な考えは、不思議な答えにたどりつく。今日は送り火。

2021年8月14日土曜日

こうしてブログを運営していると、不思議に思うことがたまにある。管理者のページを開くと、どの記事がよく読まれているか数字で表示される。当然、直近の記事へのアクセスが多いのだけれど、なんで今頃この記事が読まれているんだろうと理解不能な現象に行きあたることがある。たとえば、「性と文化の革命」。この記事自体、2年以上前にアップしたものだし、内容だって、半世紀も前に中尾ハジメが訳したライヒの本をハジメさんとミドリさんと3人で話したという他愛のないものだ。なのに、直近一週間で8件(7位)、1ヶ月で33件(15位)、3ヶ月で119件(4位)、6ヶ月で281件(2位)、一年で492件(2位)という具合で、1日1回はアクセスされている計算になる。謎すぎる。それとも、今でも、この本について検索している人が一定数いて、その人たちの検索に引っかかるかたちでこの記事が読まれているのだろうか。実に不思議で、逆に謎かけされているような気分になる。

2021年8月11日水曜日

覚張さんと一緒に稽古する

石川合同稽古会無事終了。2日目、ふるさと館での稽古を覚張さんと一緒にやる機会を得たというのは感慨深い。なんせ、覚張さんに背中を押されて、僕は指導者の道を歩むことになったのだから。

話は2008年に遡る。ゴールデンウィークあたりだったと思うのだけれど、関内にある横濱エアジンに風狂知音のライブを聴きに行った。その時のライブが凄かった。身体が文字どおりバラバラになってしまうような経験に打ちのめされた。翌日、仕事場の隣にある所長室に飛び込んで、裕之先生に「ああいうライブの経験は整体で可能なんですか?」と問い質した。裕之先生、あたかも当然という顔で、「そりゃできるよ」とのお返事。事務局と稽古担当という二足の草鞋を脱ぐことを決めたのはこの時なのだ。事務仕事してる場合じゃない、そう思ったのだった。後任選びや引き継ぎ等いろいろあって、実際に事務局を「卒業」したのは翌年の春。20年以上に及ぶ給与所得者生活に別れを告げたのだった。

あれから13年になるんだ〜。なんとか生きのびている。平穏という言葉から遠ざかってしまった気はするけれど。

下鴨散歩

午前中で稽古が終わったので、下鴨まで出かけることにした
河原町今出川まで203系統の市バス
河川敷に降りると、いきなり甲斐さんの写真が出迎えてくれる
出町橋を渡って糺の森に入る
お目当ては下鴨納涼古本まつり
予想していたより、ずっと規模が大きい
人も大勢出ている
沢山の本に囲まれると選べない
結局、三冊五百円コーナーで既読の本を買ってお終いにした
下鴨は46年前にはじめて京都で暮らしはじめた地区
当時の痕跡が残ってないかと、下鴨神社の北隣を歩いてみる
驚いたことに、当時、FWCが借りていたとおぼしき建物を発見
さて、こんなピンクの外壁だったっけと記憶をたどる
結局、そのまま北大路まで歩き、洛北高校前から204系統の市バスで帰還

 

 


2021年8月3日火曜日

Is Keiko possible on ZOOM?

3ヶ月にわたるZOOM稽古終了。
充足感よりも、欲求不満感ーライブ稽古への渇望感がより強く残るものだった。英語力不足も深刻だ。

以下は、先月書いた「ZOOMで稽古は可能か?」の英訳版。まずはGoogle翻訳に下訳をお願いしてみた。昔に比べると随分マシになっているとはいえ、そのままでは使えない。元の文章で主語が曖昧になっているせいでもある。手を入れることでだいぶreadableな英語になった気はする。間違い、改善点があればご教示願いたい。

ちなみに、今回のお相手だったLina Gómezさんのプロフィールへのリンクを貼っておきます。

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Is Keiko possible with ZOOM?

Bring the iPad on a tripod to a small keiko room and launch ZOOM. Translation app is ready on the screen of my iPhone. The scenery is not as beautiful as it should be when the electronic devices are  brought into the keiko room. I was negative about the keiko using ZOOM, but I decided to try it for the first time.

The student is a dancer and choreographer from Colombia who lives in Berlin. She  was supposed to be enjoying  Kyoto life now with the Artist Residency Program sponsored by Goethe-Institute. But the Corona turmoil forced to change her plan to the Online Residency Program. Isn't it a vocabulary contradiction?

Is it possible to do our keiko with ZOOM?
The conclusion I have reached after two months of trial and error is that if some prerequisites were met, it might be possible. 

Prerequisite 1  Student  has a mutual experience .
Lina, my student this time, is from a university called PUC in Sao Paulo. There, she participated in Toshi Tanaka's class.  In the first place, she came to me with Toshi's introduction. As long as her works she showed me, a part of movements used in her dance seemed  inspired by the movement she experienced at Toshi's class.  In any case, I can't think of to do practice online without her experience with Toshi. She said she was interested in "air", so we started our keiko  "focusing on what we can't see."

Prerequisite # 2 Multiple people on both sides.
At  first, I tried it one-on-one, but I soon realized that it was no good. Face to face over the screen does not work well. We decided to ask each other for a partner for each side. The style is that there are two people here and two people over there. This makes it look like a keiko scene. Demonstrate on this side and have them do it over there. Just having a checker makes it different. I was surprised that Lina was able to call on friends who are former students of Toshi in Berlin. 

Prerequisite # 3 There should be a possibility that one day you can practice in a real place
There is no guarantee that we will be able to practice together in a real place in the future. However, we cannot do it without assuming it. The feeling of itching in the shoes is too strong. In other words, keiko cannot be completed online alone. Our keiko will be completed when we will meet in a real space.

It seems it's a better idea to carry a real body over here rather than practicing at ZOOM, even if she needs a period of self-isolation after her arrival . But we should  do what we can do under given conditions at this point.

2021年7月31日土曜日

7月の読書

エクソダス* 村山祐介 新潮社 2020
100分de名著 オルテガ 中島岳志 NHK出版 2019
山と獣と肉と皮* 繁延あづさ 亜紀書房 2020
食べること出すこと* 頭木弘樹 医学書院 2020
世界まちかど地政学NEXT*   藻谷浩介 文藝春秋 2019 
進化する里山資本主義* 藻谷浩介監修 JTS推進コンソーシアム 2020 
これからの天皇制* 原武史他 春秋社 2020

2021年7月27日火曜日

白誌を稽古するー7月

白誌3号、二年前7月の稽古
外の動きと裡の動きを連動させる、そして逆転させる
さらに内観を取り替える
外は動かさず、裡の感覚だけ先に動かす
むかし、再現法と呼んでいた稽古でもある
相手の感覚経験を自分のなかで再現する
つまりマネする
歪めるということの意味がわかりはじめる
他者を師とする

最適解

最適解ってなんなのと訊かれた。
わかりやすくいえば、数ある選択肢の中のどれを選ぶのがベストなのかという話。
たとえば、今回の次男坊家出事件。東京駅にたどり着く前に引き返すところから、「ジージんちの子どもになる」ところまで千通りの可能性があったはずで、そのすべての可能性を排除することなしに、刻刻変化していく状況の中でベストな答えを探っていくということ。「ジージんちの子どもになる」なんて可能性はゼロでしょ、と言われても、ぜんぜんゼロではない。もし、次男坊が京都にいる間に、関東に大地震が来たら、そのまま、僕らが育てなきゃならない可能性だってある。もちろん、その逆のケースだってあり得るわけだけれど。そういう千通りの可能性引き受ける覚悟を踏まえた上でのこれしかないという答え、それを僕は最適解と呼んでいる。解決案とはちがうし、妥協案でもない。

僕の千葉通いについても同じことがいえる。
別に、娘に頼まれて千葉通いをはじめたわけではない。千通りの可能性の中から、その道が選択された。選択されたというより、それが最適解として立ち現れたという方が、僕の実感に近い。「娘さんたちと同居しちゃいなさいよ」とアドバイスをしてくれる人もいたが、その言葉が娘に寄り添った親切心から出てきていることは認めるとして、僕のこれまでの人生へのリスペクトの欠如と、その安易さに脱力した記憶がある。ひとつの解決案であったかもしれないが、それは最適解ではないだろう。

最適解が、唯一の道として、いきなり現れることもある。6年前の京都引っ越しがそうだった。その後の大変動を振り返ると、われながら苦笑するしかないのだけれど。

気ばたらき

 「気が利く」「気配り」「気がつく」といった「気」を含んだ言葉は日常会話の中で頻繁に使われる。あまり使われてないが「気働き」という言葉もある。晴哉先生は、この「気働き」ができなければ整体はできないと仰っている。ただ、この気働きということがこれまでよくわからなかった。ところがあるとき、ママが発した独り言を聞き取って先回りしてお手伝いする、今回家出してきた三歳児の姿をみて、なるほど「気働き」とはこういうものなのかと腑に落ちた経験がある。長男、一人っ子にはなかなかできない過剰のない自然な動き方なのだ。

2021年7月26日月曜日

次男坊の大冒険 3

 ママに失恋した記憶が強烈に残ってるんだ。次男の頑なさの元を探っていくとこういうことになる。きっと、次男一般、そんな傷を負って生きてきてるんだろうなと想像する。僕は長男だし、娘は一人っ子だから、次男の気持ちはわからない。娘には、一人でお迎えに来られればいいねとアドバイス。ただ、子供二人置いてでかけてくるのはハードルが高い。 

 二日目の夜は三人とも爆睡。朝9時近くまで寝てしまった。気がつくと娘から「今日、一人で日帰りでお迎えにくる」とのラインが入っている。お、なかなかやるな。せっかくだから、トロッコ列車に乗せてあげようと計画するが、子供二人置いてきているので、早めに帰るしかないらしく、我が家にも寄らず、京都駅で待ち合わせることにした。次男には内緒。さて、どうなっちゃうんだろう。
 
 京都駅までバスで移動。駅は思いの外閑散としていて、お昼時なのに待ち合わせ場所にしたイノダの前に席待ちの行列もなく、すんなり席に案内される。僕はステーキランチ、ネーネはあんみつ、次男はフルーツパフェを注文。品物が出てきた頃、ママ到着。が、次男無言で黙々とパフェに向かう。大人同士の会話がはじまり、時折、次男に言葉をかけても、ひたすらパフェに向かう。ママが注文したケーキを「食べる?」と訊かれたあたりから、ようやく声が出てくる。この場に及んで「ジージんちの子になる」と言い出したらどうしようと、どきどきしながらジージとネーネは親子の会話を聞いている。

  「ママと新幹線で帰る」という言葉が発せられたときには、一気に緊張が緩んだ。そこからはもう手のひら返しで、さっさとバイバイと手を振って、野外保育の仲間たちにお土産を買うのだと、ママと手をつないでイノダを出ていった。

  いや〜。まったく楽しい三日間だったよ。そして、間違いなく、これが最適解。

2021年7月24日土曜日

次男坊の大冒険 2

 着替え荷物の中に、紙パンツも歯ブラシも入ってないことを発見し夜の買い出しに。野外保育で野山を歩き回っているから体力はあるのだが、コンクリートの上を歩くには不慣れな様子で、途中、ちゃっかりネーネに抱っこしてもらっている。最初に入ったドラッグストア。なんと紙パンツ置いてないという。大人用紙パンツは山とあるのに。少子高齢化日本の現実にいささかショックを受ける。二軒目のお店には置いていたのでことなきを得る。月を見ながら三人連れで歩いていると、三十年前の子育てしていた時代が甦る。三歳児、やや不安そうな表情を見せるが、元気を装っている。

  移動の疲れが出たのか、9時過ぎには寝てしまい、翌日は6時にお目覚め。元気やな〜。三人サンダル履きで朝の散歩にでかけることにした。開放されている開門時間前の龍安寺のお庭へ。池は蓮の花でにぎやか。ウォーキングの人も多い。子連れが珍しいのか声を掛けられる。娘んちの子どもたち、挨拶だけはちゃんとするので、みなさん目を細める。帰ってきて、バナナとヨーグルトの朝食。まだ9時前だ。心細げな表情を時折見せるのだけれど、気丈に振る舞っている。午前中、ネーネと約束しいてた絵本を借りに図書館へ。次から次へ、絵本を渡してくる。借り出し枠全部使い、十冊借りる。絵本重い。暑いし重いし、思わず普段乗らないタクシーで帰宅。

 夕方、ママにテレビ電話を掛ける。画面の向こうにはママと居残りの兄弟ふたり。長男は少し羨ましそう。次男は相変わらず平気を装っている。決して弱音を吐かない。ママに当てつけるように「ジージんちの子になる」とおっしゃる。なんでこんなに頑ななんだろう。こんな性格だと真意が伝わらなくて将来大失恋しちゃうぞ、とジージとネーネは不憫に思う。



2021年7月22日木曜日

Charles Marshall Concert

公開講話でもよく名前の出てくる薩摩琵琶弾きチャーリー・マーシャル氏が本職のパイプオルガン演奏をしている最近の映像が届いたのでシェアします。

 

2021年7月21日水曜日

次男坊の大冒険 1

 「ジージんちに行く〜」と着替えをリュックに詰めて出発をせかす三歳児(正確には三歳半)。その勢いに気圧されて僕も荷物をまとめはじめる。これまで何度も同じ会話をしてきたけれど、今回はなぜか本気度がちがう。

 三人兄弟の真ん中というのはなかなか大変だ。仲は良いのだけれど、一歳上のお兄ちゃんには知力腕力ともかなわない。ときには理不尽と思われる暴力を加えられる。生後十ヶ月になったばかりの下の子にはみんなの注意が集まる。三兄弟を観察するようになって、「三人寄れば社会ができる」という晴哉先生の言葉が腑に落ちた。長男がお泊りキャンプで留守したときの次男の穏やかな顔。いつも八つ当たりしている三男にも優しく接していた。

 その次男がどうしてもジージんちに行くと主張する。ジージんちの子供になるとまでおっしゃる。三歳児にも家出願望ってあるんだと感心。しかし、普通それを実現しようと行動するか? 連れて帰るのはいいんだけれど、いつ連れ戻せるか計算が立たない。なんせ、京都は千葉から遠い。家出幇助の旅はこうしてはじまった。

 千葉に通いはじめて一年と四ヶ月。慣れたといえば慣れた。ただ、子連れでの移動ははじめてで、だいぶ勝手が違う。日暮里経由で移動したのだけれど、え、東京駅ってこんなに遠かったっけと、いきなり距離時間感覚がひとりのときと随分違うことに戸惑う。新幹線に乗っても、「京都まだ〜」という孫の問いに、「京都遠いね〜」と答え、こんな長距離移動を毎月繰り返してきたことに我ながら驚く。5時間かけて我が家に到着。電車5本を乗り継いでやってきたことになる。よく来たな〜、三歳児。

2021年7月14日水曜日

石川合同稽古会8月

石川合同稽古会

8月7日(土) 13時〜18時半 遠藤日向x覚張幸子
  金沢稽古場
8月8日(日) 10時〜15時半 角南和宏x覚張幸子
  白山市松任ふるさと館

会費  一日五千円

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8月に石川合同稽古会やります
日程は8月7日と8日の土日二日間
前回同様、初日は金沢稽古場、二日目は松任ふるさと館が会場 
三人目の担当者として覚張幸子さんを予定しています 
ということは、気韻の稽古が入ります 
詳細はこの月末の京都稽古会の折に詰め、来月はじめに発表 
なんと6回目
(6/25)

2021年7月9日金曜日

稽古場的日本語

ここ2ヶ月オンラインで稽古しているLinaさん宛に、「ZOOMで稽古は可能か?」を訳して送ってあげようと、まずはGoogle翻訳に下訳をお願いしてみた。昔に比べると随分マシになっているとはいえ、そのままでは使えない。元の文章で主語が曖昧になっているせいでもある。これを手直ししてメールすることにした。英語で手紙を書くこと自体ずいぶん久しぶりだ。Gmailって文法的な誤りを指摘してくれるのね。これには、ちょっと驚いた。

機械翻訳が進化したことは認める。下訳の役にも立ってくれる。日本語の主語を明確化すれば、より正確な英語にしてくれる。しかし、稽古場的表現をどのように翻訳してくれるのだろう。ちょっと試してみる。例えば、こんな具合。上段が日本語、下段がgoogle翻訳。

後頭部から目を入れて、その目を顔の裏側に届かせてください。
 Put your eyes on the back of your head and bring your eyes to the back of your face.

実際、このような日本語をぼくらは違和感なく使っている。しかし、よくよく考えると、日本語ネイティヴにとっても、なかなかすごい日本語なのだ。翻訳された英語の文章を読んで、さほどの違和感を感じないところがぼくらの問題であるといえなくはないのだが、これを字義通り解釈しようとすると、とんでもない情景が浮かんでくる。極端な話、目をえぐり取って、それを後頭骨に押し付け、頭部を貫通させて目の奥に押し込む、といったホラーな風景を想像する人が現れたとしても不思議ではない。

それはあんまりなので、日本語を変えてみる。

後頭部に風を感じ、その風を顔の裏側まで届かせてください。
Feel the wind on the back of your head and let it reach the back of your face.

この方が、だいぶマイルドで、日本語ネイティブにとっても、こんな日本語だと、きっとわかりやすい。英文もだいぶましなかんじ。でも、ここでfeelという動詞を使ってしまうと、この先、厄介な問題が出てくる。万事がこんな調子。考えてみると、ぼくらは、長い時間をかけて内観的身体語という言語空間をつくりあげ、この言葉が通用する範囲を広げようとしてきたのだ。もちろん、「古典」を参照しながら。

2021年7月6日火曜日

白誌を稽古する

本部稽古場で稽古していた頃、最後の方は、年長者のお相手をすることが多かった。年長者というのは手ごわくて、稽古の実習に入っても、ダン先生の話されている手順をずんずん無視して、どんどん自分勝手に稽古を進めていくので、困ってしまう。いまから思うと、あの強引さは、単純に耳が遠くなって、ダン先生の声が聞こえてなかったからではないかと思うのだが、実際のところはどうだったのだろう。ここ数年、僕自身、耳が遠くなり、月末三日間の稽古会に出ているにもかかわらず、裕之先生の話が聞き取りにくくなり、いまや、かつての年長者のようにトンチンカンなことばかりやっている。マジで「引退」という言葉がちらついている状態。でも、このまま引退するのはくやしいではないか。聴力リハビリをやろうとか、補聴器を使ってみようかしら、などと思わないではないが、同時に、それもちょっと違うな〜と思うのだ。

白誌は身体教育研究所の有料機関誌。一年遅れで京都稽古会の記録がまとめられてやってくる。昨年はバタバタしていて、まともに読み直す余裕がなかった。春頃なって、一年分12回分のPDF(昨年はPDF購読)をプリントアウトしてみたら、とんでもない厚さになったので驚いた。ここまでの形にするために投入された労力を思うと、これに関わっている人たちには敬意しかない。裕之先生の講義・稽古録を活字化していくというのは、僕が事務局にいた時代からの懸案事項だったけれど、それが白誌というかたちで軌道に乗ったことを素直に喜びたい。

はじめに書いたように、近年、裕之先生の講義をリアルタイムでフォローできないという焦燥感に囚われている。そのくせ、その場に居るだけで、他の参加者に釣られて一緒に笑っていたりするのだから不思議だ。一年という時差があるものの、白誌を通して講義を「読める」ことはありがたい。京都三日間でやっている内容と、ここ等持院でやっている稽古の乖離には、いつも呆然とするのだけれど、この先、白誌に収められている内容をもとに等持院で稽古していくというスタイルもありのような気がする。白誌「で」稽古するではなくて白誌「を」稽古するがふさわしいだろう。うん、やってみよう。

2021年7月1日木曜日

ZOOMで稽古は可能か

狭い稽古場に三脚に載せたiPadを持ち込みZOOMを起動する。手元のiPhoneの画面には翻訳ソフト。この時点で稽古会としてはすでに大減点。やむおえずはじめたリモート稽古。相手はベルリン在住のコロンビア出身のダンサー・コレオグラファー。本当ならアーティスト・レジデンシー・プログラムで今頃京都ライフを楽しんでいるはずだったのに、コロナ騒動でなんとオンライン・レジデンシー・プログラムになってしまったとのこと。語彙矛盾ではないか。

さて、ZOOMで稽古は可能か? 
限りなくノーに近いイエスとでもいうか、いくつかの前提条件が整えば、かろうじて稽古は可能かもしれないというのが、ここ一ヶ月半試行錯誤してたどり着いた結論。しかし、ほんとのところ実に心許ない。

前提条件 その1 すでに稽古に触れたことがある
 今、一緒に稽古しているLさんは、サンパウロにあるPUCという大学の出身。そこで、田中敏行さんのクラスに出た経験がある。十年も前のことらしいけれど…。彼女が僕のところにたどりついたのは、そもそも田中さんの経由。彼女と話したり、作品を見せてもらった限り、稽古との親和性はありそうだし、動法からヒントを得ている部分もうっすらと感じられる。いずれにしても田中さんのところでの経験なしに、オンラインでの稽古は考えられない。今、「空気」に関心があるとのことなので、「見えないものに集注する」という稽古から始めた。

前提条件 その2 複数人の人が向こう側にいる
 初回は1対1でやってみたのだが、「あ、こりゃだめだ」ということがすぐわかった。画面越しのface to faceというのは駄目ですね。稽古にならない。苦肉の策として、お互いに相棒を用意することにした。こっちも二人、向こうも二人というスタイル。これで、少し稽古風景らしくなった。こちら側でデモンストレーションをやり、それを向こうでもやってもらう。チェック役がいるだけで、全然違ってくる。田中さんの元生徒が何人かベルリンに居るらしい。田中組おそるべし。

前提条件 その3 いつかリアルな場での稽古できるという可能性を有している
 この先、リアルな場で一緒に稽古できるという保証はまるでない。しかし、それを前提としないことには、やってられない。隔靴掻痒感が強すぎる。つまり、オンラインだけで稽古が完結することはありえない。はたして、こちらが意図していることが、どれだけ伝わっているか確認する機会がいつかやってくることをお互いに祈念しない限り無理。

ZOOMで稽古するくらいなら、自己隔離の期間が必要としても、生身の体をこっちに運んだほうが良策のように思えるのだけれど、そういうわけにもいかないらしい。オンライン・レジデンシー・プログラムはあとひと月続く。

2021年6月30日水曜日

6月の読書

メイドイン京都* 藤岡陽子 朝日新聞出版 2021
結核がつくる物語* 北川扶生子 岩波書店 2021
橋を架ける者たち* 木村元彦 集英社新書 2016
利休に帰れ* 立花大亀 主婦の友社 1983
土中環境* 高田宏臣 建築資料研究所 2020
台湾生まれ日本語育ち* 温又柔 白水社 2016
神々の山嶺(上・下)* 夢枕獏 集英社 1997
ぼくは挑戦人* ちゃんへん 集英社 2020
コロナ後の世界を生きる* 村上陽一郎編 岩波新書 2020

2021年6月26日土曜日

横のものを縦にする

等持院通信03号鋭意製作中。
このところ、紙通信のほうが面白くて、ブログの方はあとまわし。
紙通信の作り方は、テーマになりそうな記事をいくつかブログからもってきて、それに導入の文章をくっつければ出来上がりというものなので、すでにブログを読んでくれている人には新鮮味はない。それでも、横のものを縦にして紙の上に定着させるだけで、随分違ったものが出来上がってくる。

【03号リード】

 ジージたる僕は孫たちに支持されている。それは、自信を持って言える。でも、その支持の理由が、祖父と孫という血縁関係ゆえのものであるという見方には与しない。孫だから可愛い、ジージだからなつくというのは、こうあるべきだという社会的価値感に洗脳されているだけのことで、僕自身はジージと孫の仲が良くなくったったってべつに構わない。ただ、人と接するときー子供大人関係なくー「ちゃんと」と接したいと思っていて、しかもそれを生業にしている。では、ちゃんと接するとはどいういうことなのか、ちゃんと触れるとはどういうことなのか。

 子ども、とくに男の子というのは、とにかく動くいきものである。おいおい、この子たち、無事大人になってくれるのかいと心配するくらい危険に突っ込んでいく。安全を第一にして、彼らの動きを抑制すれば、その自発性を潰す。自発性を損なわず、かつ、安全を担保する。子供を育てていくときに、大人たちが配慮すべき点がここにあり、同時に大人たちにとって、自らを拓き鍛えていくフロンティアが眼前に出現することになる。

 この号では、去年11月にブログに載せた記事3本を再録することにする。娘のところに三人目の男の子が生まれ、首が据わってきた時期にあたる。念のため、「だっこ」で書かれていることは、「対子供」に限定されないことを付記しておきます。

2021年6月11日金曜日

白誌で見つけた影の稽古
 一年前の稽古が甦ってくる

歩きながら自分の影を見る
ひょっとして影は歳取らない? 
日傘を差して隣を歩いている連れとのツーショット
まるで母親と息子が歩いているようだ
ふざけてCAPを斜めにかぶってみる
これで短パンだと小学生だな

七十年吾と吾が影共にあり (和)
               居待「梢の音」の巻より



2021年6月10日木曜日

マヨネーズをつくってみる

京都土産は何がいいんだろう。美味しい生菓子を食べさせたいと思っても、たいがい消費期限は当日限りのものが多く、お土産には向かない。生八ツ橋、阿闍梨餅なら日持ちはするけれど、定番過ぎてつまらない。なので最近の京都土産は、自家用にいつも買っているお酢である。「豆腐と豆のサラダのレシピ」が成り立つためには、この玉姫酢が必需品なのだ。値段も手頃だし空き瓶を持っていけば百円引きでわけてくれる。せっせと買っては、スーツケースの底に入れて千葉まで運び、娘一家がお世話になっている人たちに配っている。難点は重いことで、一回に一瓶がせいぜいである。もうひとつの問題は、あまりに好評で、もらった人が次を期待してしまうこと。なかなか悩ましい。

娘の仲間が、そのお酢を使った豆乳マヨネーズをつくって届けてくれた。味見させてもらうと、なかなか美味しい。そうか、マヨネーズって作れるんだということに気づいて、京都に戻ってきて早速試してみた。  豆乳、米油、各100cc、これに胡椒と味噌を少々入れて、ブレンダーでかき混ぜる。さらに、お酢を足しながらブレンドしていくと、ある量を超えると、いきなり固まりはじめる。これで、マヨネーズのできあがり。あまりにあっけなく作れてびっくりしてしまった。あとは、好みで材料のバランスを変えていけばいいし、素材を付け加えていけばいい。味噌は別に使わなくていいだろうし、豆腐を足すと豆腐マヨネーズになる。こないだなど、フェネルを入れてみたら不思議な味のマヨネーズが出来上がった。これまでずっと買っていた松田のマヨネーズさえ、味が濃かったんだ。この歳になるまで、マヨネーズってお店で買うものだとずっと思っていたが、やってみれば意外に簡単にできてしまうものなのだ。

 〈悲報〉千葉行の日も近づいてきたからとお酢屋さんに出向いたら、「店頭販売は5月末をもって終了します」との張り紙。今年一番の衝撃。これから先、いったいどこで手に入れればよいのだろう。途方に暮れている。

(等持院通信#2)



2021年6月5日土曜日

等持院公開講話

公開講話を再開します。
整体協会の会員でなくとも参加できる会です。
身体教育研究所で行なっている「稽古」の導入編ということになります。
すでに等持院稽古場や、それ以外の稽古会で稽古されている方の参加も歓迎します。
個人教授ばかりで、稽古について整体について話す機会が足りてないと感じている方もご参加ください。
予約制です。

日時 6月12日(土)、7月10日(土) 11時〜13時
会費 2000円
予約 メール dohokids@gmail.com   電話  0754653138

2021年5月30日日曜日

5月の読書

茶房と画家と朝鮮戦争-ペク・ヨンス回想録* ペク・ヨンスプロジェクト編 白水社 2020
リニア中央新幹線をめぐって 山本義隆 みすず書房 2021
トッド 自身を語る* エマニュエル・トッド 藤原書店 2015
溶ける街 透ける路* 多和田葉子 日本経済新聞出版社 2007
グローバリズム以後* エマニュエル・トッド 朝日新書 2016
満天のゴール* 藤岡陽子 小学館 2017

2021年5月29日土曜日

等持院通信

等持院通信1号完成
この号の特集は、朝鮮語・韓国語
以下、後記に書いた文章を転載します
買う人が現れるかどうかは別として、紙にすると定価も付けたくなってくるのが不思議です

【後記】 久しぶりに紙の上に文字を定着させる試みをやってみると実に楽しい。ブログというのは基本、アーカイブあるいはデータベースなのですね。編集という作業が十分に行われてない故に、創り出すとい愉しみも失っている。こうして紙の通信を作っていると、一枚の紙という物理的制約があるがために、そこに取捨選択が働き、自ずと「テーマ」というものも生まれてくる。紙通信と身体性。これもまた面白いテーマです。 Powered by Libre Office 7.0.3.1 MacBook Air M1HL-L2375DW




 

2021年5月17日月曜日

石坂洋次郎の逆襲

石坂洋次郎の逆襲 三浦雅士 講談社 2020 ■この本は、図書館の書架に戻される前の返却本のラックで発見した。こういう出会い方も割に多い。石坂洋次郎〜青い山脈(映画であったり、その主題歌であったり)という連想ははたらくけども、よくよく考えてみると一編の小説も読んだことがない。■石坂洋次郎、母系性、折口信夫、エマニュエル・トッド、宮本常一…。話はあっちに飛び、こっちに飛びしながら進んでいくのだけれど、同郷(弘前)の作家について、地元の新聞(東奥日報)に書いていることもあるのだろうが、三浦の弾けぶり、はしゃぎぶりが伝わってきて読んでいてたのしい。■(p.170)一九四七年、朝日新聞に連載された『青い山脈』は、戦前に発表された『若い人』や『美しい暦』などの焼き直しに近いと思われるほど、石坂洋次郎の思想は戦前戦中戦後を通じて一貫している。左右両翼を痛烈に批判する姿勢は微動もしていないのだ。にもかかわらず石坂の一貫性が話題にならなかったのは、右翼と同時に左翼も批判されていたからであり、その論理の仕組みが誰にも見抜けなかったからだと思われる。石坂は天皇主義者も共産主義者も父系制の信奉者であることに変わりはないと思っていたのである。■折口信夫の民俗学、エマニュエル・トッドの家族論研究を補助線にして石坂洋次郎の作品を解析しようという試みは、補助線が濃すぎて、逆に石坂洋次郎の存在が希薄になっているような気もするが、いかんせん、僕自身、石坂洋次郎をちゃんと読んでない。まずは、文庫版の「若い人」を借り出してきた。700頁の長編。しかも、字が小さい。とても読み通せるとは思えない。ただ、たしかに、戦前に書かれていたとは思えないほどのモダンさなのだ。■結局、僕は、石坂洋次郎には向かわず、トッドの方に移行してしまった。

2021年5月16日日曜日

その後

【オンライン稽古、その後】

2回やってみた
初回は1対1で60分
二度目は、双方、パートナーをお願いして2対2で90分
いや、草臥れる
リアルの稽古であれば、沈黙=空白ではない
それがオンラインだと沈黙=空虚に感じてしまい、 
その空白を埋めようと、ひたすら喋ってしまうのだ
稽古会として成立させるためには、2倍3倍、いやもっと力がいる
二度目やった晩など、稽古を終えたあと、疲労困憊して10時間コンコンと寝てしまった
やはりカメラは魂を吸いとってしまうのだろうか


【紙メディア その後】

A4裏表一枚で作ってみた
5月5日発行の等持院通信ゼロ号
縦書き横書きが混在
次は手書きをどう使っていくか
等持院稽古場、白山稽古会の受付に置き、 
千葉にも持ってきて、娘つながりの人たちに渡し、
10日で20部ほどが人の手に渡ったことになる
月末にかけて、もう少し増えたとしても発行部数30か
私信ではないのだけれど、受け取ってもらえるかどうか、 
どう読んでもらえるのか、若干の緊張感が自分の中にうまれる
なつかしい感覚
PDFをメールで送ることもできるのだけれど、それは敢えてやらない

2021年5月9日日曜日

八島花(やつしまはな)稽古会

緊急事態宣言がまた出て、もやもやした感じはありますが、やります。
まだ人数的には余裕ありますので、ご興味のある方はお申し込みください。
(5/9)

 東京で稽古会を開きます。場所は墨田区。15年ほど前、大井町稽古場で若者塾という稽古会をやっていた時期があります。その若者塾に参加していた後藤大輝さんが、墨田区京島に移り住み、長屋の保全活動に携わることになり、長屋文化協会という会を立ち上げました。その長屋のひとつが稽古場仕様のものに改築され(名称は旧邸稽古場)、貸しスペースとして活用されはじめています。私自身は5年半前に京都に引っ越しましたが、去年の春から訳あって京都と千葉を往復しています。千葉佐倉では何度か稽古会を開く機会はあったのですが、この度、東京でもやってみることにしました。ほぼ6年ぶりの東京での稽古会ということになります。テーマは「活元運動を稽古する」。 

 日時   5月16日(日)10時〜16時(途中昼休憩あり)  
 会場   墨田区八広2−45−9 旧邸稽古場  
 会費   5000円
 定員   8名程度(予約制)  
 テーマ  活元運動を稽古する(別紙参照)
 参加資格 整体協会会員であれば参加できます 



リモート稽古

あー、とうとうリモートで稽古をすることになってしまった。某基金のアーティスト・イン・レジデンス・プログラムを通して、昨年の今頃京都で3ヶ月過ごす予定だったベルリン在住の演劇、振付をやっている、そもそもがサンパウロの大学PUCで田中さんのクラスに出ていたアーティストが相手。プログラムはコロナ禍で一年延期。今年になっても、人の移動は制限されたままで、結局、「レジデンスオンライン」という、クエスチョンマークが頭の中で点滅する扱いでプログラムが始められることになったとのこと。ついては、オンラインレッスンをやってもらえないかとのリクエストが届いた。なにが可能なのか? どちらかというとzoomを使ったオンラインレッスンには否定的なスタンスでここまできたけれど、話を聞いてみると、アーティストたちが置かれている状況が気の毒になって、重い腰を上げることにした。 

 しかししかし、リアルに向き合って稽古することが当たり前のものを、空間を共有できないオンラインでできるかというと不可能という言葉しか思い浮かばない。厚さ1メートルのガラス越しに向き合っている気分。まず、手取り足取りという方法論が成り立たない。見て真似してという視覚だのみの方法の有効性は信用できない。ちいさな画面を覗き込むだけで内観性の大半が失われてしまう。むしろ、聴覚音声言語+テキストを前面に押し出した方が、可能性があるんじゃないかと思い始めている。そうなると、今度は、言葉ーおそらく英語ーの問題が表にでてくる。実に悩ましい。 

 まずは三脚を購入することから始めることにした。

2021年5月5日水曜日

自前のメディア

自前のメディアがあったほうがよいのではないか、というのが、先日やった「学びについて考える」の勉強会で出てきたアイデア。そのメディアに身体性を与えるためには、モノ、たとえば紙という物資感のあるものに文字を定着させ、それを手渡しで配布するという、一昔前のミニコミと呼ばれていた方法が有効ではないか。僕自身、一九八〇年代から九〇年代にかけて個人通信を出していたことがあり、それがインターネット上でのブログにつながっている。このところ、一九六七年から四半世紀つづいた「かわら版」のデジタル化作業をしていることもミニコミというメディアを考えるきっかけにもなっている。ブログに書いたものを編集し、それを再び紙の上に定着させてみる。横のものを縦にするだけのことなのだが、このような小さな実験からはじめてみようと思う。身体性の問題からいうと、手書き文字についても考えねばならないだろう。この号は試作版として、ブログ「sunajiiの公私混同」に先月載せた記事をもとにつくってみる。B5版でつくりたいところだが、プリンタが両面印刷に対応しているのはA4のみなのは残念。これも身体性を考えていく上での大問題のひとつ。

と、ここまでが試作品の前書き。久しぶりに紙というメディアを相手にしようとすると、いかにブログがお手軽メディアだということが露呈してくる。器の大きさが限定されれば、原稿の取捨選択が行われるし、フォントの種類、大きさも考慮される。紙の質も考えざる得ない。出来上がったとしても、実際に動かないと人の手には渡らない。つまり手間隙がかかる。重層的な運動の連鎖を通じてようやく他者にたどり着く。物理的拘束から自由になるということで身体性が失われていくというのはトレードオフの関係にある。インターネットの時代になって、自分たちが何を得て何を失ってきたのか、少し自覚しておいたほうがよい。



2021年4月30日金曜日

大法院

図書館からの帰り道、遠回りして妙心寺
境内を通り抜ける途中、お抹茶と和菓子の看板を発見
導かれるように大法院へ
ツツジは満開、露地庭園は新緑に包まれている
お茶をいただきながら庭を眺め、通り抜ける風の音に耳を澄ませる
お茶室にも座らせていただく
重心がずんと降りてくる
へぇー、ここでお茶の稽古もやってるんだ
静かな京都に風情が戻ってきた
長く感じた4月も今日でおしまいだ
 

4月の読書

Twitterと読書
なんでTwitterやってるんだろう、と時々思う。たしかにニュースや地震速報は有用だ。サッカー速報もTwitter経由でみることも多い。でも、最近になって僕にとってのブックガイドになっていることに気づいた。毎月、読んだ本のリストをここに載せてはいるけれど、半年も経つと、いったいどのようにその本との縁が生じたのか忘れてしまっている。振り返ってみると、Twitterでフォローしている人のツイートに触発されたものが結構ある。なので読書の感想などをツイートしてみることにした。本のタイトルをクリックすると、ツイートにたどり着くはずです。では、実験開始。

(4/9 )実験的に始めてみたものの、Twitterの投稿は修正が効かないことを発見。修正するには一旦削除して再投稿する必要がある。すると、その投稿にぶら下がっていた次の投稿が宙ぶらりんになってしまう。1パラグラフを140字にまとめて、それを繋いでいくスタイルは面白いのだが、我ながら誤字脱字、事実誤認の多さにあきれてしまう。

無冠、されど至強* 木村元彦 ころから 2017
金色の虎* 宮内勝典 講談社 2002
災害特派員 三浦英之 朝日新聞出版 2021
13坪の本屋の奇跡 木村元彦* ころから 2017
海とジイ* 藤岡陽子 小学館 2018